眉間に深く皺を寄せ、明らかな嫌疑の色をその顔に浮かべる凌牙を見て、少年は、信じてないな、と不機嫌そうに声を掛けた。そんなことを易々と信じられるわけもないだろうに、凌牙は当たり前だとぶっきらぼうに言葉を返す。少年は幾分困った様子だったが、何の前触れも無しにすっくと立ち上がると、だん、と縁側の床板を蹴って裏手へと飛び出した。
 突然の行動に凌牙は目をむいたが、思いの外高く飛び跳ねた少年がぱちんとひとつ指を鳴らした瞬間、木々が常よりも大きな声を上げてざわめいて、そのただならぬ雰囲気に何事だと慌てて立ち上がった。そうして気がつく、幾十、幾百もの気配が、梢の陰から、灯籠の向こうから、木々の合間から此方の様子を窺っていることに。
 しかもあろうことか、少年は地に足を着くこともせず中空にふわりと浮いており、あまつさえ胡座をかいて頬杖を突く、などというお気楽な仕草までをもして見せた。到底人ではなす事は出来ないであろう珍妙極まりない芸当に、凌牙は今度こそ腰を抜かすことになった。

「ほら、お前が信じてくれないから、みんな怒ってるぜ?」

 皆、とは誰のことを指すのだろうか、とは問わずとも分かりきった事であった。そこかしこから凌牙の様子を窺う気配は、その言葉に呼応するようにしてその存在を示すかのようにざわめきを零す。無礼な奴め、身の程を知れ、浮世の人間は揃ってこうなのか、そんな風に随分と苛立っているらしい声が四方から聞こえてきた。
 しかし耳を澄ますこと暫く、よく昼寝してる子じゃん、寺子屋はどうしたのでしょうか、蛸みたいな頭してやんの、などという言葉まで聞こえてきたものだから、凌牙の眉間の皺は殊更に深くなった。サボり癖については余計なお世話だ、それどころか髪型まで貶される覚えはまるでないというのに。

「分かった、信じる、信じてやるから好き勝手喋んのを止めろ!」

 半ば自暴自棄になった凌牙がそう叫んだ途端、喋り声はぴたりと止んで、先程に同じく気配が此方を窺うだけになった。その様子を見守っていた少年はと言えば、相変わらず中空に浮いたまま腹を抱えてけらけら笑い転げている。決して耳障りな訳ではなく、寧ろ心地よい笑い声が神社に響いていたが、はひっ、と息を詰まらせるかのような声が漏れたと思ったら、先程まで悠々と浮いていた少年は見えない足場が消えたかのように苔と草の上に落下した。
 思い切り腰を打ち付けてしまったらしい少年は、ぴゃあと随分可愛らしい悲鳴を上げると、苔むした石畳の上にへたり込んだまま、凌牙を潤んだ瞳で見上げてきた。助けてくれ、とでも言いたげな視線に凌牙は困惑する。助けてやったほうが、いいのだろう。溜息を吐きながら裏手へと降り、石畳を辿って少年の元へと辿り着いた凌牙は、片手を少年へと差し出した。

「……随分とドジなんだな、神サマってのは」

 皮肉るようにそう言い放ってやれば、少年は照れ笑いを浮かべながら紅く染まった頬を掻いた。純朴な子供と何ら違わないその仕草に、思わず拍子抜けしてしまう。差し出した手を握った感触は綿の如く柔らかで、そして日溜まりのように暖かく、人間じみた神も居たものだと凌牙は溜息を吐いた。



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