茶が旨い、そう呟いて凌牙は現実から逃れようと、神社の裏手に広がる碧を眺めていた。縁側に腰掛けて足を下ろし茶をすする凌牙の隣では、神職のそれに似た装いの少年が膝を抱えて凌牙を見つめ、焔が閉じ込められた瞳を細めて実に嬉しげに笑っている。凌牙が唖然とすること暫く、少年は盆に二つの湯飲みと急須をのせてとことこ縁側へと戻り、申した通りに茶を淹れてくれた。そうして、今に至る。
 まるで見知らぬ少年は、凌牙より幾分幼く見えた。袖から覗く手首は細く、相貌には未完成故の得も言われぬ愛らしさを湛え、凌牙の動向を見守っている。居心地が悪い、凌牙は困ったように視線を逸らして茶をすすった。森に潜む鳥が、ちちっ、と啼いたのを合図にしたかのように、少年は口を開く。

「よく、此所に来てるよな」

 今度こそ凌牙は心臓が飛び跳ねる思いだった。ばれている、学校をサボりこの神社を度々訪れていることが見事ばれてしまっている。遂には湯飲み片手に、酸欠の魚が如く口をぱくぱくとすることしかできなくなってしまった凌牙の様子を見て、少年は愉快そうに笑い声を零し、別に怒ってるわけじゃないぜ、と告げた。
 盆の上に置かれた手つかずの湯飲みに手を伸ばし、大分ぬるくなった緑茶を一口こくりと飲み下し、ほぅ、とゆるく息をついて、少年は裏手へと視線をやる。苔の合間に顔を覗かせる石畳や、木々の緑に埋もれるかの如くひっそりと立つ石灯籠、そして見る者を引き込んでしまうような深い森の様相を、少年はまるで過去を懐かしむかの如く眺めながら言った。

「今じゃこんな風だけど、昔は違ったんだ。灯籠とかもぴかぴかで、綺麗な白石が敷き詰められてて……」

 遙か遠く、此所ではないどこかを見つめているような少年の表情に、凌牙は少しどきりとさせられる。自分より幼い筈の形をした少年が、ひどく大人びて見えたのだ。若者が決してする筈もない、まるで幾十もの時を生きた老人のような表情と語り口に暫し心奪われていたが、ふと、凌牙は首を傾げ、何かがおかしいことに気がつく。
 先程、少年の口から紡がれた言葉は、此所の昔の様相を知らなければ決して口にできないことだ。今となっては一面の緑で白石など見る影もなく、しかしここ数年程度でこの有様になったとは考えがたい。合点がいかない凌牙の様子を察してか、少年は袖を口許に寄せてくすくすと笑った。

「へへ、見た目は子供だけど、こう見えて俺って神様なんだぜ?」

 その言葉を耳にした瞬間、凌牙の手から湯飲みが滑り落ちた。がつん、と音を立てて中身の無い湯飲みは床にぶつかり、ごろごろと重々しい音を立てながら転がる。最早身動き一つ取れなくなってしまった凌牙に、吃驚しただろ、と声を掛ける少年の様子は随分と楽しげだった。



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