13
 


次の日は三人で登校して、残り少ないっちゅーことでテニス部に顔を出すことにした。
もうこのテニスコートに立つこともできんくるんやと思ったらやっぱり寂しいし、まだまだこいつらと一緒にテニスがしたい。

思い返せば俺の学生時代はテニスばっかりや。そんで大学入ってからもテニスしよう思てるんやから、テニスバカって言われてもしゃあないと思う。おもろないテニスやなって言われたり、納得のいかん試合もあった。それでもテニスをやめんかったんはこいつらがおったからやし、何よりテニスが楽しかったからや。色んなヤツと出会って、多分関西じゃ名の知れたプレイヤーにもなれたと思う。このコートからは、たくさんの楽しい時間をもろたんや。

「部長、試合してくれませんか!」
「あっ、光ずるいで!ワイが先に白石と勝負や!」

なら、俺もしたいです!俺も!とわらわら集まってきてしもて、俺と謙也は部員に手を引っ張られてしもた。ちょ、お前ら、名前の存在忘れんなや。せめてどっかに座らしてから…!

「あ、わたしあっちのベンチ座ってみてる!」

そう言うて名前は去っていった。それはそれで寂しいような…、まあええわ、この寒い時に外で座って見てくれるなんてこれは愛されてる感じがする。(風邪引かれたら嫌やけどな)
一応試合の前に俺の方からまた名前の元に行って、俺の分のマフラーも巻いて、二重にしたった。

「寒くなったら言うて。試合中でもやで?」
「平気、ありがとう蔵」
「ん、ほな、勝ってくるわ」

名前の頭をぽんぽんと二回叩いてから、俺はコートに向かった。

「蔵っ」
「ん?」

「わたし、蔵がテニスしてるとき、めっちゃすき。世界一かっこええなって思う!」

そ、それだけ!言うて名前はマフラーに顔を沈めてしもた。…ほんまに俺の彼女は、どんだけ可愛いんやろか。試合前にそんなん言われたら負ける気なんかせえへんわ。
名前の言葉に俺は返事を返さんかった。代わりにラケットをくるくるっと回して笑顔でひと振り。世界一、やて。ほんま俺、幸せ過ぎて死ぬんちゃうかな。

正直今の俺はほんま、誰にも負ける気せえへん。手塚クンにも越前クンにも勝てるんやないかって、そんな気さえしてまう。やっぱり名前の力ってすごいわ。



一通り試合が終わって、俺は名前の元に戻った。「おつかれさま」と笑顔で言われたら、金ちゃんとやりあって疲れてしもた体の疲れも一気に吹き飛んでまう。気ぃ利かしてタオルを差し出してくれた名前に「おおきに」とだけ言うて、名前の隣に腰掛けた。汗を拭き取りながら、ボーッとテニスコートを眺めて、ボールを打ち合うテニス独特の音のリズムがやたら心地ええ。穏やかな時間が流れとると、そう感じた。

言うなら、今や。今このタイミングが、ええ。汗を拭き取り終わって、そのままタオルを首にかけた。「名前」と名前を呼ぶと、「んー?」と間延びした可愛い返事が返ってくる。そんだけのことなのに、めっちゃ幸せやなあって思うし、名前が好きで好きでたまらんって思う。
きっと俺は病気なんやと思う。名前に依存して、もう名前無しとか絶対無理やしそんなん考えたくもない。好きで、好きで好きで、今すぐ名前の全部を俺のもんにしたいって、強欲なことも思ってまうほど、俺はもうどうしようもく名前を愛しとる。
こんなに幸せな癖に、俺はとんでもなく欲張りらしい。家におるときも、名前がおらんともう、我慢できへんのやから。


「ずっと言おうと思うてたことがあんねん」
「…何?」

なかなか言い出せんくて、つい黙り込んでしもうたら。名前が俺の手を上からぎゅうっと握ってきた。ああ、この間が名前をちょっとでも不安にさせてしもたんやってわかって、俺は決心して、空いている方の手を名前の手の更に上に重ねたった。

