心の欠片を掬って




住谷さんの言った通り、来年はもうない。あと少しでわたし達は卒業してしまうし、わたしが大学で友達を作ることが出来る可能性はかなり低そうだ。(努力はするつもりだけど)
やっぱりどうしても、感謝の気持ちだけは伝えたかった。チョコはもうない。だけどこの気持ちはなくならないんだから仕方ない。


放課後、帰ろうとする忍足くんに声をかけようとしたら、他のクラスの女子に先を越されてしまった。冷やかされて「うっさいやめろ!」と言う彼の顔はほんのり赤い。告白、かな。そうだよね、白石くんと一緒にいるから霞む、とか本人は言ってるけど、忍足くんだって普通以上に整った顔立ちをしている。好みによっては白石くんよりかっこいいことだってあるわけだ。

立ちあがったわたしは結局忍足くんの背中を見送ることしか出来ず、一旦着席することとした。住谷さんはもう告白したんだろうか?返事はどうだったのかな。もしOKだったならば、今忍足くんには彼女がいることになる。…ああだめだ、胸が苦しくて息が詰まる。そのことを考えるのはよそう。

クラスにはいつも疾風の如く直帰する男子が今日は残っている。仮に好きでもない誰かからもらって嬉しいもんなのかな。まあわたしも住谷さんの笑顔が見れただけでも嬉しかったから、そんなものなのかもしれない。

ここはうるさいし静かな図書室でも行こう。早々に席を立って、荷物と一緒にわたしは教室から姿を消した。


図書室で一人静に本を読んでいると、ガタン、とわたしの前に誰かが座った。視線だけをチラ、と向けると、ピアスが幾つも耳にぶら下がっている不良少年がいきなり堂々と校内で携帯を弄りだす。…ど、どうしよう、席替えようかな。いやでも彼が座っていきなりわたしが移動したら絶対不自然に思うだろうし。

全く本に集中出来なくなってしまったわたしは、彼が目の前に座って5分と経たないうちに、席を立った。と、とりあえずこの本を戻してこよう。そうしよう。

「…」

どうしてだろうか。借りて来た時にはここに脚立があったはずなのに、この短時間でなくなってしまっている。どこいったんだ。あれがあったからこの本を楽に取ることが出来たんだけどなあ。
背伸びをして、腕を目一杯上に伸ばす。プルプルと震えるつま先。それでも元の場所には届かない。困ったな。脚立探してくるか。

「貸して」
「えっ、あ」

す、と本を奪われて、声のした方を見上げた。さ、さっきの不良くん…!何故わたしに構うんだ!

「小っさいっすね」
「あ、ありがとう」
「褒めてへんし」
「いや、本…」
「ああ、いや別に。つま先プルプルしとったし」

見られてたのか、と思いがけない彼の発言に赤面する。見た目で勝手にこの人は不良なんだと思ってしまったけど、そうだ、忍足くんだって金髪なのに全然不良なんかじゃない。この人もきっと善良なるうちの学校の生徒なのだ。だってこんなわたしと普通に話してくれてるし…。
いや、よく見たらわたしと似たような、なんというか、表情筋硬い感じの人という印象だ。顔が整っている所為か、余計にそう思う。

「と、友達っている?」
「は?」
「あ、いや、ごめん急に」
「普通におるけど」
「ああ、うん。だよね」
「何?」
「いや、気にしないで。聞いてみただけ」
「ふーん」
「それじゃあわたしはこれで」
「あ、せや。ええもんあげますわ」
「ええもん?」

ちょお待っとって、と言って彼はさっきわたしと向かい合わせになって座った席に戻った。そして大きな紙袋を持ってまたこちらへ戻って来た。

「好きなん選んでええから、持ってってくれません?」
「え?」
「なかなか減らんくて困っとるんすわ」

えーと、これは…いいんだろうか、わたしがもらっても。もし自分がこの人のために感謝とか何かしらの気持ちを込めて一生懸命作ったものを、こんな風にいらないから誰かにあげる、なんてことされてたらと思うと…だめだ、悲しみに暮れるどころの騒ぎではなくなる。

だがしかしこれはすごい量だ。一人で食べたら虫歯になっちゃうよ。
一日でこんなにチョコをもらえる人が存在するなんて、彼でこの量なら白石くんはどれ程の数をもらい受けているのだろうか。想像も出来ない。

「食べないの?」
「美味そうなんは食うつもりやけど…流石にこんなには食えませんて」
「ふーん。でもいいや、いらない。食べてあげなよ。かわいそう」
「誰が」
「誰って、チョコくれた人達に決まってるじゃん。気持ちを込めてくれてるんだよ?」
「くれって頼んだわけちゃうし」
「…性格悪いって言われない?」
「うっさい。そういうアンタこそ」
「わたし友達いないから」
「あっそ。ほなあげる奴もおらんっすね。アンタが一番可哀想やわ」

トゲトゲしい言葉には慣れている。こんなのなんでもない。だけどわたしにもあげる人くらいいるよ、とは言わせてもらいたい。もう物はないけど、気持ちを伝えたい相手がいるんだから。

「わたしにだって…」
「財前ー、チョコくれるってお前またそうやって女の子からもらったもんを、」
「チッ。遅いっすわ。スピードスターの癖に」

突然図書室に現れたのは、わたしが今日一日ずっと話したいと思っていたその人、忍足くんだった。

「っ名字!?な、なんでここに!?」
「わたしも探してたんだよ、忍足くんのこと」
「え!?なっ、ええ!?」
「話したいことがあって」
「ちょ、ちょお待って!タイム!タイムな!」

両手でTの字を作ってみせる忍足くんに、わたしは一旦黙りこむ。「後で聞く!二人の時聞かせて!」と真剣な顔をずいっと寄せられては、頷くことしか出来ない。
そのまま忍足くんは財前くんと呼ばれる彼の肩に強引に手を回し、わたしから少しの距離をとった。一人になったわたしは、本棚の本をなんとなく眺めた。