君の笑顔がくすぐったくて



ゴッ…!聞き慣れない音とじわじわと訪れる痛みにびっくりして思わずうずくまった。

「あっ…!」
「なんやすごい音したけど、」
「ってかコイツって…サイボーグやん!」
「ぎゃはははほんまや!サイボーグや!」
「痛みとか感じるんやなあ」

サイボーグじゃないし、普通に痛い。てか謝れよ、人として。

痛みの次は苛立ちが訪れた。なんでこの人たちは人を傷つけておいて笑っていられるんだろう。これだから頭の悪い奴は。

いつの間にかわたしは、周りからサイボーグと呼ばれるようになっていた。別にみんなの前でビーム等を出して見せたことがあるというわけではない。わたしのことを感情がないだとか好き勝手言ってくれているが、そんな風に言われればちゃんと傷つくし、悲しいし嫌だ。ただそれを言葉にするのも、表に出すのも苦手なだけだ。

「てかどこあたったん?」
「肘でおもっくそでこをな、」
「うわ、いって!」

こいつらに謝罪なんか求めることの方がバカバカしい。アホくさ。

誰も慰めてなんてくれないから、自分で額をなでなで擦る。あー痛い。くそ、やっぱりムカつくな。

「お前ら何がそんなにおかしいねん。まず謝ったれや」

今更何を、と指の隙間からわたしを擁護してくれる彼を見た。

色の抜けた日本人離れしたカラーの髪が、光に反射して眩しかった。

「んやねん謙也ぁー」
「そんなことしたってお前がモテへんのは変わらんで」
「白石がおるからなー!」
「うっさいわ!そんなんとちゃう!ちゅーか謝れやお前ら!」
「あーはいはい、ごめんなサイボーグー」

「大丈夫か?なんなら保健室行った方が、」

ふ、と傍に寄って来た彼に思わずわたしは後退りする。な、ど、どういうつもりだこの男。一体何が目的で…金か!?身体か!?はたまたわたしの知能か!?

「ちょっ、ええ!なんか知らんけどヘコむ!」
「………た、」
「?」
「たっ、すけてくれて、ありがとう!」

人として最低限のことは言い残せた。これでオッケーだ。
痛みなんかどうでもよくて、わたしは瞬時にその場から立ち去った。



18年間生きてきて、未だ友達と呼べる存在はゼロ。諦めくらいとっくについているし、今更自分から友達作りをするつもりはない。この性格は元々だし、自分を偽ってまで果たして誰かと仲良くしなくてはならいない意味があるのかどうか?そんな風にしか考えられないから、きっと今もこうして一人なわけなのだと思うけど。

──あの人は、変な人だ。
わかってる、別に助けてくれたわけじゃない。人として当り前のことをしてくれたまでだ。だけど対わたし、となるとみんな面白がったり、無神経なことを平気で言うから…少し、びっくりしただけだ。

そっと、額に触れる。よくよく触ってみると、さっきまでなかったはずの凹凸が出来ていた。たんこぶ出来てるじゃん、道理で今も痛いわけだ。授業をサボるわけにはいかないから、急ぎ足で保健室へ向かった。

先生に湿布を一枚もらって、それを適した大きさにカットする。どうせ貼っても前髪で隠れるし、よし、これでオッケーだ。我ながら完璧な処置である。


教室に戻ると、さっきまでドア付近で騒いでいた男子たちは窓際に移動していた。その輪の中には助けてくれた人、忍足くんもいた。
ほっと一息ついて、今度こそ教室に入る。一番前のど真ん中。みんなが嫌がってわたしにいつも押しつけてくるその席は、わたしは意外と気に入っていたりする。(だって黒板見えやすいし、先生の声もよく聞こえる)

「さっきの、大丈夫やったか?」
「…!?」
「あっ、また!俺ってそんな怖い!?」
「いっ、いや、そうじゃないけど…!」

なんだ!なんでまたわたしに話しかけてくる!?てか人の隣の席勝手に座ってるし…!

「ん、ちょおでこ見して」
「えっ!」
「保健室いってきたん?道理で湿布くさいと思ててん」
「あ、ご、ごめんなさい」
「こういうのはまず氷で冷やした方がええで」
「…うん、どうも」
「名字ってアレやな!アレに似とる!」

え?な、なんだろう?う、ウザギさんとか?ネコちゃんとか?

「イグアナ!」
「……」
「俺んちのスピーディーちゃんになー、なんとなく似てんねん。意外にも目のギラギラしたとことかな、おっきいしな!」

少しでも可愛い生き物に例えられるんじゃないかと期待したわたしが恥ずかしい。くりくりしたお目目だね、と言ってほしいわけじゃないけど、わたしの目が爬虫類と似ているだなんて。なんて失礼な人なんだ。あとスピーディーって名前ダサすぎる。むごすぎるだろうそのペット。
これ以上関わりたくないと思ったわたしは、よく喋る忍足くんを無視することに決めた。助けてくれた彼のキラキラした眩しさは幻だった。てか別に当り前のことだし。言われることに慣れ過ぎて感覚がおかしくなっていただけだ。

「授業始まるからあっち行って」
「あっ、ほんまや!うわーヤバい俺今日当たるんやった!白石ー!」

嫌な顔ひとつせずに、わたしの言ったことを素直に…ってわけでもないけど、聞き入れた。やっぱり彼は、変な人だ。
普通こんな冷たいこと言ったら、「うっさいわサイボーグ」とか、「なんでお前に言われなあかんねん」とか言われるのに。内心そっちが面白半分で話しかけてきたんだろう、と思いつつ、わたしはそれ以上の反論はしない。面倒事は嫌いだからだ。

*

その日家に帰って、何故かわからないけど、忍足くんのことがちらちら頭の片隅に浮かんでは消え、浮かんでは消えの繰り返しだった。なんだこれは、今までこんなことはなかったし、これが何を意味するのかわたしにはわからない。

「あら名前どこ行くの」
「ちょっとウォーキングに」
「グッドタイミング!さすがあたしの娘だわー、ついでに牛乳とお味噌買って来てくれない?」
「わかった。行ってきます」
「行ってらっしゃい」

母から渡された千円を裸でポケットに入れて、玄関を出た。びゅう、と冷たい風が吹いてきたので一旦家に入る。これはマフラーがいるな、と今度は首にマフラーを巻いて再び玄関を出た。

冬はあんまり好きじゃなかった。前に母が言った「冬は人肌が恋しくなるわねー」というのはわたしもなんとなく納得出来たから。寂しそうに亡くなった父の写真を見る母の姿が、わたしは今も忘れられずにいる。

父が死んだのも冬だった。それも雪の降る寒い夜。わたしはまだ幼かったけれど、大切に想ってくれていたと、何度も母から聞かされている。父の生まれ育ったこの大阪は、わたしにとってそんなに居心地の良い場所ではないけれど、父はきっと暖かい人だったんだろうと思う。

暖かい家庭で育ったのに、どうしてわたしはこうも暗いんだろう。自分では明るい性格だと思っていたのに、中学に入ってからはずっとサイボーグ扱いだ。段々人と関わりたくないと思い始めて、この通り友達と呼べる存在は一人もいない。

はー、と白い息が漏れる。最寄りのコンビニは立ち寄らず、今日は少し離れたこのコンビニまで来てみた。噂では品揃えが良いと聞く。

中に入った瞬間暖かくて、思わず癒された。あー、暖かい。このままずっと居座りたいほどに。

「…あ」
「?、おあっ!名字!?」
「…どうも」
「気遇やなあ!えっ、自分家この辺なん?俺実はめっちゃ近所やねん!徒歩1分!」
「いや、近所じゃないけど…」
「あ、そうなん?えー何買うん?雑誌?こういうのとか名字も見るん?」
「見るけど今日は雑誌を買いに来たわけじゃない」
「ふーん、あ、俺わかった!ええか?当てるで?」
「……」
「牛乳やろ!もしくは金ちゃんラーメン!」
「……」
「あっ、そうそう金ちゃんって言うな、俺の後輩がおんねんけど、」

この人は、本当によく喋る人だ。こういう感じだと友達がたくさん出来るのか?だとしたらわたしには一生友達は出来そうにない。落ち着きがまるで無さ過ぎる。マシンガントークとは正にこのことを言うんだろう。

「あの、わたし買いものあるから、もういい?」
「え?ああ、スマン!え、結局何買うん?」
「牛乳と味噌」
「味噌かっ!味噌やったか!惜しいわあー!」
「…両方当たってたらなんかあるの?」
「いや?え、当てたらなんか嬉しいやん」
「…はあ。そうですか」

一人で騒いでわたしとの温度差に気付いてないんだろうか。それって天然?それともわたしを気遣ってくれているの?だとしたらそんなの、いらないのに。

わたしの後を何か言いながら着いて来る忍足くんはとうとう一緒にレジまで着いて来た。一体何が目的なのかと彼を見てみるが、「ん?何?」と企みもクソもない顔で返事をする。

本当に、変な人だ。

お会計を先に済ませて、いそいそとコンビニを出る。寒い、けどいいや。早く帰ろう。

マフラーを巻き直して、すたすたと家へ帰る。するとすぐに忍足くんが走ってやって来た。早!

「ちょお!なんで帰るん!?」
「え、逆になんで帰っちゃだめなの」
「危ないやん!送るて!」
「あー、大丈夫。わたしが襲われるわけないから」
「はあ?そんなんわからんやろ。女の子なんやから」
「…!?」

まただ、またこの人は勝手にわたしとの距離を縮めて…!線引きなんかしたって関係ない。お構いなしに人の領域に踏み込んでくる。

「あ、せや。肉まん好き?」
「え?う、うん、まあ」
「良かった!ほな、はい!半分!」

そう言って忍足くんは半分にちぎった歪な形の肉まんを、わたしにくれた。

「はふ、んー、んまいなあ。やっぱ冬は肉まんに限るなあ」
「…わたしはピザまん派」
「えっそうなん?うわー、じゃあピザまんにしたったらよかったな!」

暖かくて、胸がきゅうっとなる。なんでこの人は、わたしになんかに、こんな。もし今みたいな二人でいるとこ見られたら、絶対からかわれるのに。

「名字ってさー」
「…?」
「なんでサイボーグって言われとるん?」
「……」

そんなの、わたしが聞きたいことだ。中学の時、気がついたら陰でそう呼ばれていた。それが段々わたしに聞こえるように言ってくるようになって、誰もわたしを可哀想だと思わなくなった。みんなが呼んでるんだからわたしも呼んでいい、とまあ人間というのは本当に愚かなもので、最早今ではあだ名みたいなものだ。忍足くんが、みんなから謙也ー、と呼ばれるのと同じように、わたしのことをみんなはそんな具合にサイボーグ、と呼ぶ。なんの躊躇いも悪気もなく、本当に、自然に。

嫌だとは言ったことはない。ただ、サイボーグって呼んでください、とお願いしたことはたったの一度だってない。今更もうどうだっていいし、愛称だと言われれば、まあそれでいいかな、とも思う。

「わたし、感情がないと思われてるから」
「…んで?」
「下手なんだよね、表に出したりするのが」

忍足くんと違ってさ、と言って彼を見上げた。夜だからか、彼の髪は暗い色に染まっている。だけど変わらず眩しくて、すぐに目を逸らした。

「もったいないなあ」
「…え?」
「やって名字、言いたいことが言えんわけちゃうやろ?」
「…い、言えないよ」

言いたいことの半分も、言えてない。サイボーグなんかじゃない、わたしだってみんなと同じ人間だ。

「寂しかったら寂しいって言わな」
「…」
「言わんと、誰も気づいてくれへん」
「…別に、寂しくなんて」
「ほんまに?じゃあ聞くけど、」

「なんでそんな泣きそうな顔しとるん?」

今更、友達がなんだ。そんなものはもういらない。とっくに諦めたし、わたしは勉強が出来るからそれで時間だって全然潰せる。むしろ足りないくらいだよ。先生はわたしを評価してくれているし、母もわたしを褒めてくれる。それだけでもう、十分なはずなのに。

むぐ、と最後の一口を口に入れた。美味しい、美味しいよ。忍足くん。

「忍足くん、」
「何?」
「わたし、友達が欲しいよ」
「…!ははっ、ほら、やっぱ言えた」

最後に泣いたのは、いつだったっけ。泣いたのは、本当に久し振りだ。
心のどこかで、本当にわたしは感情がないんじゃないかって、不安になったこともあった。

ちゃんと苦しいし、忍足くんの言葉が、嬉しくて、胸がいっぱいで溢れそうだ。


不覚にも、彼の胸を借りて泣いてしまったことは反省している。申し訳ない、本当に迷惑をかけてしまった。だけど彼はそんなことは微塵も気にしていないようで、再びマシンガントークを勝手に始めた。

「白石っておるやん?俺の後ろの席な」
「うん」
「アイツめっちゃイケメンやん?俺も多分普通にそこそこイケてると思うんやけどな?アイツのせいで俺フツメンみたいな。周りの扱いめっちゃ雑やし、あーもーほんま腹立つわ白石の奴ー」
「…」
「しかも白石の怖さはな!アイツめっちゃええ奴やねん!流石に自分の顔がええっちゅーのは気付いとると思うんやけど、なんちゅーか、なあ!」
「いや、今ので白石くんの良さはわたしよくわからない」
「とにかくや!俺が白石のせいで霞んでるっちゅー話や!」
「わたしは、そうは思わないけど」
「え!?ほんまに?」

変な人だよ、本当に。
だけどわたしにとっては、輝いて見えるから。

「うん、かっこいいと思うよ」
「…!」

あ、今自然に笑えた気がした。そして普通に、と付け足すのを忘れてしまった。

「?、…?、なんや、これ!」
「…?じゃあわたし、家ここだから」
「え!?あっ、おお!そうなんか!い、意外にも近所やったんやな!」
「いや、結構歩いたと思うけど」
「そ、そうか!ほなまた明日学校で!」
「うん、送ってくれてありがとう」

ぶんぶんと手を振りながら来た道を走って行く忍足くん。わたしのことをイグアナに似てると言ったけど、彼の姿はまるで大型犬そのものだと思った。