返事はいつでもいい、とは言ってみたものの俺は一日も待てなかった。放課後、教室内には数人のクラスメイトしか残ってなくて、名字が帰り支度をしている所にそのまま強引に返事を貰いに行った。
めちゃくちゃ恥ずかしいしありえねぇくらい緊張したけど、名字は本当にあっさり、小さな声で、「わたしでよければ」と言ってくれた。その場で両手をあげて、今なら真田副部長に勝てるような気になって、俺は名字とアドレスを交換した後風のような速さで部活へと向かった。


翌日、噂は瞬く間に広がった。ぶっちゃけ俺はモテる方に入るし、(幸村部長や仁王先輩には及ばねえけど)一般男子生徒に比べたら人気も上の方だし顔の作りだって悪くねぇと思ってる。あ、バスケ部の7番、あのイケメンにはちょっと劣ってるかもしれねぇな。

そんな俺に昨日彼女ができた。俺とは真逆の性格で、地味で暗い彼女が。
あの切原に彼女が出来た、とどういう意味だよと問いたくなる話もあるが、まあいい。俺は今幸せで、満たされてんだから。

朝から視線感じまくりで、教室に着くまでに何度聞かれたことか。マジだっつーの!!!!
うんざりして溜息を尽きながら教室に入ると、いつもの角の席には本を読んでいる名字。さっきまでとは打って変わって表情筋が解れていくのがわかる。

「はよ、名字」
「!」

朝の挨拶と共に頭にぽんと手を乗せる。(お、びくつかねえ)

「なんの本読んでんだ?」
「え…」
「その本。なんて本?」

それを知ってどうするのだろう、という顔で名字は俺を見上げた。…教えてくれるくらいよくね?しばらくの沈黙を俺はなんとか耐えて、ようやく名字は小さな口を開いてくれた。

「…恋愛小説」
「え」

大分意外な一言が返ってきたぞ、これは。え、昨日はもっと難しそうな奴読んでなかったか?心で思ったことが表情にもそのまま出ちまったんだろう、「い、意外かな」と問いかけられた。正直、本当に、マジでかなり意外だ。

「…たまには、こういうのも読んでみようかなって、思って」
「へえー」
「べ、勉強も、兼ねて」
「!」

俺にとってはその言葉が一番意外だった。なんだこれ、すげえ嬉しい。俺も恋愛小説や少女漫画は読まない、というか好きじゃねーけど、名字が勉強するんなら、俺がしねぇわけにいかねぇ。

「読み終わったら、それ俺に貸してくんね?」
「え、」
「俺頭ん中テニスのことしかなかったんだよ。俺もさ、アンタと一緒に勉強する!」

だから頼む、な!と両手を合わせてお願いすると、小さな声で「うん」、と承諾してくれた。こうして普通に話していても、クラスの連中やはたまた他のクラス、女の先輩までもが俺達のことを見に来ていた。だからマジだっつーの!!
俺なりに名字がイジメに合ったりしないよう気をつけてはいるものの、どうやらあまりそういうのはないらしい。今のところ、だけど。
ショックだなんだと言っている奴もいれば、悪趣味だと言ってくる奴もいる。後者は主に男子だけど、ほっとけ。言っとくけど俺は悪趣味でもなんでもねぇ。なんで名字と付き合うことが悪趣味だなんて言われなくちゃいけねーんだ。腹立つ話だぜ。目の前で本を開いている小さな彼女は、こんなにも可愛いというのに。

「名字って彼氏いたことあんの?」

ちょっとした興味本位で聞いてみたら、名字はいつものように俯いてしまった。え、何、俺そんな聞いちゃいけねえこと聞いた?そんなに干渉されたくねータイプのかな?俺一応彼氏なんだけど?

「え、嫌だったか?」

なら謝る、と慌てながら言うと、名字も俺と同じように慌てて、首を横に振る。

「ちが、嫌じゃ、なくて」
「?」
「…い、いたことないです」
「そっか!じゃ俺が初彼氏ってわけだな。よっしゃ!」
「う、嬉しい、の?」
「あ?そりゃそうだろ。好きな奴の初めては俺はなんだって嬉しい」
「…」
「例えばな、」

丁度例をあげてこれから本格的に話そう、と思ったところでチャイムが鳴りやがった。担任がほぼ同時に教室に入ってきて、何故か俺を名指しにして席に着けと言ってきやがる。「ったくなんで俺だけ…」とかぶつぶつ言いながら名字とは少し離れている自分の席に座った。あー、アイツの隣の奴が心底羨ましい。早く席替えしてくんねーかな。いやでももっと遠い席になっても嫌だしな。

