君のいる世界



「クリスマスパーティー?」
「せや!まあ今年もカラオケなんやけどな!」

明日から冬休みということで、まあ忍足くん達に会えないのは少し寂しいなと思ったけど、わたし的にはいつも通り年賀状を書いて、出して、年越しそばを母と一緒に作って食べて、そうして年を越して祖母の家でおせちを頂くのが毎年恒例になっていた。

それがいとも簡単に、予定が狂うなんて。なんとも嬉しい誤算である。

「いいのかな、わたしが行っても」
「ええに決まってるやん!ちゅーかこういう行事って名字いっつも不参加やな?もしかして忙しいんか?」
「いや、そういうわけじゃないけど…」

行ってもからかわれるのがオチだと分かっていたから行かなかった。だけど忍足くんとわたしはもう友達だし、仮にからかわれたとしても、前程気にしないでいられる気がする。

「じゃあ、行く」
「ん!プレゼント交換するからな!なんか準備しとって」
「なんかって?」
「なんでもええねん!ウケ狙いのやつも有りやしー、真面目なやつも全然オッケー!」
「ウケ狙いか…なるほど」
「ほんなら24の夜7時に駅前のカラオケ王な!」
「え、駅前?」
「あ、わからん?んー、ほんなら俺迎えに行ったるさかい、6時に家で待っとき!」
「う、うん。わかった。ありがとう」
「なんのなんの。狭山ー、お前も今の話聞いてた?」

クラスみんなに声をかけてまわる忍足くんは、本当にすごい人だと思う。尊敬の念だけでは足りない。感謝しても足りない。忍足くんと友達になれて、本当によかったなあ。


「お母さん」
「んー?今日はポトフよー?」
「あ、そうなんだ。いや、晩御飯何か聞きたいんじゃなくてね」
「んー?」
「24日、友達とカラオケに行って来るから」

だからご飯はいらないよ、と言おうと思ったら、とんでもないスピードで母が目の前にやってきた。ちょっと、火点けっぱなしじゃないのか。

「び、びっくりした」
「友達と!カラオケ!?」
「う、うん」
「あんたカラオケって、何する所か知ってる!?歌を歌って、タンバリン叩いて、マラカスを…」
「知ってるよそれくらい。だからこれを持って行くつもり」

これ、というのは幼稚園の頃に使っていたカスタネットのことだ。人前で歌うのは苦手だから、一応わたしなりに盛り上げたいという思いでこれをクローゼットから引っ張り出してきた。

「懐かしいわねー。じゃあイヴはお母さん、お父さんと二人っきりだわ!」

ふふふ、と嬉しそうに笑う母。本当は少し気にかかっていた。わたしが友達と過ごす、ということは母は一人で過ごすということ。昼間は仕事みたいだけど、夜はそうじゃないから…。だけど心配は無用だったみたいだ。本当に嬉しそうに笑う母をみて、わたしも嬉しくなって笑った。

「最近よく笑うようになったわね」
「え、そ、そうかな」
「そうよ!で?忍足くんと白石くんはもちろん来るんでしょう?」
「え、うん。そうだけど…」
「そうと決まれば服を調達しに行かなくっちゃ!名前、23はお母さん休みだから、心斎橋行くよー!」
「わかった。でも無駄遣いはだめだよお母さん」
「わかってるってー!」

ふしゅー、と鍋から噴きこぼれる音がして、母が慌てて台所へ戻る。

初めて過ごす、友達とのクリスマス。そうだ、プレゼントを買わなくちゃ。ウケ狙いでも真面目でもいいって言ってたけど、そこら辺の分別は母に任せても大丈夫だろうか。とりあえず、わたしはイヴが楽しみで仕方がなくなっていた。


24日の午後5時50分。一本の電話がかかってきて、「はい名字です」といつもの調子で受話器を取る。

『忍足ですけど、名前さんいてはります?』
「あ、わたしです」
『おお、名字!もう着くでー』
「あ、うん、わかった。外出てる」
『あ、今日寒いで!あったかい格好して来るんやで』
「うん、ありがとう」

びっくりした。男の子から下の名前で呼ばれたのなんて幼稚園の時以来だ。知っていてくれたことにも驚いたけど、それよりも嬉しいという気持ちの方が大きい。

「いってきます」
「行ってらっしゃーい!気を付けてねー!」
「はーい」

忍足くんに言われたから、というわけでもないけど、昨日母に買ってもらった新しいコートはかなり保温性の高いものだ。フードもファーもついているし、手袋もした。マフラーは今日の服には合わないから、それだけはせずに玄関の外に出た。