「嫌やったら、正直に言うてええから」
「う、うん?」

「卒業したら、俺と一緒に暮らしてほしい」
「…!」

「…んやけど…、ど、う、やろか?」

手汗がじわじわとでてきよるのがわかる。返事は即答、ということはあらへんくて、名前は俯いてしもた。あーどないしよ、なんか、これ断られたら結構、ショック、やねんけど。

「そんなにええトコには住めへんと思うし、満足な生活をすることは出来んかもしれん。けど、」

「一緒におりたいって思ったんや。今も今までも一緒におったけど、もっと、もっと。お前と一緒に、24時間ずっとおりたい」


テンパってしもて、所々台詞が詰まってしもて、ダサいし恥ずかしい。それでも俺は名前の手を握り続けた。汗でべたべたんなって気持ち悪いとか思われてるとしても、重ねた手ぇをどけることは出来ひん。

「…っく、ら」

漸く名前が口を開いて、俺は一言一句聞き逃さんよう耳を澄ます。テニスボールの音は、今は止んどる。

顔をあげた名前の大きな瞳には涙が並々溜まっとって、俺は目尻にキスをして涙を吸った。「ん、」とくすぐったそうな声をあげた後、名前はもう一度俺の名前を呼んだ。

「わたし、ええの?そ、んな、嬉しいこと、蔵から言ってくれて、こんな幸せなのに、もっと幸せになるん」

「え、の?…っ一緒に、住んで、くれるん?」

たった今吸ったばかりの涙が、ぼろぼろと溢れ出して、とてもやないけど俺がすくっても拭っても追っつきそうにない。名前の返事を聞いて脳から心臓から全身に嬉しいっちゅー感情が流されて、口元が緩んで弧を描いてまう。ほんまに名前はいつも、俺が欲しいと思う言葉に幸せを上乗せして返してくれる。ついさっきまで断られたらどないしよ、とかマイナスなこと考えたりしよった自分が嘘みたいや。

もしも、なんて考えんでええんやって思える。完璧、とか、絶対、なんちゅー言葉はよう使いよったけど、完璧なんてありえへん、絶対なんかない。心のどっかでそう思っとった。でも、でも。
名前とやったら"絶対"大丈夫なんやと思う。"絶対"は名前との間だけに生まれる言葉や。俺らは絶対的に、今もこれからもずっと、相思相愛でおれる。完璧に、絶対。

「お前がええねん。名前と、一緒に住みたい」
「わ、たしも、蔵と、一緒に、住む」
「ええんか?24時間毎日顔合わすんやで?喧嘩しても、嫌になっても、もし嫌いになっても、絶対逃がしたらん。離さへんで」
「え、え。その方が、嬉しい。ずっと、一緒におりたい。蔵と、ずっと、24時間なんて夢みたいなこと、幸せに決まってる。嫌いになんか、なるわけないやん、蔵の阿保」
「はは、すまんすまん。やって、嬉しすぎて」
「わたしの方が、嬉しい」

ぐし、と涙を手で拭って微笑んだ名前が、俺には天使にしか見えんくて、衝動でつい勢い良く抱きしめてしもた。「ぐえっ」と案の定へんな声を出しとったけど、ごめんな、今加減とか出来ひんのや。名前が可愛いすぎるのがあかんのやで。ぎゅううと力を更に込めても、嫌そうにはしてへんからやめたらん。もう少し力入れてしもたら、きっと簡単に潰れてしまうんやろな。こんな華奢やのに、名前はいつも俺のその時思う一番欲しいものをくれる。

「とりあえず、名前の許可だけじゃあかんからな」
「え?」
「そら名前のお母様お父様に許可もらわなあかんやろ」
「あ、大丈夫やと思う。一人暮らしより二人暮らしの方が安心やと思うよ?」
「いや…そっちの方が心配なんちゃうかな…」
「え、なんで?」
「いやなんでもない。とにかく、挨拶、っちゅーか、ちゃんと言いにいくさかい」

いつ行ってええ?って聞いたら、「今日でも全然ええよ」と未だにさっきの俺の言葉の意味が気になるんか首を傾げながら言うた。ほんっま同じ大学で良かった。こんな無防備な子野放しに出来へん。…って名前の親父さんも思ってるんとちゃうやろか…!あああ緊張するなんやこれ告白ん時並みに緊張する!!

