恋灯りはゆらゆらと




思い返せばなんて贅沢な日だったんだろう。白石くんと遊んだ後、そのまま忍足くんと街中を回るなんて…本当に世界を180度変えることが出来るんだなあ。


昼休み、いつもの場所で一人お弁当を食べる。不思議と前みたいな寂しさは全くなく、一人の時間もそれなりに楽しいと思えるようになってきた。別に教室で食べたって、中庭で食べたっていいんだけど、高校三年間ずっとここでお昼を過ごしてきたわけだし、やっぱりここが落ち着くのだ。

「あっ、おったー!名字さんっ」
「?」

名前を呼ばれて振りかえると、住谷さんが手を振りながらこちらに歩み寄って来る。手にはお弁当を持っていて、ここへ来るなり早速わたしの隣に「一緒に食べてええ?」とお弁当包みを広げる。「もちろん」と返す前に住谷さんはいただきますをしていた。

住谷さんと話すのはバレンタインの日以来だ。あの日彼女は忍足くんにフラれた。わたしはてっきり付き合っているのだと思ったけど、フラれたのだ。こんな可愛い彼女でも。

なんにせよ、わたしからその話題に触れるわけにはいかない。もしかしたら彼女なりに明るく振舞っているだけで、まだ立ち直れてないかもしれないし、ずっとずっと長い期間好きな人にフラれて、悲しくない人なんかいない。

「んっ、せや!今日は報告に来たんよ。この前のバレンタインの結果報告」
「…え…」
「見事玉砕!へへ、でも大丈夫、これで前に進めるから!」

住谷さんは笑っている。悲しみを隠しているのか、それとも彼女の本心なのか、わたしにはまだ見透かせるだけの経験がないからわからない。だけど簡単に、よかったね、なんて言えなかった。下手な慰めの言葉も言えない。ただ、どうしてかわたしも泣きそうで、喉の奥がぎゅうっと締まって苦しい。

「名字さん、ありがとうね。この前のチョコ、めっちゃ美味しかった」
「え、あ、いやそんな、」
「あれほんまはあたしにあげるやつじゃないやろ?」
「!」
「あたしアホやけどそれくらいはわかるで。…謙也にあげるやつやったんやろ?」
「……うん」
「…あたし、気付いてたんや。謙也にあげるんやろうなって、思っとった。思っとったけど受け取った」
「そ、そうなんだ」
「うん、ごめんな。あっ、これお返し!受け取って!」
「えっ!」

思わぬところでお返しを差しだされて、思わず固まってしまう。「手作りやでっ」とウインクされても…いいのかな、こんな形で、お返しなんかもらっちゃっても。住谷さんへのものじゃなかったと気付いてたのに、こうやってお返しをくれる住谷さんは、本当に天使か女神のようだ。

「好きな子が、おるんやって」
「…忍足くんに?」
「うん。その好きな子も、なんとなくわかるんや、あたし。いっつも謙也ばっか見てたから」
「住谷さんの、知ってる人?」
「うん。あたしもその子のこと好きやから、ええねん。謙也が好きになった子がその子でよかったって思う」
「…そっか」
「…名字さんは謙也より鈍いなあ。まあしゃーないか」
「?」
「名字さんもおるやろ、好きな人?」
「え!?」

急に何を言い出すんだこの人…!米粒が器官に入って咽返る。「大丈夫?動揺しすぎやでー」とけらけら笑いながらも住谷さんは背中をさすってくれた。はあ、死ぬかと思った。

「す、好きな人って…」
「浮かぶやろ?頭に」
「……」

ぱっと頭に浮かんだのは、忍足くの笑顔だ。だめだ、住谷さんは忍足くんにフラれたばかりなんだから。

「あたしのこと考えてくれるんは嬉しいで?でも、隠される方が腹が立つ」
「…い、いや、これは、」
「名字さん、ええ?恋っちゅーのは、一日中その人のこと考えたり、その人のことを想うと胸が苦しくて、でもどきどきして、やめたくてもやめられんの」
「…うん」
「名字さんのその気持ちは、恋なんやで?」

これが、恋?
ドラマや漫画でしか見たことがなかった。住谷さんが忍足くんに恋しているのを近くで見ていても、わたしには一生関係のないものだと、どこかで思っていた。

忍足くんのことを考える。忍足くんのことを想うと胸が苦しくて、でも心がぽかぽかして暖かい気持ちになる。

笑った顔を向けられると、それだけで嬉しくて、どきどきする。

「住谷さん、わたし…、どうしよう、忍足くんが好きだ」
「気付いた途端ぶっちゃけるねえ!まあ謙也はかっこええからな、ライバルも多いで?」
「うん、いい。関係ない。わ、わたしは忍足くんが、好き」
「謙也に言わんと」
「えっ」
「絶対後悔するから、ちゃんと言うた方がええよ」

ごちそうさま、とお弁当箱の蓋を閉じる住谷さん。まるで、自分の気持ちに蓋をするかのように。ただ、彼女が俯いて話すことは決してなかった。


わたしが、忍足くんをひとりじめしたいと思うのは、あくまで友達としてなんだと思っていた。でもそうじゃないんだ。忍足くんとずっと一緒にいたいと思うのは、わたしが、忍足くんを好きだから。

後悔は出来ればしたくない。忍足くんとそういう関係になるなんて夢のまた夢みたいな話だけど、何もしなければずっと夢のままだ。

「住谷さん、もうすぐ卒業だね」
「うん?何、急に」
「うん、わたしちゃんと言うよ」
「!、うん!頑張れ!」

笑ってそう言ってくれる住谷さんの笑顔が、眩しくて胸が痛んだ。誰かと関わって生きて行くことは、幸せなことばかりじゃない。楽しい分、辛いことがたくさんあったり、どうして?って思うこともたくさんある。
自分のことだってたまにわからなくなるのに、自分以外の人のことなんてもっとわからない。わからないから、わかろうとする。そのことがきっと大切で、今までそれをしてこなかったわたしが、今自然に出来ている。

「が、頑張る」
「謙也はな、激ニブやからもーはっきり!超ドストレートでいかんとあかんで」
「わかった」
「名字さんは元々ストレートしか持ってないから大丈夫やと思うけど」
「?」
「謙也と駆け引きなんかするだけ無駄やからね!上手くいくとええなあ」

本心から思っているのだろうか、そんな風に言える住谷さんは、本当に素敵な人だと思った。

わたしは本当に恵まれている。こんな素敵な人と友達になれて、幸せ者以外の何者でもないよ。