「兄さんって、好きな人がいるんでしょ?」

 普段は冷静なカイトが飲んでいた紅茶を盛大に吹き出してしまったのも仕方のない事だと思える程に、ハルトの質問は唐突かつ地雷にも等しいものだった。
 算数の予習問題を解きつつ実に些細な事と思って質問したハルトとしては予想外の反応であり、学校ではポーカーフェイスだなんだと言われるその顔に強烈な困惑の色を浮かべる。
 紅茶が気管に入ったらしくげほげほと咽せながらもカイトは弟の暴挙を成る丈冷静に解釈しようとしたのだが、質問内容はまさしく図星と言えるものであり、反論の余地がないのもまた事実であった。

「あー……どうしてそう思ったんだ」

 しかしながら兄としてのプライドが問いかけに対してはいそうですと容易に認めて事実を告白する事を拒否したようだ。必死に冷静を取り繕って質問する姿は、なんというか、何処か憐れである。兄の質問にハルトはまるで信じられないとでも言うように眉を顰めて口を開いた。

「だって兄さん、学校の話させたらその人の話しかしないじゃん。名前は確か、」

 ハルトがそこまで言ったところで、動揺して足を滑らせたカイトは食器棚の角に頭を強かに打ち付ける。がしゃぁん、と非常にコミカルな効果音が響き渡ったところでハルトは口を噤んだ、この内容は相当兄の動揺を誘うことだったようだ。
 名前をばらされるなど自分しか聞いていないとしても言語道断なのだろう、兄のプライドにも困ったものだと思いながら、ハルトは痛みの余り蹲って頭を押さえる兄を憐れみを込めた視線で見つめる。
 此程に情けない兄の姿というのは過去に一度も見た事がなかった。いつだって凛々しくて、他を寄せ付けない孤高の存在としてハートランドでも有数の進学校のトップに君臨する覇者とも言うべき兄は一体全体何処へ行ってしまったのやら。
 痛みと羞恥にまみれて床を転げ回るカイトは耳まで真っ赤になっていた。

「変な兄さん」

 ぴん、とテーブルに転がった電子タッチペンを指で弾く。ころころとペンが転がる軽い音、その後ろにはどたんばたんとそろそろ成人に近くなってきた高校生男子が転げ回る重々しい音。ここまでシュールな光景があっていいものだろうか、現状を冷静に分析しながらハルトは兄の思い人を幼い脳裏に思い浮かべた。

(九十九遊馬さん、かぁ)

 ハルトの知らぬ少女と手を繋いで仲睦まじく歩く兄の姿を想像し、あまりの似合わなさに苦笑が漏れた。心の奥底ではそんなのもありかもしれないと思いつつ、ペンを手に取って予習の続きに取りかかる。ちょっぴり苦手な分数の問題も、くすくすと兄と自分を笑っている気がした。


空 集 合


2011.12.06


 

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