03
 


「あのー、白石くん」
「ん?何、名字さん」

名前を呼べば、笑顔で振り向いてくれる白石くん。もうすぐ席替えをして一ヶ月が経つけれど、白石くんは顔もよければ性格も二重まるや。優しくて、誠実で、几帳面。気取ってなくて努力家で…ってもういいもういい。白石くんをずっと直視してまうと、心臓がおかしくなりそうやから、すぐに目を逸らすよう心がけている。

「わたしのことやないねんけど」
「?何が?」
「坂下さんが、今日の昼休み、話あるから屋上に来て欲しいって」

言うてたよ、と言おうとする前に、白石くんの顔が心無しか不機嫌になっているのがわかって、途中でやめた。え、な、なんで、なんで怒ってはるの?

「し、白石くん?」
「あー、…いや、うん、わかった」

屋上行けばええんやな、言うて白石くんは次の授業の準備を始めた。あからさまにその様子は不機嫌で、わたしもそんな不機嫌な顔されたら、不安っていうか、嫌な気持ちにならんわけない。

白石くんがこんな風に不機嫌な態度をとるのは、これが初めてやない。一週間程前にも、わたしが男の子に呼び出しをされて帰ってきたらえらい不機嫌な顔をしとった。『なんかあった?』って勇気だして聞いてみても、『別になんもないで?』と目が笑ってへん笑顔でそう言われた。その時は感じ悪いなあて思うただけやったけど、もしかして白石くんはストレスが溜まってるんとちゃうかなって思う。いつもみんなの中心にいて、その分周りに気を使っとるはずや。…わたしの前でだけ不機嫌になるってことは、わたしにだけ心を許してくれとるってことやろか?そ、そうだとしたら、なんか少し、いや大分嬉しい、かも。


昼休み、白石くんは教室から姿を消した。もちろん、坂下さんも教室にはおらん。な、んでやろ、なんか…。

「もやもやします」
「なんやねんあんたはほんまに」
「だってえー!」
「ええか名前、その原因は、自分で気づかなあかん」
「な、なんで…友ちゃん原因わかるんなら教えてやあ…!」
「あーかーん!名前が自分で気がつくまで絶対あたしは教えたらんで。とりあえず今すぐ屋上行ってき!」

ばしんと強めに背中を叩かれて、お昼のお母さん特製サンドイッチが喉に詰まった。「んっ、んん!」「あーもう何してんねん、ほらこれ飲み」な、友ちゃんが詰まらせたようなもんやのに…!とは苦しすぎて言えず、渡されたミルクティのパックをずずっと一気に飲んで、サンドイッチを胃袋に流し込んだ。

「な、なんで屋上?」
「ええから!早く!さもないと全部サンドイッチ食ったる!」
「ええっ、それだけはいやあぁぁあ!」
「ダッシュや名前!ダッシュ!」
「わ、わかった!」

な、なんかようわからんまま、わたしは友ちゃんに言われた通り屋上へ走った。は、早く行って戻ってこないとサンドイッチが、サンドイッチが…!


屋上の扉を開けると、薄水色の空が一面に広がっていて、春の匂いが鼻を掠めた。もしかして友ちゃんは今日の空めっちゃ綺麗やでってことを伝えたかったんかな?でもそれなら別に教室でも…。

「ごめん、キミとは付き合われへん」

不意に誰かの声が聞こえて、慌てて身を潜めた。息を飲んで耳を澄ますなんて、わたしはなんて悪い子なんや…!神様ごめんなさい。でもだってこの声、白石くんの声なんやもん。
そういえば自分が白石くんに昼休み屋上に行くよう伝えたのに、友ちゃんにのせられてのこのこ来てしまった自分はどんだけ阿保なんやろ。サンドイッチ詰まらされて当然やんか。

でも白石くん断ったんや。坂下さんの告白。…メンタル弱そうな子やったけど、大丈夫かな。

「どうして?地味だから?好みじゃない?白石君のためなら私、どんな風にも変わってみせる…!」

思わず口を突いて声が出そうになった。め、メンタル弱いなんて、わたしの思い違いやったんかもしれん。坂下さん、あなた今とんでもないこと口走っとるよ!?
いつもより坂下さんの声は堂々としていて、好きな人の前だと人が変わる人もおるんかな、と冷静になるように自分に言い聞かせた。

「髪は長い子が好き?だったら私もっと伸ばす。もっと細くてスタイルのいい子がすきなら、いくらでも痩せるから!」
「そういうことやないねん、坂下さん」
「じゃあどうして…!?なんで、お願い、好きなの!なんなら一番じゃなくたって、浮気だってしても…」
「坂下さん」

