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二月も終盤に差し掛かって、後一週間もしたら俺ら四天宝寺高校三年生は卒業せなあかんのんかと思うと、少し寂しくなる。クラスの仲良かったヤツらは、県外に出たり就職したりと様々な道に進む。テニス部の連中とも、今度はほんまにばらばらになってまう。これからはみんなお互いなりたいものになるために、やりたいことをやるために、別々の道へ進むんや。



そして今日、名前と謙也は大学の合格発表のため番号掲示をわざわざ見に行くらしい。少し前に名前の口からそう聞いた時に「俺も行ってええ?」となかなかうざいことを言うてしまったかもしれん。
優しい名前ちゃんは優しい微笑みで「もちろん」と言うてくれたから、ええねんけどな。

「どどどどうしよう謙也くんだけ落ちとったら!」
「俺だけ勝手に不合格にすなや!ほんっま笑えへんのんやけど名字!」
「もももしくはわたしだけ…!うわああそれだけはほんとつらい!」

「二人ともちょっと落ち着きぃや。ほら、着いたで。しゃんとし。春から三人で通うねんから」

オープンキャンパスで二回、推薦の時に一回来ただけで、随分と久しぶりに来たこの大学は、いつも思うけど高校とは比べモノにならんほどでかい。とにかくでかいし、敷地がもうなんか…跡部クン家並や。(多分これよりまだでかいんやろうけどな)
そのでかさにまた怯え始める両サイド二人の腕を強引に引っ張って、堂々と敷地内へ足を踏み入れる。すぐに人だかりを見つけて、ついでに掲示板も見つけた。

「ほら、みてき」
「「……」」
「…大丈夫や、名前。絶対番号ある」
「ちょっ、俺は!?」
「謙也のは…どうやろな?」
「ちょっ、白石ぃ…!」

頼む一緒に見に行ってくれ、と謙也の腕を離そうとした俺の腕を今度はがっちりホールドされた。どんだけ女々しいねんこいつ!男なら堂々一人で見に行ってこんかい!

「…落ちても、友達でおってな」
「…落ちても、彼女でおらしてな」

阿保なボケかまさんとはよ見に行きぃやほんまに。…絶対受かっとるに決まっとるやん。自分らどんだけ頑張った思てんねん。これで不合格やったらそれは絶対なんかの間違いやから採点のやり直しを要求したるわ。

いつの間にか絡みつかれとった腕をするりと離すと、二人は意を決して掲示板の前へ向かった。


5分しても二人は帰ってけえへんくて、どないしたんやろ、まさか…まさか!?とか不安になってきた。頼むからもう早う戻って来て名前…!
その願いを叶えるように名前はゆっくり姿を見せた。(謙也も名前の隣におる)
二人の表情は俯いとってようわからへん。な、なんやねん、合格、なんやろ?もっと明るい顔で戻って来てや。

「…名前?…謙也?」

恐る恐る声をかけた。なんでか知らんけど心臓ばくばくいうてめっちゃ早い。なんで俺が緊張しとるんや。というか、返事くらいしてほしいんやけど…え?

「し、白石…」
「く、らぁ」

え?…なん?もしかして、え?い、一緒に大学でもテニスしようなっちゅーたやんか、謙也。正直もうお前と一緒の学校とかウンザリや思てたけど、本音言うたら俺嬉しかったんやで。またお前とテニスできるし、お前のウインドウショッピングに付き合うの、そんな嫌いやなかったっちゅーか、寧ろ好きやったし。大学入ってからも、ちょくちょく一緒に飯食いに行ったり服買うの付き合ってもらったり、しよう思うててん。
名前には、今日決まったら、言いたいことがあったんに。それ、言われへんの?俺。

涙声の二人に、俺ももらい泣きしそうやった。名前が一緒の大学に行きたいて言うてくれるまでは、別々の学校でも全然大丈夫や思うてたけど、無理や。絶対無理や。違う大学とか、もう考えられへん。

二人はとぼとぼと俺の前まで来てもまだ俯いたままや。心無しか二人ともいつもより身長が低うなった気さえする。

「どう、やったん?」

震えそうになる声を抑えて、極めていつも通りを装った声を出すと、名前がゆっくり震えた手で俺の両手を包んだ。


「ご、合格っ、やって…!」
「俺もっ、番号余裕であった…!!」

「は?」

「ど、どない、しよ、もっ、嬉しすぎるっ!」
「春からK大生医学部とかかっこよすぎるやろ俺っ!」

「………」

なんやねん。…なんっやねん!!あーもうありえへん何この子らなんなんほんまにもう今の絶対演技やろさっきのなかなか戻ってこんかった5分間で打合せしたやろ絶対そうやろ!あーもう絶対このオチやと思てたわー、不合格とか流れ的にありえへんしな。
あーもう。…心配して、損したわ。ほんま、よかった。