「!」

外に出ると既に忍足くんが門の向こう側に立っていた。自転車に跨ったままだった彼は、わたしに気付いてサドルから一旦降りた。

「今日寒いなー!」

こんなに寒くても、いつもと変わらない眩しい笑顔をわたしに向けてくれる忍足くん。なんだかそれを見ただけで、わたしは寒くなくなってしまいそうだ。

「うん。わざわざ迎えに来てくれてありがとう」
「なんのなんのー。あれ、マフラーは?」
「これファーついてるから大丈夫」
「ふーん。でもチャリやから寒いで」
「え?いや、わたしは自転車じゃないから…」
「何言うてんねん、後ろ乗せて行くに決まっとるやろ」
「えっ」

だめだよそんなの捕まるよ!と思いつつ、正直二人乗りはわたしのささやかなる夢のひとつでもあった。散々葛藤した挙句、「じゃあ、」と忍足くんのお言葉に甘えて後ろの荷台に乗らせて頂くことにした。

「ん、ちょお待って、俺の貸したる」
「いや、いいよそんな、悪いし」
「ええから!俺暑がりやし、な!」
「…あ、ありがとう」
「ついでにこれ、耳あても貸したる!これないと死ぬで!」
「じゃあ忍足くん死ぬよね」
「俺は不死身やから!な!」

どんだけ無茶苦茶なんだこの人と思う反面、どうしてこの人がフツメンだと言われているのかがわからなくなった。顔はもちろんだけど、優しいし、まあちょっと変だけど、とっても男前じゃないか。

「んじゃー行くでー、ちゃんと掴まっとるか?」
「え、どこに?」
「どこにって…別にどこでもええけど、落ちんようにどっか掴んどき」
「…わかった」

どこか、と言われても二人乗りは初めてだからどうしたらいいかわからなくて、適当に忍足くんのコートを両手で掴んでみた。む、これは滑るな。でも手袋はずすと絶対寒いし…致し方ないのでそのままがっつり腰を掴んだ。

「おっ、お前なあ!」
「えっ!な、何!ごめん!間違いだったか!」
「い、っ、いや、合うてるけど…!」
「な、なんだ、よかった」
「…っ、行くで!(抱きついて来るとか予想外すぎるやろ…!)」

びゅん、と最初から飛ばす忍足くんは、恐らくこぎ慣れているのだろう。わたしが特別なわけじゃない。わたし以外の子もきっとこの荷台に乗せたことはあるのだろう。

そんな風に考えると、なんだか胸の辺りがもやもやした。なんだこれ、変な気持ち。ケーキ食べ過ぎた時みたいな…いや、少し違うな。


忍足くんの運転はまるでバイクのようで、駅に着くまでに然程時間はかからなかった。それ故待ち合わせ時間は7時みたいなんだけど、30分も早く着いてしまった。

7時に近づくにつれて徐々にクラスメイトが集まって来た。さっきまでわたしと忍足くんを含め数人だったのに、もうこんなに。みんな暇なのかな、と思っていたら、急に女子がきゃっきゃと騒ぎ始めた。
何事かと俯いていた顔をあげると、なるほど、白石くんの登場か。彼の私服は一度見たことがあるけれど、他の女子達はないのだろうか。私服がどうのとか、髪型がいつもとちょっと違うとか、話題は彼が総取りだ。ど、ドンマイ他のみんな。

「名字さん、謙也の運転荒かったやろ?」
「え?ああ、うん。でも速くてちょっと楽しかったよ」
「あ、そうなん?意外に絶叫系は好きなんや」
「うん、割と」

他の女子そっちのけでわたしに話しかけてくれる白石くん。気遣ってくれてありがとう、と感謝しつつ、近くで見ても他の女子達が騒いでいる髪型の変化については、わたしにはよくわからなかった。

「まだ来てない奴おるん?」
「あと住谷と、大下」
「あー、あの遅刻魔二人な。もう先中入ろうや。寒いし」
「せやな。連絡しとったらええか」

みんなー入るでー、と仕切る忍足くんに、「何歌うー?」「誰かあれ歌えないのあれ」と会話をしつつぞろぞろと中に入って行くクラスメイト達。わたしも遅れをとらないように、流れに乗って中に入った。