その笑顔は反則だから 「お母さーん、忍足くんもう着くってー」 「えーっ!まだ化粧終わってないのにー!」 「そんな頑張らなくていいから。恥ずかしいし、」 ピンポーンと聞きなれたチャイムが鳴る。 佐川急便でもない、お隣の大谷さんでもない、向かいの土屋のおばあちゃんでもない、今日は。 「は、はい」 玄関を開けると、門の向こう側には忍足くん。 そう、今日はわたしの友達が初めて我が家に遊びに来る日である。 つい先日忍足くんに母に紹介したい、と言って電話番号を交換(と言ってもわたしのは家電だけど)した後、忍足くんの方からすぐに連絡をくれた。 そうして我が家に招待することになったのはいいんだけど、まあそうなると当然うちでは一大イベントになり得るわけで。この日のためにわざわざ母と心斎橋まで出掛けて服を調達したし、部屋も隅々まで掃除した。母はお昼だというのに御馳走を作ると言って聞かなかった。 「い、いらっしゃい」 「お、おう!」 「どうぞ。狭い家ですが…」 「おじゃましまーす!」 わたしに友達が出来たこと自体が既に奇跡みたいなものなのに、まさか友達がこの門をくぐる日が来ようとは。じーん、と密かに一人で感動しつつ、彼の足元ににスリッパを置いた。 「あ、おおきに」 「いえいえ」 「名前ー、白石くんから電話よー」 「はーい」 「え!?白石!?な、なんで!?」 なんでアイツが!?と彼の名前を出した途端に忍足くんは食ってかかってきた。 「なんでって、今日白石くんも来るよ?」 「えっ、はあ!?」 「知らなかったの?てっきり知ってるとばかり思ってたから言わなかったんだけど…嫌だったならごめん」 白石くんと忍足くんは仲が良いからそういうのは気にしなくていいと思ってたんだけど、わたしの思い違いだったのだろうか。でも白石くんは全然構わないって言ってたし、二人とも紹介したかったから。 「嫌なわけちゃうけど…」 「ならよかった。ちょっと電話出てくるね」 「お、おう」 長いこと保留にして申し訳ない、とすぐに受話器を手に取った。「もしもし、お電話代わりました」と言うと、『白石やけど』と律儀に名乗ってくれた。忍足くんは代わった途端いきなりトークが始まるから、なんか新鮮だ。 彼とはこれが初めての通話だ。今回の話は白石くんにはわたしから直接持ちかけたから。誘うまでに散々緊張したのだけど、あっさりとOKをしてくれたから、安心して腰が抜けそうになったのはわたしだけの秘密だ。 『近くのコンビニまで来たんやけど、こっからどう行ったらええ?』 「あ、いいよ。待ってて。今から迎えに行くから」 『あ、ほんまに?じゃあ中おるわ』 「うん。すぐ行くね」 『走らんでええから。ほなまた後で』 「うん」 改めて思うが、白石くんは優しい。そりゃあみんなが好きになってしまうわけだ。 「忍足くん、わたし白石くん迎えに行って来るから、ちょっとだけ待っててくれない?」 「は?おっ、俺も行く!行くに決まってるやん!」 「え、あ、ほんと?じゃあ一緒に行こうか」 その方が白石くんもきっと喜ぶだろうから。 未だ母には紹介出来ずじまいだが、まあいい。二人一緒に紹介したいし、どちらかというと白石くんの方に会いたいみたいだし。(忍足くんには申し訳ないけど) 忍足くんと二人で同じ家を出るなんて…!友達というのは本当に素晴らしく、暖かい。表にこそ出していないけど、今わたしは大分テンションが上がっている。友達を迎えに行く、なんて。なんて素敵なシチュエーションだろうか。 近くのコンビニまでは徒歩数分、といったところだ。この間白石くんは自転車で来ると言っていたから、そんなに近い所には住んでいないらしい。忍足くんだってそう近い距離じゃないはずなのに、彼も自転車で来てくれたらしい。二人ともわたしなんかのために…これが友情の力というやつだろうか。 コンビニに着くと雑誌を立ち読みしている白石くんを発見した。