鈍い打撃音が頭蓋の中に響き渡って、続いて襲ってきた激痛に右頬に殴打を喰らったのだと直感した。
 口の中に広がる鉄錆の味に顔を顰めてぶれる視界を定めれば、白い制服を斑模様に赤黒く染めた幾分か歳の上らしい青年の姿が目に入る。顔を合わせた当初はそりゃまあ恐ろしく綺麗に整っていたが、今となってはそんなもんは目に着かない程青痣と傷痕だらけで、一般人に見られたら速効救急病院に搬送されそうな面構えだ。
 面構えがどうとか、年齢がどうとかは関係無かった。今まで一回りも年上の連中に喧嘩を売られたことは両の指じゃ足りないくらいにあったし、そんな相手を伸したことも一度や二度じゃなかった。
 それにしたって、いくら何でも強すぎる、もう少し控え目に言えば面倒すぎる。

(……喧嘩慣れ、してんのか)

 無我夢中で暴力を振るうそこんじょそこらの不良と違う、幾多の喧嘩を経験してきた奴ほどやっかいなものはない。未だ制服に赤黒い染みを作りながらも戦意を失わない姿には感服するばかりだ。
 口の端に滲んだ血を舐め取って、コンクリートの地面を蹴る。突き出した拳は相手の左手に捕まれて勢いを失い、狙いを定めた頬に届く事無く止まった。まぁ、相手も慣れているだろうし大体そんなもんだろう。片腕を一瞬封じることができただけでも十分だ、繰り出された右拳を反射的に避け足払いをかける。一応相手はバランスを崩しはしたものの直ぐに体勢を立て直す、一筋縄じゃいかないっつっても程があるだろう。
 内心うんざりしつつもう一発顔面に、と思ったところで。

「ちょ、待ったあぁ!」

 突然暗がりの裏路地に飛び込んできたハートランド中学指定女子制服を着た人間が声を荒げた。俺も相手も、弾かれたように声のした方を見遣る。
 そこにいたのはここ最近気になり始めた大事な後輩。真っ赤な林檎みてぇな色をした目を見開いて、この状況に驚きつつも俺たちに制止の声をかけた。

「け、けけけ、喧嘩は良くないって!」

 赤黒い染みを作った制服を見て、ぴゃあ、と悲鳴を上げながら駆け寄ってくる後輩の姿。でけぇ目とか長い睫毛とか多分可愛いって範疇に入るであろう顔には心配の色がありありと浮かんでいる。
 何であいつが此所にいるのかは置いといて。ふと、先程まで殴り合っていた男に視線を向けた。口を半開きにして呆けている姿は実に馬鹿馬鹿しく見える、と次の瞬間。

「……かわ、」

 その先の言葉がなんとなく予想できて、相手の土手っ腹に肘鉄を入れて黙らせる。後輩の間抜けな悲鳴を聞きながら、面倒な奴が現れたと俺は苛立ちを押さえられないままに舌打ちをした。口腔に広がる味は、恐ろしく不味い。


邂 逅


2011.12.18


 

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