昨日喋ったばかりの名字のことを、今日こんなにも考えて。俺は本当に、なんで今までアイツに話しかけなかったんだろうって、マジでそっちの方が意味わかんねぇと思う。
最初はアイツの暗い性格が、存在が、理解すら出来なかった癖に。アイツが暗いと思ってたのは多分俺達周りの勘違いだし、理解しようとすらしなかった。もっと話してぇ。笑った顔がもっと見てぇ。アイツのことを、もっと知りたい。

俺は休み時間の度に名字の傍に行って、色んな事を教えてもらった。誕生日はいつだとか、好きな芸能人、好きな食べ物、得意なことに家族構成。身長を聞いて、ついでに体重を聞いたら「…デリカシーないね」って言われた。俺ってデリカシー無ぇのかな。


放課後、俺は当然の如く部活に行かなければならない。仮に行かなかったとすれば、次の日…いやその日の夜真田副部長から鉄拳制裁が下っちまう。俺は部活は病欠以外で休んだことが無ぇし、休もうと思ったことなんか、…あった。試験で赤点とって、真田副部長に殴られると分かっていながら行った時はいつも休みてぇと思うわ。

だけど今日は赤点だってとってねぇし(つーかテストはまだ先だから殴られんのはもうちょい先)、身体だっていつも以上に元気爆発。

それでも俺はなかなかこの場所から離れられねぇ。名字が放課後残って机で日誌を書いている傍から。

「……」
「……」
「……」
「…き、切原くん」
「あー、わかってる。わかってるって。アンタが書き終わったら行くって」
「いや、あの、…そんなに凝視されると、か、書きづらいというか」
「つーかそもそもお前日直じゃねーじゃん。書かなくていんじゃね?」
「…ま、任されたから」
「…あっそ」
「部活、…いいの?」

時計なら何回だって見てらぁ。大丈夫。あと3分。んでダッシュしたらギリギリ間に合う。間に合わなくても、外周走らされるだけだし。何より俺は。

「…ちょっとでも一緒に居てぇんだよ」
「!」
「迷惑か?」

机に両腕を置いて、しゃがんでいる俺は、名字の顔をのぞき込むように問う。こんな口車、俺は卑怯だ。迷惑だと思ってても、コイツが正直に迷惑だ、なんて言うわけねぇの分かって、聞いてんだから。
そして名字は俺の思った通りの答えをくれた。首をふるふると横に振って、「そんなわけないよ…!」と顔を赤くしてしまっている。

「うわっ、やべ、3分経った!」
「え?」
「帰ったらメールする!気をつけて帰れよ!」

俺は早急に立ち上がった後テニスバッグを肩に背負って教室を勢い良く飛び出した。やばい、マジでやばい!いやでもコレ本気出したらぜってー間に合うやつだろ!今だったら俺は多分氷帝の忍足さんのイトコのめっちゃ足速い人にも勝てるんじゃねぇかな。だってコレもう自分で止まり方わかんねぇよ、早すぎて。

なんとかギリギリセーフの時間に部室に滑り込み、凡そ10秒で着替えを全て済ませてまたダッシュ。丁度ここから幸村部長が集合をかけている所が見えた。

「うおおおおおっ、せぇええぇっふ!!」
「「「………」」」

「セーフっしょ!?ギリギリセーフっスよね!?」

「赤也、残念ながら」
「2秒遅かった、ギリギリアウトだな」

「遅刻するとはたるんどる!外周100周行ってこい!!」

幸村部長の黒い笑顔に、柳先輩の纏っている冷たい空気、真田副部長に至っては言葉も見つからねぇ。(三人共鬼だ!!)
予想外の罰の厳しさに一瞬涙目になったが、帰ってアイツになんてメールしようとか考えたら涙も引っ込んだ。

「外周行ってきまっす!」
「うむ!」

「赤也、良いことでもあったんだろうね」
「ああ。十中八九昨日出来た彼女とのことだろう。今日は昨日よりも機嫌が良いな」
「まあ多分大した理由じゃないだろうね」
「帰ったら何をメールしよう、とかそういったことだろうな、おそらく」
「ああ、それ多分確率で言ったら100%だね」
「98%、といった所だな」
「100でいいじゃないか」










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