「大丈夫やで蔵。もしだめって言われても、一緒に住むから」
「…それじゃあかんの。」
「なんで?」
「なんでもや。もし俺が名前の親やったら絶対嫌やし…」
「…緊張するん?」
「当たり前やろ。好きな子と一緒に住めるかもしれへんのやで。生々しい言葉で言うたら同棲や、同棲。ゆくゆくは結婚するんやし、その挨拶するみたいなもんや、気持ち的には」
「……」

一通り自分の思ったこと吐き出してから、はっと気がついてしもた。え、何、俺今、とんでもないこと口走った、よな?

「蔵、…わ、たしと、結婚したいと、思ってくれとるん…?」
「え、…え!?いや、あの、その、今のは、ちゃう!くないけど、えーっと、あー、…うん」

きらきらくりくりした可愛い瞳でそんな見つめられたら、もうこんなん白状するしかないやんか。耳まで赤くなってんちゃうかなーとか思いながら頭をがしがしと照れ隠しに掻いたあと、俺は名前に触れるだけのキスをした。不意打ちで驚いとる名前の頭を撫でて、とりあえず気持ちを落ち着かせて。ふー、と息を細くして吐いて、俺は名前と目を合わせる。あかん、全然落ち着かへんし、顔熱いのもおさまらへん!!

「名前は、指輪とか…欲しくないん?」
「ゆびわ?」
「うん、指輪。婚約指輪やないけど…、ちゅーか本音言っていい?」
「う、うん?」

「俺が欲しいんや、指輪。名前は俺だけのもんやっていう、証。…別にそんなんなくても名前は俺のやけどって思ったりもするんやけど、そういうの形になったら、ええんちゃうかなって思て。俺も、名前のもんやでっちゅー証が欲しい」

「うん」
「…え」
「指輪、ほしい」
「っほんま?」
「うん。蔵のものっていう、証。ほしい」

印なら散々名前の身体につけてきた。せやけどそれは時間が経てば消えてしまって、その度にまたつけて。消えない印が欲しかった。俺の、俺だけのお姫様。誰も手ェ出すなっちゅー威嚇も込めて、周りにも堂々と見せつけられる証を。名前に、受け取ってもらえる。

「あと少しで俺ら、一年経つん、知っとる?」
「当たり前やん、女の子は記念日とか大事にすんねんで?」
「そか。…そん時、渡すな」
「…あんな、蔵。わたしからお願いしてもいい?」
「何?」

「ゆびわ。蔵のは、わたしのお金で買いたいねん」
「え…」
「蔵からは、いつもたくさん、いろんなもの、もらってばっかりやから」

それはきっと、形に残るものだけやなくて、気持ちとか幸せとか、目に見えないもののことも含まれているんやろう。そんなん、俺の方が名前からいっぱいいろんなもんもろてんのに。そんなん言われてまた嬉しい気持ちもろてるんも、きっと名前は知らんのやろな。

「…してもええか?」
「え、何を?」
「知らん」

俺はそのまま噛み付くように名前にキスをした。「ん、ぅ」といきなりで漏れた声も飲み込ませて、人目も気にせず深く舌を絡ませた。微力で名前の手によって押し返されとるけど、本気で嫌がってないことはわかっとるから、続けたった。少しの間それを続けて唇を離せば、お互い甘い吐息が口から漏れる。

名前、お前は俺を幸せにする天才さんや。俺をそない喜ばせて、そない可愛いこと言うて、どうするつもりなんやろか。

「さっきの、うっかり発言やけど」
「…ふ、え?」

「いつか、ちゃんと言うから」
「…!」
「そん時まで待っとき」
「う、ん」

キスの余韻でか、目元を潤ませてぶんぶん首を縦にふる名前は小動物みたいでまた可愛い。
もう一回キスをせがんだら、「ちょ、ま、待った!」と口を両手で塞がれた。「ん、ん?」なんやねんと通訳してほしいところやけど、何らかの形で伝わったらしい。名前は俺の口を塞ぐ手を片手だけにして、テニスコートを指差した。