「春から一緒に通お、蔵!」
「あ、そのことなんやけどな、名前」
「白石!今日俺んち泊まりに来いや!あっ、名字も!合格祝いしよ合格祝い!」

名前が合格したら、ずっと言おう思てた言葉は謙也に遮られて、しかも強引に「泊まるやんな?な?」とか言うてくるし。俺は名前に話したいことがあんねん。「行く!行きたい!」…まあそれは謙也がおらん時でええか。今言うても雰囲気もくそもないわ。

謙也はiPhoneでなんや電話をかけ始めとる。多分謙也のおかんやろうと思う。名前は「謙也くんち初めて行くけど、なんか持って行った方がええやろか?お饅頭がええかなあ」とかそんなんもう気にせんでええねん手ぶらや、手ぶらで行けばええんや。
一気に気の抜けた俺は、どっと疲れてしもて、早く謙也の部屋でごろごろしてやりたいと思った。



大学からそのまま謙也の家に帰ったら、既に忍足家では飯の準備が始められとった。「合格おめでとう!今日はご馳走するさかいいっぱい食べてってな〜」と気さくに肩を叩いてくれる謙也のおかんは相変わらず明るくて、人懐っこいとこなんかは謙也にそっくりや。謙也の弟の翔太は謙也の身長をもうすぐで越してまうらしい、というなかなかにどうでもいい情報を俺にくれておばちゃんはキッチンに戻っていった。…まだ三時間すぎやのにどんだけご馳走作るつもりなんやろおばちゃん。

それから三人で謙也の部屋で喋ったり(主に俺ら二人のことを謙也が聞いてくるだけやけど)、ゲームしたり、中学ん時のアルバムを見たいと言う名前にそれを見せたりして、時間はあっちゅーまに飯の時間や。イチャイチャもそらしたいけど、たまには三人でこういうのも悪くないなとは思った。(いやでもやっぱ触りたいしちゅーとかしたいわ)

一階に降りたら、綺麗に盛り付けられた料理がテーブルの上にずらりと並んどった。合格祝いでこんなんでるんやったら、謙也が結婚する時なんかはこのテーブルの上はどんなことになんねやろ…、と内心で思う。
隣の名前は目をキラキラ輝かせて、「おいしそすぎるよ、謙也くん」とヨダレが垂れるぎりぎりの口元からそう漏らした。あ、チーズリゾットがある。おばちゃん…最高や!

それから忍足家と一緒に俺ら二人は腹がいっぱいになるまでご馳走を平らげた。翔太が名前を見た瞬間に「えっ、兄ちゃんの彼女?めっちゃ可愛いやん」とありえへん間違いをするもんやから、「翔太、お前視力落ちたんちゃう?俺のやで」笑って訂正しといたった。(「白石のやつ、相変わらず腹黒いんやな」)(「お前が言うなや翔太」)なんや兄弟でこそこそ話とるのは無視して、俺は隣で幸せそうにご馳走を頬張る名前を見て癒されることにした。
あ〜いっぱい含んだそのほっぺた押したら怒るんやろな〜ほんま可愛いらしいな〜。

それから交代で風呂やら入ったりしとったら日付なんかはあっちゅー間に変わってもうとった。楽しい時間っちゅーんはほんまに過ぎていくんが早いなあ、としみじみ思った所で「よし、名前は俺の隣で寝よな」と言うた時やった。
ノックもせんと部屋に入ってくるおばちゃんは、ほんまに謙也にそっくりでデリカシーがないないなあと思う。「何やねんおかんノックくらい…」って言うてる謙也を遮っておばちゃんは「名前ちゃんはこっちの部屋使うたらええよ〜一人部屋ゆっくり使い〜」…謙也も翔太の部屋入るときノックせえへんやないかとかツッこもうと思うてたんに、え、ちょお、おばちゃん、え?どういうこと?

「あ、じゃあお言葉に甘えて…」

いやいや名前が甘えるんは俺やろ!えっ、何荷物持ってってんねん!マジかい!一緒に寝られへんの!?久しぶりにぎゅううっして寝よう思うてたんに!