中に入ろうと思ったけど、忍足くんが外から思いきり彼にガンを飛ばして「気付け気付け気付け気付け、」と唱えながら怪しい動きをしていたのでとりあえず一連の流れを止めないようにそれを傍観することにした。 白石くんはすぐに忍足くんの存在に気付いて雑誌を棚に戻した。呆れた顔をした後、わたしとも目が合ったから、ぺこりと頭を下げた。 手動のガラス扉を開けて、白石くんは爽やかに「わざわざすまんなあー」と包帯の巻かれた左手を上げて登場した。そう言えばあの包帯ずっとしてるけど、深手の怪我でも負っているのだろうか。あまり深く聞いてはいけないような気がして、わたしはその包帯からすぐに目を逸らした。 「なんで白石がおんねん!俺聞いてへんし!来るなら俺に言えや!」 「え?名字さん言うてへんの?」 「あ、ごめん、白石くんが言ってると思ってて」 「そうなんや。まあ別にどうでもええけどな」 「よくないっちゅーねん!俺のモチベーション的に!」 忍足くんもわたしと同じように楽しみにしてくれていたのかな、と思うと更に嬉しくなった。うわー、本当に転機だよ。今が人生のピークだよ…! 「なんやねんモチベーションて。寒いなかごめんな名字さん。ほな行こか。アホは放っといて」 「アホってなんや!まさか俺のことか!?」 「あーもーうっさい!お前はもうちょっと静かにせえ!温度差!空気を読め!」 「なっ、な、なんやとー!?」 むきー!と目を逆三角にして怒る忍足くんを置いて白石くんは歩き出した。おっといけない、わたしが道を案内しないで誰がする。 家までの帰路、自転車を降りて押す白石くんとわたしが並んで、後を追うように忍足くんがふて腐れながら着いてくる。 せっかくのご招待なんだから、せめてもう少し楽しんで欲しいんだけどなあ。 ちらちらとわたしが忍足くんを気にしているのを察したのか、白石くんが声をかけてくれた。 「謙也に話しかけたってみ?」 「え、でもなんて…」 「んーせやなあ…じゃあ、」 こそこそっと耳打ちをしてくる白石くん。う、生まれて初めて耳打ちされた…! 「忍足くん」 「な、なんや」 「わたし、忍足くんは笑ってる方が好きだな」 「っへ、ええ!?」 「あ、ほんとだ」 白石くんの言う通り、効果覿面だ。「謙也は単純やから」と笑う白石くんの笑顔もわたしは好きだなと思った。 言わされたのはまあそうなのだけど、100%今のは本心だった。忍足くんはキラキラ眩しい笑顔が、とても魅力的だと思う。 すっかり上機嫌になった忍足くんは、後ろを歩くのをやめて、わたしの隣をにこにこしながら歩く。今気付いたけど、この状況はかなり、本当に贅沢である。左右どちらを見上げてもイケメン…!わたしがもしも面食いだったら鼻血出してるかもなあ。 我が家に到着した頃には丁度お昼時で、外からでもいい香りが漂ってきた。 再び「おじゃましまーす」と言ってあがる忍足くんに続いて、白石くんも同じ台詞を吐く。スリッパを足元にそっと置くと、忍足くんと同様「おおきに」と笑いかけてくれた。と、友達って素晴らしいね! リビングに入ると、エプロン姿の母が待ってましたと言わんばかりに嬉しそうな顔をする。 「お母さん、あの、こちらが忍足くん」 「忍足謙也です!名字とはおんなじクラスで、仲良うさしてもらっとります!」 「あらー!いいわねえ金髪!若いわー。ハゲには充分気を付けてね」 「えっ、ハゲ?」 「ごめん、うちのお母さん天然だから気にしないで。で、お母さんが会いたがってた彼が白石くん」 「キャー!あなたが白石くん!?生の方が数段イケメンね!お母さんどうしよう!お父さん再婚したら悲しむかな!?」 「わたしが悲しむからやめて」 「あ、どうも。白石蔵ノ介です。あ、これよかったらどうぞ」 「まあ!これってゴジバのチョコレート!?ありがとうねー!」 「あ、すんません俺手ぶらで」 「いやいや気にしなくていいのよー!ところで白石くんは、彼女はいるの?」 「え?いや、おりませんけど…」 「でもモテるでしょう?」 「お母さん!」 「あ、ごめんつい…じゃあご飯にしましょうか。なんか色々作り過ぎちゃったからたくさん食べてね!」 はあ、とパワフルすぎる母に思わず溜息が漏れた。二人ともひいてないかな。 少しだけ不安になって二人の顔色を伺ったけど、いつもとなんら変わりない、朗らかな顔つきをしていた。 「賑やかなお母さんやな」 「あ、ご、ごめん」 「褒め言葉やで。…ちょっと俺のおかんに似てる」 「白石くんのお母さんは美人さんなんだろうなあ」 「名字さんのお母さんやって美人やん。あと若いし」 「それ本人には絶対言わないでね。本当に調子に乗ってミニスカとか履きだすから」 「ははっ、ええやん履いたって」 「これ全部食うてええんすか!あっ玉子焼き!俺名字んちの玉子焼きめっちゃ好きなんすよ!」 わたしの家族を、わたしの友達が褒めてくれる。こんなに嬉しいことはない。わたしの大好きなお母さん。お父さんにも、会わせてあげたかったけど、きっと天国から見てくれてるよね。 わたしの友達は、こんなに素敵な人達なんだよ。 昼食を食べ終わり、一旦母はわたし達3人水入らずでままごとでもなんでもしておいで、と二階に上がるよう言ってきた。 ままごとはしないけど、お母さんがいない方がはずむ会話だってきっとある。何より二人の気遣いを少しでも減らしてあげたくて、わたしは二人を二階の自室にあげた。 「お、思ったんやけどさ」 「?」 「服もそうやけど、名字って意外と姫系なんやな」 「あ、それ俺も思った。部屋とかごっつ女の子って感じやんな。意外っちゅーんもまあ失礼な話やけど」 驚いた。そんなところを見られているなんて。確かにわたしは普段からこういった系統の服を着ていることが多いけど、こんな風に指摘されるとは。こ、困った。実に困った。まあダサいと思われるよりは随分マシだけども。 「へ、変かな」 「いや、俺は割りとそういうの好きやけど」 さらっと返事をしてくれる白石くんに対して、忍足くんは、うーんうーんと言葉を選び抜いている最中といったところだ。 「か、」 「「か?」」 「可愛い、と、思う…!」 中学生かお前は、とつっこむ白石くんの声が遠くに聞こえる。 可愛い…可愛い?このわたしが?サイボーグとか言われてる、このわたしが!? ぼぼぼっ、と顔に一気に熱が集まって、小さな爆発が起こったような気がした。 「名字さん?」 「っへ、あ、う、うん!ありがとう、ございます」 お褒め頂き光栄です、とわけのわからないことを口走るわたしに、今度は白石くんまでもが「俺も可愛いと思うで」とまたまたさらりと言ってのけた。か、可愛いって、あれか、友達同士で言う社交辞令的なものか。 ばくばくとありえない速度で暴走していた心臓は時間が経つにつれいつもの落ち着きを取り戻していった。二人とも心臓に悪い発言は控えてくれないだろうか。 その日はトランプをしたり、学校のあの先生は実は…という噂話をしたり等、本当の本当に友達同士が家で遊ぶみたいに過ごすことが出来た。 短い針が午後5時を刺している。「そろそろ帰ろか、謙也」と立ちあがる白石くんに、「せやな」とつられて忍足くんも。一人でいる時にはあまり感じたことはなかったけど、時間が経つのってこんなに早いんだなあ。 送るよ、と一度は言ってみたかった台詞を言ってみたけど、「男二人で怖いもんなんか天災ぐらいやで」と白石くんは笑って拒んだ。仕方なく玄関まで二人について行って、ここでお別れをすることにした。 「今日はありがとう」 「こちらこそ。昼飯まで御馳走になってしもて、おおきに」 「久々にトランプとかしたしな!俺も楽しかったわー」 「…あの、よ、よかったら、」 「「?」」 「また、来てね」 わたしの言葉に、二人は一度顔を見合わせた。それからぷっ、と笑って、「「当り前やん」」と嬉し過ぎる返事をくれた。 ← |