「遊馬ー、闇川さん来てるわよー」

 キッチンの方から響いて来た姉の声に、靴を脱いでいた遊馬は慌てたように玄関を後にした。玄関に取り残された凌牙はといえば遊馬の突然の行動にぽかんと口を開けて呆けるばかりである。
 取り敢えず原因究明の為に靴を脱いでリビングを覗けば、遊馬と痩躯かつ長身の青年が今まさに言葉を交わしているところだった。親しげに会話をしているところから、少なからず交流のある人物なのだろう、と自らを納得させる。
 リビングの入り口に突っ立っていること暫く、凌牙に気付いたらしい青年が遊馬の視線を凌牙の方へと促した。完全に凌牙の存在を失念していたらしい遊馬はどたばたと凌牙の方へ駆けてくる。

「っごめ、忘れてた!」
「……気にしてねぇよ」

 気にしてない、とは言ったものの凌牙の声音は明らかに不機嫌のそれだ。自らの失態を恥じて小さくなってしまった遊馬と無表情に憤慨する凌牙を見て、状況を傍観していた青年は微笑ましそうにくすりと笑った。
 そこで今更ながら凌牙はふと思う、この人物は一体誰だ。そんな凌牙の雰囲気を察してか、しょぼくれていた遊馬が顔を上げて口を開く。

「えっと、この……闇川はさ、俺と姉ちゃんの通ってる空手道場の先輩なんだ」

 その言葉に、闇川と呼ばれた青年は笑顔を浮かべて軽く会釈をした。


「お前が空手やってんのは知ってたけどよ、明里さんもやってたのか」
「うん、姉ちゃん結構強いんだぜ」
「ふーん……段位とか持ってんの?」
「黒帯」

 遊馬の言葉に凌牙は危うく出された緑茶を吹き出すところだった、大の男を余裕で投げ飛ばす遊馬が強いと言うのだから相当だろうと思ってはいたが、まさかそこまでとは。
 遊馬の隣で静かに緑茶を啜った闇川は遊馬と凌牙を交互に見遣って、愉快そうに笑う。それに凌牙は怪訝そうな表情を浮かべ、遊馬は純粋に疑問の色をその顔いっぱいに浮かべた。その色を察してか、闇川が口を開く。

「いや、遊馬がこういったタイプの男友達と一緒にいるのを見るのは初めてだったからな」

 遊馬は少し考え込むような仕草をした後、納得したようにひとつ頷いた。年の離れた妹を見守るような視線を遊馬に向ける闇川の言葉を一応耳で拾っておきつつもう一口緑茶を啜る。水滴の付いたコップを手にとって、遊馬も緑茶をちみちみと啜った、と、その様子を見守っていた闇川が。

「彼氏か?」

 今度こそ凌牙は口に含んでいた緑茶を吹き出した、正面に座る遊馬も咽せたかのように緑茶を零す。遊馬の隣では闇川がにまにまと愉快そうに笑うばかり、キッチンの方からは明里の爆笑が響いてくる。
 耳まで真っ赤な青少年二人を見遣って、遂に堪えきれなくなったらしい闇川もまた明里と同じように笑い出した。リビングに渦巻く笑いが収まるのには、暫く時間がかかりそうだ。



少 年 少 女 論


2011.12.09


 

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