随分とハイテクな機器ばかりで溢れかえるこの御時世、よくこんなにもぼろっちい神社が取り壊されもせず残っているものだと、凌牙はある意味感嘆した。
 凌牙は俗に言う不良生徒であり、面倒になれば授業をほっぽって無断早退することもしばしば、欠席しようが連絡は入れずといったことも珍しくはなかった。そんな凌牙の格好の昼寝場所は、中学から一町離れた小高い山の最中にぽんと建てられた古い神社である。神主も居らず、打ち棄てられ寂れた境内に訪れる参拝客なぞ居るわけも無し、木々に囲まれた静かな神社は、いつでもざわめきと共に凌牙を歓迎し、安らかな眠りを提供してくれた。
 今日も今日とて、凌牙は授業をサボタージュして学校を抜け出し、神社の裏に設けられた縁側に寝そべっていた。直ぐ傍に放り出された鞄から顔を覗かせる携帯はちかちかと時折点滅して着信の形跡を残しているが、凌牙はまるでそれを気にも掛けない。恐らくは、否、確実に双子の妹のおせっかいであろうと分かっているからだ。二時間目以降全部ふける、というメールを一応は送ってあるのだが、相も変わらず世話焼きな妹だと溜息を吐いた。
 ころりと寝返りをうって木々の方を見遣れば、苔むした石畳や青々とした碧を湛える緑樹が目に入る。木漏れ日に照らされたその景色は、凌牙にとっては随分と慣れ親しんだもので、荒んだ心を癒してくれるそれでもあった。遂には風が吹き付け、ざぁっ、と音を立てて梢が揺れたので、まるでその音を子守歌とでもするかのように凌牙は瞼を閉じる。昼過ぎには目が覚めるだろう、そう思いながら心地よい眠りへと落ちた。



 りん、と鈴の音が聞こえる。沈みきっていたはずの意識はゆっくりと水面へ向かい、凌牙は瞼を上げた。寝起きのぼやける視界に映り込むのは、梢から覗く白群の空に浮かぶ太陽と艶やかな碧の群れ。
 聞き慣れぬ音に半ば無理矢理覚醒させられた凌牙は、ひとつ舌打ちをして上体を起こす。人気が無く静かな神社こそが凌牙の癒しであったというのに、どうしてそこが侵されるのやら、不機嫌を募らせる凌牙の眉間に皺が寄った。たかが昼寝されど昼寝、貴重な睡眠時間を削られた凌牙の気分は最悪だった。全く、幻聴にしてもこんな時にしなくてもいいだろう、と内心悪態をつきながら凌牙は神社裏に広がる碧の世界に目をやり、そしてその海色の瞳が零れ落ちるのではと思う程に見開かれた。
 人がいる、半ば一面碧に染まりかけた視界の中に、時代錯誤も甚だしい和服を纏った少年が立っているのだ。は、とぽかんと空いた口から零れた声に気がついたのか、少年はふいと凌牙を振り返って、途端、その幼い相貌に喜色を浮かべた。

「ああ、目、覚めたんだ」

 木漏れ日のような、暖かい声だった。大した声量でもなかったが、木々が小さくざわめく最中でも、その声ははっきりと凌牙の耳に届いていた。揺らめく焔を閉じ込めたような紅い瞳が嬉しげに細まり、少年は手に持っていた柄杓と桶を石畳の上に置くと、今お茶淹れるから、と凌牙に声をかけてから神社の中へと入っていく。
 未だ縁側で呆然としたままの凌牙はと言えば、身動ぎひとつすることもできなかった。思えばどこか不自然だった、大分古い神社とはいったものの、初めて凌牙がここを訪れた時から、賽銭箱や縁側が露骨に埃をかぶっていたことなど一度としてなかったし、境内だって草木が好き勝手伸び放題になっているわけではない。それはつまり、ここを誰かしらが整備していたということであって、更に先程の様子から鑑みるに、少年がここを整備している張本人だということであって。

「……嘘だろ、おい」

 漸く動く力を取り戻した口が紡いだのは、そんな驚嘆とも何とも取りがたい一言だけだった。



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