03
 


「…名字さん?」

な、んで、なんで名字さんが?肩で息しとるてことは、急いで来た、っちゅーことか?…なんで?
クエスチョンマークが頭にとんどるんは俺だけではなく、目の前の女の子もそうみたいや。そらそやろなあ。自分がめっちゃ勇気振り絞って告ってる時に、別の女の子が入ってきたんやから。…ちゅーかこれ、なんや修羅場っぽいねんけど、大丈夫やんな?俺二股とかしたことないし。名字さん一筋、名字さん命!やし。

「し、白石く、」

俺の名前を口に出した途端、名字さんは顔を辛そうに歪めた。遠くからでもなんとなく、泣きそうなんがわかった。

「え、ちょ、っな、なんで?どないしてん」
「白石君!」

俺が名字さんの方に向かおうとすると、女の子にセーターの裾をつかまれた。(「え、」)

「返事!もらってないやん!」

あああもうなんやねんこの状況!めっちゃ責められてる気分になんのはなんでや!俺なんも悪いことしてへんで!
とりあえず名字さんに歩み寄る足を止めて、俺は一旦落ち着くことにした。考えても考えてもわからんのは、名字さんがここに来たことと、現在進行系で泣きそうなことや。偶然?やったら肩で息なんかせえへん。急ぐ理由なんてあらへんし。せやったら、一体なんでや。
ほぼ白くなってしもた頭ん中で必死に色々考えよったら、名字さんの方から歩み寄ってきた。相変わらず顔は泣きそうな顔をしとる。(どないしよう、むっちゃ抱きしめたい…!)


「いや、や」
「「え?」」

俺と女の子の声が重なる。嫌…?何が、嫌なんやろ? 未だに俺のセーターをつかんだままの女の子は怪訝な顔をして名字さんを見とる。俺も俺で、返事返すタイミングなくなってしもて、今断ったら可哀想やろか、とか優柔不断なことばかり頭に浮かんできてまう。(俺らしくないけど)
やって、この状況で落ち着くとか、無理やろ。

ぐるぐる考えとるうちに、名字さんは俺と女の子のすぐ傍に来た。え、なんなん?ほんま。全っ然わからへん!謎の行動すぎるで名字さん!(可愛いけども)
女の子の方も、名字さんの行動は訳がわからんらしく、俺のセーターを掴む手を、今度は俺の腕に絡ませた。


「なんなん、あんた急に」
「私今白石君と二人で大事な話してんねんけど」

俺に話すより一オクターブ程低い声で名字さんに威嚇の言葉を向ける。名字さんは俺らのすぐ傍で俯いとって、よく見たら小っさい拳をつくって、ぎゅうっと握っとる。なんや小動物みたいで可愛いな…やなくて!名字さん、なんて返すんかな。お願いやから、涙こぼさんといてな。(衝動で抱きしめてまいそうやから…!)


「や、」
「は?」
「わたしの、方やもん」

突然、絡みつかれていない方の手が小さな手に強く引っ張られた。よろけたりはせぇへんけど、全然嬉しくない絵面や。名字さんの方だけでええねん。ちゅーか名字さん、子ども体温やなあ。めっちゃあったかくて柔っこい。…いやいやそうやないやろ俺。今この状況、どんな状況や。今、名字さんはなんて?

「意味わからへんし。白石君も困っとるやんか」
「っ、い、いやや!」
「なんで?私が先に話しててんで。…ほな、順番にしよか。私の話の次、話したらええやん」

女の子は割と優しい子なんか、順番を待って欲しいと要求しだした。まあ俺にとっちゃ名字さん以外どうでもええし、順番とか関係あらへんけど…、名字さんは納得いってないご様子や。

「や、いやや。わたし、が、白石く、んを」

「わっ、わたしの方が、し、らいしくんのこと、す、すき、やもん」


不意打ち、にも程がある。不意打ちのレベル超えたでこれ。なんやこれ、あかんやろこれは…!え、ど、どういうことや!?
俺が混乱しとる合間にも、名字さんはどんどん言葉を紡いでって、とうとう涙がぽたぽたと屋上に染みを作っていきよった。

「ず、と、すきやもっ、わたしが、いちばん、しら、いしく、のこと、っ」

「だ、だいすき、やもんっ…!」


わけ、わからん。もう。もう、わけわからんくて、ええわ。こんな、こんな可愛い可愛い天使が泣いてんのに、俺は何を頭ん中でぐるぐる考えてんねん。何を名前も知らんような女の子に腕に絡みつかれてんねん。そんな暇あったら、名字さんのこと抱きしめろっちゅーねん。阿呆か俺は。
おんなじ、想いやったことが、嬉しいとか。そんなん思うより先に。俺は目の前で涙を溢れさしとる名字さんをぎゅうっと抱きしめたった。

