「朝、姉ちゃんと喧嘩しちゃってさ」
すこし寂しげな声でそう呟かれて、電子書籍に向いていた意識の方向を変えた。浮かない声音はどうもそれが原因だったらしい、きょうだい関係というのは案外面倒なものだ。俺も該当者であるからこそ、その大変さを知っている。足下を風見鶏の影が流れていったが、彼が立ち上がる様子は一切見受けられなかった。
「…降りなくていいのか」
「帰る気になれないから」
問いかけにも意気消沈した様子で返事を返してきて、聞き慣れたアナウンスですら拒絶しているようだ。落ち込み気味な有様の声は誰もいない車内に虚しく響き渡る。電車のドアが溜息のような音を立ててその口を閉ざし、止まった影たちの時間が動き出した。
「何故、そんなことに」
問いかけるのに一瞬躊躇したが、声をかけないでいる自分が人非人になったかのように思えて声をかける。ひどく重々しい時間が過ぎ去ったのち、彼はそっと口を開いた。
「俺の両親さ、考古学者だったんだけど、調査中に落盤事故で死んだんだって」
「……初耳だぞ」
「言ってねぇもん…でさ、就職希望アンケート、だったかな。提出物にそんなやつがあって、それを姉ちゃんに見られたんだ」
「…考古学者、とでも書いたのか」
そう問うたところで、彼は息を詰まらせた。きっと図星なのだろう、この流れからどのようにして姉弟喧嘩という結論に辿り着くかと言われれば、それしかなかった。まるで嗚咽を堪えるように、彼は続ける。
「ん…、なんで、って、言われて…俺、っ…」
途切れ途切れの言葉は、彼の不安と焦燥とを形容しているかのようで。徐々に速度を上げていく影に視線を落としたままの自分が、ひどく、情けなかった。
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