当り前のように二人は



昨日に引き続き、忍足くんの方から「おはよ!」と挨拶をしてくれた。続けて白石くんも「おはよう。今日も寒いなー」と友達らしい自然な会話を投げかけてくれる。基本的にわたしが受け身なのだけど、そんなことは気にしなくてもいいらしい。忍足くんが朝からマシンガンのようにべらべら喋って、白石くんが呆れたようにつっこんでくれる。

「あ、おはよー名字さん!」
「え、あっ、おはよう、住谷さん」
「え?あれ?なんや、名字と住谷、いつの間に仲良うなったん?」
「いつの間にって、昨日からやんなー?名字さん!」
「え、う、うん」

うわーっ、う、うわーっ…!どうしよう、普通に挨拶してくれたにも関わらず、仲良し…!こんな天使みたいな人と、サイボーグのわたしが!

「謙也だけが友達なわけちゃうんやからー」
「お、俺が一番仲ええけどな!」
「あたしらなんか昨日一緒にバレーした仲やで?」
「ばっ、バレー!体育か!くっそー女子め!」
「謙也は何がそんなに悔しいねん。名字さんからしたらええことやろ。独占欲強い男はモテへんでー」
「お、お前が言うなや白石!」
「俺の独占欲は女子にモテるタイプのやつやから大丈夫なんや」
「なんやねんそれ!俺のかてそうやし!」
「あはは!謙也どんだけモテたいんよー!」

騒がしい。けど、嫌じゃない。寧ろ心地いい。わたしの席のまわりに未だ嘗てこんなに人が集まってくれたことはない。会話についていけなくたって、いい。わたしに話しかけてくれるだけで、普通に接してくれるだけで十分だ。

「あ、チャイム鳴ったよ」
「名字は真面目やなー。住谷も見習えよ。こいつに勉強でも教えてもらえ」
「謙也に言われたくないんやけど!」
「全くやなー。ほら謙也、席着くで。名字さん困っとる」

困ってはないけど、戸惑ってはいる。正直ああいう時、どんな顔をしてたらいいのか、どうやって会話に入ったらいいのかわからない。これは勉強でどうにかなる問題ではない気がするし。コミュニケーションって難しいな。

一時間目の地学は、白石くんに言われた通り少し机ごと下がってみた。後ろの席の狭山くんがなんだコイツ急に、みたいな目で見てきたけどまあ気にするまい。

授業が終わったら次の授業の準備だ。わたしにとってはこれが普通であり当り前のことなんだけど、周りはそうじゃないらしい。まあわたしだって友達がいたら喋りにいったり…そうか、もういるんだった友達。

「…白石くん」
「ん?なんや名字さんの方から来るなんて、珍しなあ」
「なっ、なんで俺やなくて白石なんや!」
「謙也うるさい、黙れ」
「な、なんやとー!」
「何?名字さん」
「あ、いや、特に用事というわけじゃないんだけど。さっきの地学、意識したら唾すごかった。机下げて正解だったよ」
「せやろ!アイツほんま口ん中どないなってんねんってくらい唾飛ばすねん。一番前とか地獄やで地獄」
「うん、あとハゲてるしね」
「ははっ!ほんまな!知っとる?アイツああ見えて33やねんて。どんだけ苦労してんねんって感じやろ」
「さ、33には見えないね…!」
「あと生物の吉田。アイツ腹めっちゃ出てるけど足めっちゃ細いで」
「ふ、何それ」

「っま、また笑った…!」
「やっぱ名字さん笑ったら可愛いなあ。なあ謙也?」
「おっ、俺、俺しか見たことないはずやったのに…!」
「はあ。またお前は…。ごめんな名字さん、こいつうるさくて」
「え、いや、うるさくないよ。明るくていいなって思う」
「え!?」
「アホ、いいなっていうのは、羨ましいっちゅー意味や。な?」
「あ、うん。他にどういう意味が…」
「あー名字さんは気にせんとき」
「はあ」

休み時間に、自分から誰かに話しかけたのは初めてだった。会話だけで、休み時間が潰れたことも初めてだった。その所為で次の授業の準備はまだ出来ていない。チャイムが鳴ってすぐに自分の席に戻って慌てて準備をする。でも、たまにはこういうのも悪くないと思った。


お昼休みは教室から必ず姿を消す。うるさいし、たまにわたしが話題となり、アイツは暗いだのなんだのと陰口を聞き飽きてしまったから。どうせ一人で食べるんだったら、折角なんだし景色の良いところで食べたいじゃないか。

というわけでいつもの場所、校舎裏の池の前でお弁当箱を開ける。屋上はもちろん人がいてダメだ、中庭には派手なグループがあちこちで楽しそうにランチタイム。少し寒いけど、冬はブランケットさえあれば大丈夫だ。
わたしが見つけた最高のこの場所には、緑もあって池の中には色鮮やかな鯉たちが気持ちよさそうに泳いでいる。

唐揚げ美味しいなーと呑気にそんなことを思っていると、「名字ー」と声をかけられた。そして日向だったはずのこの場所が、一瞬影に包まれる。

「なんだ、忍足くんか。びっくりした」
「なんだってなんや!…ここで飯食うてたんやなー」
「うん。いいでしょここ。鯉がいるんだよ」
「ほんま、ええなー。落ち着くわー」
「お昼は?」
「とっくに食うたわそんなん」
「早いね。…白石くんは一緒じゃないの?」
「…なんで白石?」
「え、いや別に…いつも一緒だからなんでかなと思って」
「…アイツは女子にお呼ばれや。昨日に引き続きな。ほんま憎たらしいやっちゃ」
「ふーん…」