坂下さんのヒステリックな声を遮って、白石くんは彼女の名前を呼んだ。声だけでわかる。白石くんは今、機嫌があまりよくない。
息を飲んだまま、白石くんはこれから彼女に何を言うんやろう、そのことで頭がいっぱいになった。

「俺が今、気持ち悪いって思ってんのわかる?」
「…え?」
「自分、怖いわ。無理矢理俺に付き合って貰うのほんまに嬉しいか?」
「ちが、でも…!」

「じゃあ聞くけど。俺の好きなところ、10個でええわ、あげてみてや」

ど、どんな質問…!?と内心つっこみながら、一応自分でも白石くんのすきな…っていうより良い所、10個あげてみることにした。

「や、優しいところ」

一つ目はわたしと一緒や。一本ずつ指を畳んでいく形式でまず親指を畳む。白石くんの、みんなに分け隔てなく接する優しいところがすき、や。

「うん、それから?」
「…あ、えと…、テニスを、頑張っていて…強くて、上手なとこ」
「…みっつめは?」

こんな白石くんは見たことない、と思った。だって、なんか、黒くて、怖い。顔は見えんけど、声もいつもよりずっと低くて、色々と隠しきれてへん黒さが、こっちまで伝わってきてる。
坂下さんがみっつめを言おうとする時には、わたしの指は既に8本も畳まれていた。あと二本やって簡単に畳むことができる。責任感が強くて、実はああ見えて結構負けず嫌いなとこがわたしは…あ、れ?

「…え、と、かっこいいところ」
「はは、それって、顔が?」
「っせ、性格も、全部だよ!」
「俺、性格悪いで。現に今、こうやってせっかく告白してくれた坂下さん、気持ち悪いって言うて、追い詰めて、楽しいし」
「……え?」
「普通の子やったら、ごめんな、って行ったら、ありがとうって言うてくれる。せやから俺も、勇気振り絞って告白してくれてありがとうって気になるけど。なんでやろなあ、坂下さんにはそんな気持ち、微塵も起これへんのや。名字さん利用して俺を呼び出す時点で、腹が立つことこの上ないで」

まさかここで自分の名前が出るとは思ってへんくて、思わず体がびくりと強ばった。なんで、わたし、こんなに心臓ばくばくいうてんの…?なんで、こんな、泣きそうに、なってるの?
胸を抑えてみても、心臓はいつもの倍の速さで動き続ける。白石くんがおると、わたし、だめや。あかん。何、この気持ち。──苦しい。

「どうして?私、何か気に障ること…」
「せやから、名字さん使って、俺を呼び出したことが、一番腹が立つんやって」
「それは、どうして…?」
「さあ、なんでやろな?」

それはキミには言われへん、言いたくもない。と白石くんは、「まだあと7個残ってるけど、どうする?」と更に坂下さんを追い詰めるようなことを言う。

白石くんは、優しい。そして、自分を偽らない、真っ直ぐな人や。
優しくなきゃ、わざわざこんな風に、自分自身が気持ち悪いと思ってる人の相手なんて出来ん。わたしが白石くんの立場やったら、きっとこの場から逃げ出すと思う。
誰かの為に変わるのは、悪いことやないし、そのくらい想える人がいるって、素敵なことやと思う。でもきっとありのままの坂下さんを好きになってくれる人が絶対おるし、絶対出会えると思う。せやから、自分の想いを相手に押し付けて無理強いまでしたらあかん。絶対に、あかんよ。

わたしは、白石くんに酷いことをしたんや。
坂下さんに言われるまま、白石くんを間接的に呼び出して、白石くん怒らせてしもて。
ほんとは嫌やった。もし白石くんが、坂下さんとうまくいったらどうしようって、不安やった。もやもやした。


わたしは、白石くんが、すき、なんや。


自覚した瞬間、ばくり、と心臓が跳ねた気がした。とくん、とくん、と脈を打って、全身に、白石くんがすきなわたしの血が送り込まれる。

すき。──白石くんが、すき。

優しい白石くん、努力家で、誠実で、自分に厳しい白石くん。この前初めて友ちゃんに連れられて見に行ったテニスをしとる彼の姿は、本当にかっこええと思った。意外に我儘で、不機嫌になると口数が減るところも、怖いけど少し可愛いなって思う。


友ちゃんが言うてたことが漸くわかった気がする。もやもやの原因は、わたしが気づかなきゃ意味ないって、わたしが、自覚しろって意味やったんやね。
わたしは胸を抑えたまま、静かに屋上を去った。話の続きなんて、もうどうでもいい。


