ずだぁん、と大の男が床に叩き付けられる痛々しい音を聞きながら、闇川はその光景を慣れたように横目で見遣っていた。それもその筈、これは闇川並びにその他門下生にとってはまさしく見慣れた光景に他ならないからである。
 今まさしく大男を投げ飛ばした張本人、遊馬は清々しい笑顔で未だ倒れ伏して目を白黒させている対戦相手にぺこりと一礼をした。因みにこの相手、この御時世には珍しい道場破りというやつであるが、女子一人に完敗しているようではその大仰な形容も形無しだ。
 勝ったビング、と彼女特有の言語形態で喜びを表現する幼い姿に苦笑しながら、闇川は手元に並べてあったスポーツドリンクの中から封を開けていないものをひとつ掴んで、ひょいと遊馬に投げ渡した。

「流石だな、そろそろ明里さんともいい勝負なんじゃないか?」

 自らの知りうる中でも相当な実力者である彼女の姉を引き合いに出しながら、闇川はそう口にする。正直な話、これは過大評価でも何でもなく真に彼女の実力を評価してのことだ。しかし彼女としては未だ姉の立つ場所にはまるで届いていないのだろう、次に飛んできたのは否定の言葉だった。

「まっさかぁ!姉ちゃん相手だったら俺がぶん投げられておしまいだろ!」

 スポーツドリンクを流し込むように飲みながらあっけらかんと笑う遊馬の姿は少女と言うより少年と呼んだ方が似合う風貌だ。しかし時折、彼女は思い出したかのように突然か弱い女らしさを覗かせたりする。
 不可思議や不思議と言うべき少女がころころと表情を変える様を見守りながら―――闇川はある事実に気付いた瞬間、神速と呼んでも差し支えない勢いで目を逸らした。突然の行動を見て不思議そうに目を瞬かせる遊馬をなるべく視界に収めないようにしながら、闇川は彼女の纏っている胴衣を恐る恐るといった風に指差して。

「遊馬……お前、まさか、インナー着てな……い……」

 その言葉に遊馬はきょとん、と一瞬虚を突かれたようだったが、自らの胸元に視線をやった瞬間硬直する事となる。
 先程の乱闘で乱れたのであろう合わせ目から覗くのは、四肢と違って紫外線に侵されていない柔く白い肌と、近頃着け始めたばかりの薄桃色の、所謂、ブラジャーというやつだった。

「わっ……わわわ、忘れてたあぁああぁぁ!!」

 爆発寸前の如く真っ赤になった遊馬の絶叫が道場を飛び出し林を越えて、街に至る場所まで響き渡る。慌ててロッカールームに駆け込んだ遊馬の背中を見つめながら、弟弟子の行く末が心配だと闇川は深い溜息をつくのだった。


シ ャ ウ ト


2011.12.20


 

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