白石くんは、と聞いた途端彼が不機嫌になったような気がした。気のせいだろうか。コミュニケーション能力に長けていないわたしにはまだよくわからないけど、怒らせてしまったなら謝らないと。

「ごめん」
「え?」
「いや、なんとなく、怒ってるように見えたから」
「お、怒ってへんて!」
「あ、そうなんだ。ならよかった」
「ん、弁当美味そうやなあ!手作り?」
「まさか。お母さんだよ」
「名字のおかんは料理上手なんやな!」
「…食べる?」
「え、え!?…いやっ、え、ええの?」
「うん、好きなのどうぞ」
「えー、っと…じゃあ、玉子焼き、もらうわ」
「うん、どうぞ」

箸を渡すと、玉子焼きに容赦なくぶすりと突き刺した。そのまま彼は一口でそれを口に入れる。

「おお!だし!だしや!」
「ああ、甘い方が好きだった?」
「んーん!俺だしが好きやねん!」
「そうなんだ。ならよかった」

箸を返してもらって、引き続き自分のランチタイムを再開する。さり気ないな、と思ったけど、忍足くんはさらっとわたしの隣に腰をおろしている。あまりにも自然で、彼のコミュニケーション能力の高さに感動した。こういう所は本当に真似出来ないと思う。すごいなあ。壁なんか、作ったってすぐに壊される。そんなものは関係ないんだ、この人にとっては。

「せや!前に俺がスピーディーちゃんに似てる言うたやろ?」
「うん、イグアナでしょ。わたしあれ全然嬉しくなかったよ」
「まあまあ。これを見たら褒め言葉やっちゅーことがわかるて。ちょっと待ってなー…」

ポケットから取り出した携帯…す、スマートフォン?で、俊敏に指を動かしていく忍足くん。携帯かあ、と持ってないそれに興味をそそられた。

「お、あった。これこれ、うちのスピーディーちゃん」
「?」

ぞぞぞ、と鳥肌が立った。これに似ていると言われた人がこれを見て、本当に喜ぶとでも思っているんだろうか?やっぱり忍足くんはなかなか失礼な奴だ。

「このな、目がな、似てんねん。もうめっちゃ愛らしいっちゅーか、可愛いやろー?スピーディーちゃん」
「い、いや、うん、ごめんよくわからない」
「えー、なんでや!?この可愛いさが!?なんで名字まで白石みたいなこと言うんや!」
「いや、だって目とか…わたしこんな目してるの?」
「んー、まあおっきいわな!」
「…そうですか」

忍足くんがなんでフツメンと言われているのかなんとなくわかった気がする。この人、デリカシーがないんだなあ。
それでもわたしを友達だと言ってくれた第一人者は忍足くんだし、今でも一際輝いて見える。眩しいくらい、素敵な人だということを、わたしは知っている。

「あのね、忍足くん」
「ん?何や?」

鯉においでおいでー、と水の中に右手を入れて楽しんでいる忍足くん。そんなことしたら逃げてしまうし、汚いよ忍足くん。

「わたし、18年間ずっと友達がいなかったんだ」
「一回も!?マジかお前!」
「マジだよ。だからね…この前忍足くんが友達だ!って言ってくれた時、全身に鳥肌が立って、涙が出そうになるくらい、嬉しかった」

本当だよ、本当に、嬉しくてどうにかなりそうだったんだ。

「忍足くんが言ってくれなきゃ、きっと白石くんも言わなかったと思う。住谷さんも」
「…俺は別に何も、」
「してくれたんだよ。忍足くんは、わたしに、勇気と、明るい未来をくれた」
「な、なんや恥ずかしいな。ようそんな台詞、」

「ありがとう、忍足くん」

心の底から出て来た言葉だ。自然に笑えた。忍足くんと友達になれて、自分でもなんとなく、表情の筋肉が柔らかくなったような気がするよ。

「っ…!?、おっ、俺の前だけにしてくれ!」
「え?」
「笑った顔…!他の奴に見せたない!」
「そ、そんなこと言われても…」
「たっ、頼むから、…心臓に、悪いわ…!」
「…?、わ、わかった」

友達の頼みだ。笑うな、なんておかしな頼みではあるけど、忍足くんがそう言うなら、わたしは言う通りにするよ。

「あ、そうだ」
「?」
「お母さんにさ、忍足くんのことを紹介したいんだけど、いいかな?」
「しょっ、紹介!?え、なっ、なんで!?」
「え?だって初めて出来た友達だし、お母さんが紹介してほしいってうるさいからさ」
「な、なんや友達としてか…び、びびらすなや!」
「え、ご、ごめん。だめなの?」
「いやええけど…」
「本当?よかった、じゃあ空いてる日を教えてくれないかな」
「あー、ちゅーかメールでもええ?」
「あ、わたし携帯持ってなくて」
「は!?マジか!」
「うん。そんな驚くことかな」
「いやいや!え!そんな奴おるんや!この近代社会に!」
「電話なら出来るよ」
「家電やろ!子機あるん?」
「あるよ」
「…はあー、じゃあ番号言うて。登録するわ」
「うん」

初めての友達と、初めての番号交換。忍足くんは良いとも言っていないのにわたしの手の甲に電話番号を勝手に書いた。