「わたし…未だに切原くんと付き合ってるっていう実感がないの、」

そうだろうな。相当強引に話詰めに行ったし、元々話すのは苦手な名字だから、基本何をするにも俺から。そんなの付き合う前から分かってたことだけど、俺だって寂しいとか、思っちまうんだよ。

「初めは、からかわれてるんだって思ってた。ごめんね。でも、切原くんはずっと優しくて、わたしに話しかけてくれる人なんて、一人もいなかったのに…嫌いだった自分の声も、切原くんに好きって言ってもらえてから、好きになれていってる気がする」

こんなに長く名字の本音を聞くのは初めてだった。合間合間で詰まりながらも、一生懸命俺に気持ちを伝えてくれる。それだけでもう嬉しかった。

「ごめんなさい、わたし…全然切原くんと釣り合ってないこと、わかってるの。周りの目も、…ちゃんと見えてる。だけど、」

だけど…、ともう一度言ったところで、名字は詰まってしまった。そして俺の方に、我慢の限界がやって来る。

感情の赴くまま、名字を思い切り抱きしめた。鞄やノートが落ちるのなんて構いもせず、強引に名字を腕の中に閉じ込める。

逃げないように、強く。

「…好きです」
「うん」
「切原くんが、好き」
「俺も、名字が好きだ」

そっと背中に手を回す名字が、可愛いくて仕方ねぇ。ぎこちなく、でも確実に、名字が俺のことを抱きしめてくれている。その現実に酔いしれながら、ようやく同じ気持ちが聞けて、どうしようもなく嬉しかった。

初めて声を聞いた時、心臓が止まりそうになったのを俺は忘れない。誰になんと言われようと、この気持ちは恋だ。

「釣り合うとか、合わないとか、そんなの関係ねぇよ。俺は、名字がいいんだ」
「…っ、うん、うん」
「俺にすげー好かれてるっていう、自信もてよ」

な?と顔を見ると、涙を浮かべた瞳を俺に向ける。長い前髪を掻き分けてやると、恥ずかしいのか、目を逸らした。

「前髪、短くしねぇの?」
「…だ、だって顔見られるし、」
「いいじゃん、見せろよ。俺こっちの方が好き」
「っ、う、ん。じゃあ、そのうち、」
「そのうちかよ」

ふ、と笑って、それからまた見つめ合って。自然な流れでお互いの顔がどんどん近づき、距離が縮まっていく。ファーストキスはどんな味がすんのかな、と柄にもねぇことを思いながら、そっと目を瞑った。

「赤也、あんたいつまで外にいんの?」

寸前のところで玄関から姉ちゃんの声が聞こえた。嘘だろ?と思いつつ振りかえると、玄関から顔だけ出した生首状態の姉ちゃんが白い目で俺を見ている。

「っな、な、何見てんだよ!つーか何で出てくんだよ!?」
「あんたこそ外で何しようとしてんの。近所で噂になるでしょーが。あ、それ彼女?どうもー、赤也の姉ですー」
「るせーなもうお前黙れよ!」
「っあ、あの、わたし名字名前ですっ」
「名字も自己紹介しなくていいから!」
「名前ちゃん、可愛いじゃーん。赤也もやるじゃないの。こいつアホでしょ?部屋着なんかでキスしようとしてね、ムードとか全然考えてないの!ほら、あがってあがって」

ムード壊したのはてめーだろうが。かと言って昔からこの女には敵ったことがなく、渋々「あがれよ」と、名字に言う。

そっから姉ちゃんが俺達に気を遣ってくれることはなく、質問攻めにされた挙句、名字と仲良くなってアドレスまで交換して帰ったもんだからこれはもう溜息しか出なかった。

「キスしそびれたじゃねーか!」
「はー?あたしのせいにすんじゃないわよ。次会った時すればいいじゃない」
「たっ、タイミングとか色々あんだよこっちには!」

姉弟喧嘩がおっ始まりそうになった時、チャイムが鳴った。こんな時に宅配便かよ?とまた部屋着のまま出ると、名字がいた。今度は頭をぶつけないよう扉から少し距離を空けて立っている。

「えっ、名字!?忘れものか?」

割と当たりそうな答えを投げかけるも、首を横にふるふると振る。

「あ、わ、忘れものといえばそうかもしれない」
「…?」

ぐ、と背伸びをした名字が、そっと俺の左肩に両手を乗せて、ちゅ、と頬に唇が触れた。

「ど、どんなのかなって、興味があったから、…ごっ、ごめん!」

耳まで赤くした名字が、そのまま逃げるように走り去ってしまった。

「ど、え、なんっ…どええええええええ!?」

反則にも程があるだろ…!

頬を左手で押さえたまましゃがみこんで、俺はしばらく動けずにいた。


fin.








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