秘めた恋慕を置き去りに




個室にしては随分と広い。わたしの家のリビング二つ分はあるんじゃなかろうか。

仲の良いグループはもちろん固まって座る。男女限らずそれはそうだ。男女交互で座っている席なんかは一体何がしたいのかよくわからなかった。

目立たなそうな一番隅の、モニター画面から一番遠い場所へちょこんと座った。鞄からそっとカスタネットを取り出すが、果たしてこいつを叩いて盛り上げられる程の力がわたしにはあるのだろうか…。あ、段々帰りたくなってきた。

「名字って歌とかどういうの聞くん?」

どか、とわたしの隣に座ったのは忍足くんだった。気にかけてくれたのだろうか。あっちの方が断然楽しそうなのに。やっぱりこの人は変な人だ。

「割と何でも聞くよ。洋楽も聞くし」
「そうなんや。じゃあこれは?」
「わかるけど…う、歌わないよ?」
「え!なんでやねん!カラオケ来て歌わんてどゆこと?てかそれ何?」
「あ、これは、カスタネット」
「なんで?」
「え、家から持ってきた。盛り上がるかと思って」

ぽくぽくと木魚の音が二回の間。そして我慢しきれなくなったのか、忍足くんは思い切り腹を抱えて笑いだした。

「な、なんで笑うの」
「いっ、いやだっておま、かっ、カスタネットて…!持参て!おもろすぎるやろ!ぎゃははは!やっ、やば、今日イチ、いや、今年一番のネタやわ!!」
「ネタじゃないんだけど」

あまりにも騒ぐ忍足くんに、何事かと人がわらわら集まって来た。ほらもうなんかみんな気になって見に来ちゃったじゃないか。

「どしたん謙也ー?」
「いっ、いや、名字が盛り上げるためになっ、かっ、か、カスタネットを…ぶっ、ははははは!」
「えっ、それマジなん名字さん…!」
「ぷっ、ふははは、なんやそれお前めっちゃおもろいやんけ!」

何故こんなにもカスタネットで爆笑出来るのかがわたしにはよくわからなかったけど、とりあえずみんなを盛り上げていることにはなっている、っぽい。ハマりにハマって、わたしのカスタネットを叩きまくる男子は、以前にわたしのでこにエルボーを喰らわせた彼だった。

忍足くんが笑うだけで、こんなにも人が集まってくるなんて。本当に、すごい。
わたしも今、この輪に入れているのだと思ったら、喉の奥がぎゅう、と狭まって、また泣きそうになった。


白石くんはびっくりするくらい歌が上手くて、女子のハートを鷲掴みにしてしまったようだ。そして忍足くんは盛り上げ上手で、曲を入れると前の方で男子達とバカをやって騒いでいた。

「歌わんの?」
「あ、住谷さん。今来たの?」
「うん、友達と買い物しとったら夢中になってしもて」
「あ、そうなんだ」
「名字さんって姫系なんやね。意外!」
「あ、それ忍足くんと白石くんにも言われた」
「謙也にも?」
「え、うん」
「ふーん。服ってさ、リズとかで買うの?」
「これといって特に決めてないけど…まあよく行く方かな。お母さんが着せたがるんだよね、こういうの」

友達と服の話で盛り上がれる日が来るなんて…!忍足くん達とは、性別が違う分、こういった話は出来ないからちょっと、いやかなり嬉しい。住谷さんは可愛いし、服の系統も結構似てるし。今度一緒にお買い物とか…いやだめだ。最近のわたしは欲張りになりすぎている。いつか一緒に行けたらいいなあ、と思いつつ、雑誌はどんなのを読んでるかとか、女の子特有のトークをさせてもらった。

「謙也ってさー、アホやん?」
「え?そ、そうなのかな」
「白石が隣におると俺が霞むー!とか、言うて」
「ああ、うん。言ってるね。そんなことないのにね」
「…やっぱり」
「?」

「名字さんって、謙也のこと好きなん?」

じ、っと大きな瞳がわたしを見つめる。長い睫毛、栗色のくせのかかった細い髪の毛。わたしなんか比べ物にならないほど、愛嬌のある、優しい住谷さん。
どうしてそんなこと、聞くの?そう聞きたいけど、なんとなく聞けなかった。沈黙を続けるつもりはないけれど、言葉が出て来ない。
そして沈黙を破るように、住谷さんは溜息を吐いた。

「あたしは好き。高校入ってからずっと」

ずっと謙也だけを見てきたんよ、とわたしから視線を逸らして、そのままバカ騒ぎをしている忍足くんを見つめる。

どくり、と心臓が脈を打つのが分かった。もやもや、いや違うな。そんなふわふわした感情じゃない。これは、何だ?

「痛い…」
「え?」
「あ、いや、なんでも、ない」
「…名字さん、謙也と最近仲良いみたいやし、もし謙也のことなんとも思ってへんのやったら、」

協力してくれへん?と再び大きな瞳がわたしを見つめた。

痛い、胸が痛い。なんだこれ、嫌だ、痛い、逃げ出したい。

「う、ん。わたしじゃ、何も出来ないと思うけど」

他に言葉が見つからなかった。もしかして、この人はそれが目的だったんじゃないか、と最低なことまで考えてしまう。違う、わたしが見て来た住谷さんは、そんなことをする人じゃない。

「ほんまに!?やったー!断られると思っててんけど、嬉しい!ありがとう名字さん!」
「あ、い、いや、別にわたしは…」
「あっ、これあたしのアドとケー番!」
「ごめん、わたし携帯持ってなくて」
「!?、マジなんそれ!?いやー貴重やわあー、絶滅危惧種やわー」
「そんなに珍しいかな」
「珍しいっちゅーレベルとちゃうよ!あっ、名字さんこれ歌える?」
「歌えるけど、わたしは歌とかは…」
「えーからえーから!ちょおマイク貸してー!」

なんだか一気に住谷さんと仲良くなれた気がする。それはとても嬉しいことだけど、でも。

どうしたって、この胸の痛みから逃げることは出来なかった。