「友ちゃん!」
「遅かったなあ名前、もうちょっとでサンドイッチ食べたろかなって思うて…名前?」

「わたし、わかった!七海ちゃんが言うてたこと!」
「えっ、ちょ、名前、なんで泣くん!?」
「え?」
感極まって泣いてしまったわたしは、ぎゅうっと友ちゃんに抱きしめられてしまった。な、んで、涙なんか。

「ほんま泣き虫は直らんなあ」
「うっ、だ、だっで…ふぇえ」

その内に泣いているわたしを発見したクラスの仲の良い子達がわらわらと集まってきて、なんで泣いとるんかもわからんわたしを、みんなはただ慰めてくれた。
それから少しして、また友ちゃんと残り少ない昼休みでサンドイッチを食べとると、教室に坂下さんだけが戻ってきた。
坂下さんは俯いたまま席についてしもたから、泣いとるんかどうかはよくわからんけど、辛くないわけないし、わたしも盗み聞きなんてして、ほんとに悪いことをしてしもたと反省した。

「あたしが屋上に行くように言うたんやから、名前は何も悪くないんよ?」

悪いのはあたし、と友ちゃんは笑った。ああ、もう、なんで。なんでこんなに、みんな優しいの。

「友ちゃんのあほ」
「はあー?あんたもっぺん言うてみ、鼻フックかましたる…ってまたあんたは。ほんま涙腺どないなってんの」
「う、っぅう、友ちゃんの、あんぽんたん」
「誰があんぽんたんやねん!…ほら、ティッシュ。鼻かみ、鼻水でてんで」

ちーん、と鼻をかんでサンドイッチの最後のひとつは、友ちゃんにあげた。「しゃーない、鼻フックは勘弁したろ」とすんなり受け取ったあたり、ずっとサンドイッチ狙ってたんかな、って思った。

「あ、白石」
「え、う、うそ!」
「白石、おかえりー」

どうやら嘘やないらしく、友ちゃんが気軽に挨拶をする。え、な、なんか、自覚したさっきの今で、わたしどんな顔したらええの!?
白石くんの方を見ることなんか出来へんくて、思い切り友ちゃんの方を向くと、ありえないサド顔でわたしを見ていた。え、えええ?ど、どういうことなん?

「おー。…え、な、なんで名字さん泣いて、え!?」
「あー名前泣き虫さんやからー、白石おらんで寂しいって泣いてたんや」
「「は!?」」

思わず白石くんと声が重なってしもた。え、えっ、何、何なん何でそんなこと言うん友ちゃん!

「え、ほんま?名字さん」「や、え、えと、ちゃう!ま、待って、ちゃうくないけど、え、ええ?友ちゃんの言うことは、う、嘘!信じんでええよ白石くん!」
「いや…、信じたいんやけど」
「え?」
「なんでもないわ。ちゅーか次の時間席替えらしいで」

それを聞いてあからさまに気分が沈んでしもた。せ、席替えって、白石くんと離れるってこと、やんな?

「名前、この席気にいっとったのにな、残念やな」
「も、もう!友ちゃんうるさい!」
「お、そんなこと言うてええのん?」
「わあああごめんなさいごめんなさい!」

「(相方さんって、名字さんのどんな弱み握ってるんやろ)」

入学して一回目の席替えで白石くんと仲良くなれて、うっかりすきになってしもて、これからわたしはどうしたらええんやろう。こんなかっこいい人、こんな素敵な人、会話できるだけでも幸せになれるのに。どんどん欲張りになってしまう自分が怖い。

「し、白石くんの隣で、よかった、です」

最後にそう言うのが精一杯で、席が離れても仲良くしてほしい、なんていう我儘はおこがましくて言えんかった。せめて、挨拶くらいなら、とは心の中で思うだけや。

「俺も、名字さんの隣になれてよかった」

わあ、あかん、また泣きそう。友ちゃんに助けを、と顔を向けると、既に自分の席に戻っていた。ひ、ひどすぎるよ友ちゃん…。
ぐぐ、っと涙をこらえて、そのまま俯いていると、「名字さん、」と名前を呼ばれた。え、何、やろ。

「席離れても、仲良うしよな」

まさか白石くんの方からそんな申し出がもらえるとは思うてへんかったから、びっくりして涙は引っ込んでしもた。返事なんてもちろん、YESに決まっとる。

「う、ん。…うん、わたしの方こそ」

ずっとこのままの関係でもいいから、仲良くできるならそれだけでいいと思った。
わたしがこれ以上欲張りになるのは、もっと先の話や。





前へ 次へ

 
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -