「…誰?」

 遊馬の口から真っ先に飛び出した言葉はそれだった。
 目の前に立つ少年は、見た目からすれば色違いのアストラルと言っても何ら差し支えないようななりで、まさしく奇妙の一言に尽きる。浅黒い肌、くすんだ黒髪、そして爛々と輝く金色の瞳。
 二つの瞳をにやりと歪めて笑いながら遊馬を見つめた少年は、その黒々とした顔に不意に開いた真っ赤な口から言葉を吐き出した。

「なァんだ、なにも聞いてねぇのか」

 それはアストラルそっくりの外見をした人間から飛び出す言葉としてはひどく不釣り合いで、肌がぞくりと粟立つような悪寒を伴った。玄関先でおろおろする遊馬をじっと見つめながら、少年はその嘲笑めいた笑みを崩さぬままに靴を脱ぎ散らかして玄関へと上がってきている。
 乱雑に脱ぎ捨てられた靴を整頓しようと遊馬がかがみ込んだ事により、リビングと玄関の視界を分け隔てる壁が無くなった。露わになった玄関先の光景に、沈黙していたアストラルは。

「失せろ」

 ぽつり、と。まるで地獄の底から響いてくるかのような重々しい声でそう呟いた。憤怒と嫌悪と苛立ちとその他諸々負の感情がないまぜになった声音で呟かれた一言に靴を整頓し終えた遊馬が肩を跳ねさせたのも仕方のない事だろう。
 リビングから絶え間なく流れ込んでくる負のオーラに内心びくびくしている遊馬をよそに、突如訪れた少年は笑いながらリビングへと上がり込んでいく。

「おいおい、折角ロンドンから此所まで来てやったんだぞ。そんな言い方は無いんじゃねぇか?」
「黙れ愚弟。貴様などイギリスの土と消えればよかったものを」

 少年の言葉に、アストラルは聞く耳持たずといった具合に半ば挑発ともとれる暴言を吐く、まるで別人の魂が乗り移ったかのように粗暴な物言いになってしまったアストラルに遊馬は驚愕した。そして、先程飛び出た愚弟という発言により、この少年がロンドンに居た弟、要するにブラックミストとやらであることにも気がつく。
 普段の冷静かつ落ち着いた様のアストラルからは想像できないほどの有様に呆然としながら、遊馬は事の次第を見守っていた、が。

「相変わらずすかした面しやがって、やんのか糞兄貴!!」
「喚き散らすな愚図め、恥を知れ、恥を!」

 二人がお互いの胸ぐらを掴み上げたところで不穏な空気を察し、慌てて止めに入った、このままではリビングが兄弟喧嘩の戦場になりかねない。二人の肩を掴んで無理矢理に引き剥がして、声をかける。

「す、ストップ! 一旦落ち着こうぜ、なっ!?」

 暴力沙汰になってはたまらない、遊馬の胸中を察してか否か、アストラルは既に拳を作っていた右手を静かに下ろした。ブラックミストはと言えばそんな兄の様子に怪訝そうな顔をしながらも空気を読んで、遊馬へと向き直る。
 相変わらずぴりぴりとした一触即発の空気を纏う二人をソファへと座らせ、遊馬は取り敢えず飲み物でも、と呑気に思いながら食器棚から急須と湯飲み茶碗を取り出した。


ア リ ス と チ ェ シ ャ 猫

( 論 争 編 )



2012.03.15


 

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