予習をすると言いつつも開始数分でぐうすか寝てしまった遊馬は、紙を引き裂くけたたましい音で目を覚ました。
 顔を上げた遊馬の視界に飛び込んできたのは、床に散らばる紙屑の山と、それを親の敵のように睨みつけるアストラルの姿。彼にしては珍しく、これでもかと言うほど怒りを露わにしていたので、そんなアストラルに声をかけることは少しためらわれた。
 が、声をかけないというのも気が引ける。恐る恐るといったふうに呼びかけた遊馬を振り返ったアストラルはそれはもう鬼の形相であり、遊馬はきゃあと柄にもなく女らしい悲鳴を上げた。

「……遊馬か、すまない」

 凄まじい面持ちを崩していつものポーカーフェイスに戻ったアストラルではあったが、その無表情の下にはとてつもない違和感が見え隠れしている。
 こてん、と首を傾げて眉を寄せた遊馬を見て、アストラルは隠しきれないであろうことを悟り溜息混じりに口を開いた。

「……ロンドンに住んでいる弟から、手紙が来た」
「ふーん……それって良い事じゃ、」
「何を言う、最悪と表現しても差し支えないほどだ!!」

 めったに無いほど声を荒げるアストラルを見た遊馬は心底びっくりして柘榴のような目を見開いた。人の言葉を遮るなど、彼は今まで一度もした例がないというのに。
 苛立ちをそのまま体現したかのように乱暴な仕草でソファーに腰を下ろしたアストラルに内心びくびくしながら、遊馬は床に散らばる手紙に紛れた、味気ない白一色の封筒を手に取る。長方形の隅っこには、読解が困難なほどに崩した筆記体で差出人の名前が書かれていた。

「ぶ……らっく、……みすと?」

 ブラックミスト、それが差出人の名前だった。
 小さく呟かれたその名前を耳にした途端、アストラルがぎりりと腹立たしげに奥歯を噛みしめたので遊馬は慌てて口をつぐむ。どうやら彼は心底、この弟とやらのことが嫌いらしい。無関心かつ無感情を地でいく彼がここまで苛立つとは、一体どのような人物なのか。
 不安半分期待半分で手紙の欠片をかき集めていた遊馬の耳に、やけに間延びしたインターホンの音が飛び込んできた。来客の予定は無かった筈だがと首を傾げて玄関に向かった遊馬が扉を開けるのと、我に返ったアストラルが声を荒げるのはほぼ同時で。

「駄目だ、開けるなっ!」
「へっ!?」

 ばん、と開け放たれた扉の先に立っていたのは、狡猾な猫に似た笑みを浮かべる一人の少年だった。


ア リ ス と チ ェ シ ャ 猫

( 邂 逅 編 )



2012.02.28


 

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