気がつけばクリスは畳の上で完全に抜け殻と化し、遊馬の後で始終怯えていた不審者達もがたがたと身を寄せ合って震えていた。ミハエルの説教の幾末を見守っていた遊馬もそれに違わず、恐怖か不安か今にも泣き出しそうに瞳を潤ませ、そんな遊馬を風也が宥めている、そんな次第だった。
 一頻り説教を終えたミハエルは幾分すっきりしたのか、ふう、と一息つくと、目の前で倒れ伏す実兄と思しき青年をまるでゴミでも見るかのように一瞥して、何事もなかったかのように遊馬達の元へとやってきた。その顔に浮かぶ笑顔といったら大層綺麗なものだったのだが、今し方まで繰り広げられていた最早説教とすら呼べぬ一方的な攻勢を目にしたからか、お疲れさんと零す凌牙を除く総員は怯えっぱなしだ。

「いやぁ、ごめんなさい、折角来てくれたのに茶菓子も用意してなくて……せめて一報下されば何か用意したのに」

 随分と優しい声音での謝罪ではあったのだが、それは殊更凌牙を除く全員の不安と恐怖心を加速させるばかりである。ミハエルの言葉にトーマスが、連絡も入れないで突然訪問するクズばかりで申し訳ございません、と恐ろしく遜った返事をしたのも遊馬を怯えさせるのに一役買ってしまった。
 優しいはずの先輩が本当は大魔王でした、恐怖で顔面蒼白になってしまった遊馬を気に掛けて、ミハエルが白くなった頬に手を伸ばす。大丈夫かい、なんていう問いかけにまるでまともな返事もできず、はぁ、なんていう気の抜けた呻きのようなそれしか返せなかった。ひたり、と頬に当てられた手の平の温度は心地良い筈なのに、今ではまるで氷のように思える。
 遂には唇の色まで段々と引いていってしまい、心配の余り遊馬の頬に触ったり頭を撫でたりを繰り返すミハエルに、やめてやれよと凌牙が制止をかけた。遊馬の怯えようの原因だという自覚がまるで無いらしいミハエルはどうしてと言わんばかりに首を傾げたが、今にも魂が抜けてしまいそうな遊馬の様子に、困ったように身を離した。

「……誰か、温かい飲み物、作ってくれませんか」

 かたかたと小刻みに震える遊馬を抱え込んで宥めて、あるいはあやしていた風也がぽそりと零したので、カイトと呼ばれていた金と緑の髪が目立つ青年が直ぐさま給湯室へと駆け込んでいった。可哀想な程に血の気が抜けた遊馬を見かねてか、ゴーシュと呼ばれていた随分と大柄な青年が、片手に抱えていたコートをそっと遊馬に被せてやる。
 全く無関係とも言える少年をこんなにも怯えさせてしまうとは、前々から天使面した悪魔だなんだと散々な言われようだったミハエルだが、今回のことで更に酷い噂が流れそうだと様子を見守っていた凌牙は溜息を吐く。しかも自覚が無い分、余計に質が悪い。普段はそこそこまともな筈の部長による、敵全体どころか味方にも大ダメージなんていう碌でもない大技を後輩がまともに喰らってしまった、全く、同情する。

「その、ホットチョコレートが出来たが……」

 暫くの後、カイトがそう言いながらマグカップ片手に給湯室から戻ってきて、分厚いコートを引っ被った陰から遊馬がおずおずと手を伸ばしてそれを受け取る。まるで遭難者だ、こんな大都会のど真ん中でこんな様になるとは本人も思っていなかっただろうに、いつの間にやら周囲の同情を集めに集めてしまっていることに遊馬はまるで気付いていなかった。



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