「み、みんな、みとる…!」

顔を真っ赤にして言うっちゅーことは、まさか名前は今この空間に俺らが二人っきりやったとでも思ってたんやろか?阿保すぎやろ、それは。俺は分かってやっとった完全なる確信犯やから、今更部の連中に俺らのイチャイチャシーンを見られた所で何の恥ずかしさも生まれてけえへん。

「おっまえら、ここどこやと思ってんねん!」
「謙也さん、顔真っ赤すわ。え、ちゅーかもしかして、まだ童貞とか?」
「なっ、お、おま、それは禁句って前にも言うたやろがあああ!!」
「いやあさすがに卒業しとる思ったんすわ。あー…なんか、すんません」
「こういう時だけ謝んなやめっちゃ傷つくやろど阿保!!あー、もう俺がお前ら二人羨ましいみたいやんか!全然そんなんちゃうからな!ぜんっぜん、これ、っぽっちも」
「まあまあ」

顔を真っ赤にして怒っとる謙也を珍しく財前が宥めて、その所為でまた謙也が逆上しよる。さすが財前やなあ。あの金ちゃんでさえも、今の俺らの一部始終を見て「白石おっとこ前やなー」なんて言うてわははと豪快に笑いよんやから、もしかしたら金ちゃんは俺が思っとる以上に大人に成長してしもとるんかもしれん。なんや寂しいけど、いつまでも子どものままなわけないもんな。少なくとも今の謙也より経験値は上やと思う。(男の勘っちゅーやつやな)

「ほんまバカップルもたいがいにして下さいよ、部長。なんで見たくないもん視界に入れられなあかんのですか。数少ない常識人やと思うてたのに」

「ご、ごめ、財前くん、これは、えと、ちゃうねん、わたしが煽ってしもたんやと、思うから」

せやから蔵は悪くない、とか名前お前…!ちゅーか煽ったとか何!?ほんまか!けっ、計算!?ここへ来て名前のことがわからんくなりそう!なんちゅー小悪魔や…、絶対指輪ええやつ買うてずっとハメさしといたろ。同棲せな絶対あかんわ、謙也以外の男ともあんま仲良くせんで欲しいわマジで。

「名前さん、どうやら魔性の女みたいっすね」
「え?ま、魔性?そうなん?え、蔵、わたし、魔性の女やて…!」
「なんでちょっと喜んでるんすか、阿保やなほんま」

阿保の部長にはやっぱり阿保の彼女が出来るんやなぁ、て財前おい聞こえてんでしっかりとこの耳に。後でもう一試合しよか。

「部長」
「ん?」

「謙也さん」
「え、俺?」

「名前さんも」
「!、は、はいっ」

「卒業しても、たまには顔出しに来てもええっすから」

そう言うて笑った財前に上乗せして、「たまにとか嫌や!んー、週1!週1で顔出してワイと試合してほしい!」と金ちゃんがはしゃいで言う。そんなん言われたら、ますます卒業したくなくなるなあ。
二度と会わんくなるわけやないし、一生の別れでもなんでもない。せやけど毎日顔合わせとった連中と、毎日顔合わせんようになるんは、やっぱ寂しいと感じるもんやな。

俺ら四天宝寺テニス部に湿っぽいんは似合わんから、謙也と二人で冗談を言うて笑い飛ばしたった。それに釣られて名前も大きな口を開けて笑う。


"絶対"は名前との間だけに生まれる言葉やて思うてたけど、もうひとつ。

「絶対、また顔出しに来たるわ」

なあ謙也、言うたら、「おん、絶対来たるわ!」といつもの笑顔で言うた。ついでやしもうこの際ここで名前にも、言うといたろ。俺は名前の方をとんとんと人差し指で叩いた。「ん?」と緩い弧を描いた笑顔で返事をして、俺を見る。
そのままぎゅうっと抱きしめて、耳元に顔を寄せると、周りの奴らがまたなんか言う。(特に謙也)(「あいつどんだけ非常識人やねん!」)(「少なくとも謙也さんよりは常識人なんやないですか」)(「ええ!?」)

「ちょ、蔵!?」

「名前、絶対幸せにする」

「!!」


それから外国人みたく頬にちゅ、とキスをして名前を開放したった。
その頬を手で抑えて赤面する名前は、今までで一番可愛いと思った。



fin.




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