「わたしね〜女の子がほしかったんよ〜謙也なんか彼女のひとつもできんでね、ほんま情けないよなあ〜」

語尾を上げて言うてから、そのまま「おやすみ、蔵、謙也くん」言うて名前はおばちゃんに連れ去られてしもた。


「謙也」
「ほんまごめんマジごめん白石ごめん」
「とりあえず、土下座せえ」


そっからはもう夜更かしする意味もなくなってもうたし、速やかに電気を消してお互いの寝床に入った。(謙也はベッドを譲ってくれた)(「お前が譲れって怖い顔しとったからや…」)
しばらくの間は目を瞑ってもなかなか眠れんかった。それもそうや、今日は名前と一緒に寝れるとばかり思うてたから、なんか隣が寂しいねんから。謙也の寝息も聞こえてけえへんし多分まだ起きとるんやろう。

「謙也ー、おばちゃん女の子がほしかったんやて」
「は?なんやねん急に。ちゅーか起きてたんか」
「お前もはよ彼女作れや、大学行ったらさすがにできるやろ」
「あー、いやそら俺かてお前ら見てたら欲しくはなるけど…」
「18でそのナリで童貞て、どんだけヘタレてんねん、きしょいで?」
「うるあああああっ、っさいわ!そっ、どっ、童貞とかっ、言うなや気にしてんねんぞおおおお!!」

がばっと布団を剥いで起き上がった謙也はほんまにショックやったらしく、急に空気がどんよりと沈んだ気がした。そんなんやからヘタレとか言われんねんぞ、とは言わずにおく。

「…白石かて名字おらんかったら今頃童貞かもしれんやろ」
「阿保か。名前がおるんやからもしもの話したってしゃーないやろ」

僻むなや見苦しいで、言うたったらまた「っさいわほんまお前不幸になれ今すぐ足の小指箪笥のカドでぶつけろ」とどんよりした顔で言うてきた。こうなってしまった謙也と絡むのはなかなかメンドいことを長年の経験からしてわかっとる俺は、布団を鼻までかぶって再び目を閉じた。…頼むからそのどんよりしたのヤメロや寝られへんやろ!

「……白石ー」
「……なんやねん」
「俺三月から一人暮らしすんねん」
「は?ほんまか?」

話のベクトルがガラリとかわって、俺は思わず体制を変えて謙也の方を見る。未だにさっきの童貞発言がきいとるらしく、声に元気はない。

「おん、まあこっからやとちょっと遠いしなー。バイトも向こうで探してんねん」
「へえ。ええんちゃう?部屋とかむっちゃ汚くなってそうやけど」

絶対こいつ一人暮らし出来んタイプやろなって思うててんけど、実際しだしたら…まあまず自炊はせえへんやろな。それ以外は嫌でもせなあかんから、ちゃんとするんやろなあ。

「白石は実家からやんな?」

その質問に俺はすぐ答えんかった。なんでかは自分でもわからん。もしかして、不安やったんかもしれん。断られたら、どないしようとか。勝手に一人で突っ走ってしもてるんちゃうかとか。

「…え、何、ちゃうんか?」
「あー、あんな…」
「…何や、早よ言えや」

「同棲、したいねん」

「は?…はああ!?」

こいつのリアクションって芸人並やなってたまに思う。暗いから顔は見えへんけど、多分阿保みたいな顔しとるんやろなあ。
今日名前から合格の報告を聞いたら直接言おう思うてたことやった。「同棲しませんか」、「一緒に、住まへん?」頭の仲で何回も何回もシュミレーションしたのに、結局この阿保に邪魔されて言われへんし、今日の夜謙也が寝付いたら言おうかなー思うてたんに、それもこの阿保の母親に邪魔されてまうし、あれ、俺なんかツイてへんのとちゃうか?

「え、た、名字はなんて?」
「…まだ言うてへん」

よう考えたら高校卒業してすぐで同棲したいですとか、考えが若いっちゅーか、甘いんちゃうかな。名前は名前で色々あるやろうし…あーもうあかん、なんかほんまに不安になってきた。

「ええやん同棲」
「…いや、でも俺が勝手に思ってたことやで」

一緒に住むのはまだ早いんとちゃうかな、言われたらそれまでやし、確かにそうやなって俺も納得するしかない。

「阿保、名字が嫌やって言うわけないやろ。俺が名字の親やったら、まあ白石やったらええかってなると思うで」
「何を根拠に」
「やってお前ええヤツやし」

暗闇に慣れた目に、謙也の白い歯が見えた。お前が言うかそれ、っちゅーことを謙也は照れることなく俺に言うて、それを聞いて悔しいけどなんか安心しとる自分がおる。俺に言わせてみればお前の方が何倍もええヤツやで、謙也。まあ俺が名前の親やったら絶対お前との同棲は許さへんけどな。

「いつ言うん?早いとこ言うたれや、喜ぶであいつ」
「あいつとか言うな、…ちゅーかお前俺が風呂入っとった間名前と何話してたんや」
「お前そんなとこまで気にするような男になってしもたんか!他愛もない話やわ!」
「ええから言えや。親友やろ?」
「自分の都合のいいときだけ俺の親友になんなや!」

夜更かしする意味ないとか思うてたけど、結局俺らは深夜まで語りあってしもた。






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