俺は友達が少ない、否、居ないと言った方が正しい。人付き合いが悪く人情に欠けると言われそうだが、他人の観点から見たら俺が友人が居なく寂しい人間だとは到底思われないだろう。個人的な定義の話だ、俺の思う友達という存在と他人の思う友達という存在はおそらく概念そのものから違う。俺が思う友達とは、ありのままを打ち明けられ、俺が死にそうなときでも支えになってくれるような、そんな存在だった。
 少ない、と形容するからには、そんな友達が、ひとりだけ、居る。

「近頃、テストの点が揮わなくてな」

 がらんとした電車の中でそう呟けば、正面の席から小さな声が聞こえた。いつものことだ。視線は手元の電子書籍に落としたままだから、声の主の姿は見えない。

「珍しいな、そんな事で悩むなんて今までなかったじゃんか」

 笑い声混じりのそんな言葉。底抜けに明るくて素直な声が、俺のたった一人の友達だった。どんなに辛い悩みでも、どんなに苦しい悩みでも、この声に相談して打ち明けてしまえば全て吹き飛んでしまう。そんな心の支えとも言える人間の顔すら知らないのは、ひどく不自然なことに思えた。曖昧な視界から伺えるのは、学生服と思しきズボンとスニーカーを穿いた足下程度。声から考えるに、相手は間違いなく少年だ。分かる事は、それだけ。

「三年になってからテストの範囲が尋常じゃなくてな、正直な話吐血しそうだ」
「なんだよそのジョーク、ホントに珍しい」
「冗談じゃないぞ、お前もこうなる時が来るんだから覚悟してろ」
「勘弁してくれよ」

 だが、それでも構わなかった。けらけらと笑う明るい声、その声を聞けるだけで救われる気がしたから。夕暮れ時の電車の中、視界の端を掠めた風見鶏の影はもうすぐ相談相手が席を外して降りていく駅への到着の合図だ。急激に速度を落とした影と、車内に響く間延びしたアナウンス。

「まぁ、いつかそんな時が来るんだと思うと、嬉しくもあるし寂しくもあるな」

 ノイズ混じりのアナウンスの中にそんな言葉を取り残して、件の友達は席を立ってまた明日の一言を告げた。そう、また明日。その言葉が俺を、一本遅れの電車に引き留める、最大にして唯一の理由だ。

「ああ、また明日、」

 さよならなんて言葉は、告げる気など更々無かった。



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