「し、白石君!?」

俺の名前を呼んだんは名字さんとちゃうくて。なんでキミやねん、と内心突っ込みながら、この状態で返事をすることにした。(名字さんはいきなりすぎたんか、声も出んらしい)

「ごめんな、俺、この子以外考えられへんねん」
「え、な、っはぁ?」
「むっちゃ好きやねん。せやから、キミの気持ちには答えられへん。ごめんな」
「っ、な、んやそれ!」

もうええわ!と芸人の漫才を締めくくるみたいに、彼女は屋上から去っていった。多分あの子はええ子なんやろなあとか考えながらも名字さんを抱きしめとったら、俺の背中に腕がまわってきて、彼女の精一杯の力で抱きしめ返してくれた。(あっかん、めっちゃ可愛いなんやこの子…!)


「名字さん」

俺が名前を呼ぶと、びくりと動物みたいに反応した。もう一度「名字さん、」と呼ぶと、恐る恐る俺を見上げた。その姿はほんまに小動物みたいで、今すぐキスしたいっちゅーんは…我慢せなあかんよな。

「白石くん、ごめ、わたし」
「ん?」
「迷惑やった、よね」
「は?」
「す、きすぎて、ごめ、わたし、あかん、」

こんな形で、言うつもりやなかった、とまた涙を溜めてそう言うから。俺はもう我慢とかできんくて。抱きしめる両手をそっと名字さんの頬に移動させた。 予想通り名字さんの頬は柔っこくて、マシュマロみたいにふにふにしとって、おまけにありえへん程熱をもっとって。熱あるんちゃうか、この子とか思いながらもその行為はやめられへん。

「聞いて、名字さん」
「あ、かん、よ。やって、わたし」
「ええから、聞いて。な?」

このままで、ええから。微笑みながら言うと、名字さんはその場にへたりと座り込もうとする。しゃーないから俺もそれに合わせてしゃがんだった。両手は依然として、名字さんの頬にくっついたまま。


「俺が一週間前に、キミに告白したんは、覚えとる?」
「う、ん」
「好きや、って伝えたの、伝わった?」
「ちゃ、う、あんな、わたし、」
「人の話は最後まで聞き」

俺が少し拗ねたように叱ると、「ごめん、なさい」と素直に謝った。瞳はゆらゆらと動いていて、俺の右目を見たり左目を見たりしよる。混乱しとるのは、俺も一緒なんやけどな。

「めっちゃ、好きや」

「ずっと、ずっと好きやった」

せやからもう一回言うで、と深呼吸した時。名字さんが俺の両手に自分の手を重ねた。心臓はもうありえへんくらいに活発で、顔はもうめっちゃ真っ赤なんやと思う。ぶわっと体内からヘンな汗が出たんがわかった。興奮してんのやろか、俺。


「わ、わたしの方が、白石くんのこと、すき、やから、せやから、あかん、て思て」

きゅうっと俺の両手を握る名字さんはまた泣き始めた。ああ、この子はほんまに俺のことが好きでいてくれてるんや、と実感したら、胸がぎゅうっと締め付けられて、痛いくらいやった。
名字さんが俺の告白を保留にした理由も、ようやっとわかった。あの告白の時、俺らは既に両想いやってんな。それなのに名字さんは、可愛いすぎることに、自分の方が俺を好きすぎるからという理由で、考えさせてほしい言うたんや。
でもそれ、意味なかったで、名字さん。そんな心配全くする必要あらへんよ。

「名字さんは、全然俺んことわかってないわ」
「…え、」
「ちゃうねん。名字さん、あんな。心配、せんでもええよ」

例えば、俺と名字さんの想いを天秤にかけたとして。多分重いんは、俺、や。


「俺の方が名字さんのこと、好きやから。大丈夫やねん」
「白石く、っ」
「大丈夫や。何にもあかんことなんてない。好きすぎんのがあかんのやったら、俺なんかもっとあかんわ」

自然と溢れた笑みに、俺の言うたことに、名字さんは目を見開いとる。なんやよう考えたら、阿保みたいな理由で俺は一週間も不安な気持ちにさせられとったんやと思うと、笑いがこみ上げてきそうや。(阿保とか言うたら、怒るやろなあ名字さん)

「い、いん?わたし、めっちゃ、好きやで?」
「そらこっちの台詞やで」

そう言うと、返事の代わりに名字さんは俺の首に腕を回した。もしかしてこの子意外と積極的なんかな、とか思いながら、俺も名字さんに答えるべく抱きしめ返したった。柔っこい感触が、全身に伝わる。

「キスしても、ええ?」
「う、ん」

して、ほしい。と恥ずかしそうに俺の肩に顔を埋める名字さんは、殺人的に可愛いかった。





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