君のチョコは誰のもの



クリスマスにバレンタイン。毎年わたしにとっては何が特別なのかわかり兼ねる日だったのだけど、こうして友達と呼べる存在が出来た今では、やっぱり普段とは気持ちも違う、特別な日だということがよくわかる。

お菓子作りは母とよくしているけど、それは全て自分で食べるためだった。作ったものを誰かにあげて、ましてや気持ちを伝えるなんて…なかなかにハードルの高い行事が一年に一回もあるんだなあ。

いつもは持たない学生鞄以外の紙袋。何度も中身を確認して、それを見るたびに心臓がどくどく騒がしくなる。

ちゃんと彼に、渡せるだろうか。感謝の気持ちを伝えられるだろうか。

教室に入るともちろんわたしは一番のりなわけで、自分の席に一先ずは荷物を置く。
ちらりと忍足くんの席を見て、この前の一件を思い出した。かーっと身体が熱くなってきて、季節はずれではあるが、鞄の中から下敷きを出して顔をぱたぱたと扇ぐ。

なんで忍足くん、あんなことしたんだろう。うわーっ、だめだ、考えたら色々止まらなくなりそう。都合の良いことばかり、自分中心すぎるだろう。

そうして一人であれこら悩んでいるうちにあっという間にクラスは人で溢れていた。「さむさむー!」と言いながら今日も元気に忍足くんは現れた。あれ、白石くんは今日は一緒じゃないのかな。

「謙也ー、白石休みなん?」
「…お前ら今日なんの日か知らんとは言わせんで」
「…なるほど、バレンタインやな」
「すなわち白石のためのスペシャルデーや!俺らフツメンに女子は見向きもせん!諦めろ!」
「白石の奴…なんぼほど告られたら気が済むんや…!」

朝から忍足くん含め男子達が嘆いている。机の横にかけた紙袋を見て、忍足くんにとってもスペシャルデーになればいいなあ、とそんなことを思った。




タイミングがわからないまま、気付けば昼休みだ。忍足くんは教室にはいない。これっていつ渡すものなんだろうか。それはこれから考えるとしよう。
鞄を持ってお昼を食べにいつもの校舎裏に行くべく席を立った。

「あれ?サイボーグの机にかかっとるのってそれ、もしかしてバレンタインの?」
「はー?マジかお前!サイボーグの癖に!?変なもんでも入っとるちゃうん!?」
「っははは!だれだれ!?誰にあげるつもりなんー?」
「ちゅーかお前勇気あるなあ!お前みたいなんがチョコとか!食うの怖すぎやろ!」

ここ最近、それどころか年を明けてからはめっきりからかわれることなんてなかった。勝手に思い込んでいたんだ、わたしはもう大丈夫。わたしを見る目は変わったんだと。友達が出来たことでどこか安心していた。守ってくれる人がいる。助けてくれる人がわたしには出来たから。そう思うことで、わたしは弱くなっていたのだ。保身的になり、そして、打たれ弱くなった。前のわたしなら、こんなこと言われたって、またバカが何かほざいてる、くらいに思えたのに。表情ひとつ変えることなく受け流し、心の中で悪態をつけば、自分の中でそれで終わらせることが出来た。

だけどこれは、この気持ちは何だろう?むぐ、と唇を固く閉じていないと、今にも涙が溢れてしまいそうだ。俯いて、何も言い返せないままただ鞄を握りしめていることしか出来ない。

「あんたら全員それ僻みにしか聞こえへんけど。自分がもらえんかったからって名字さんからかうのはお門違いやろ」
「あ?」
「住谷さん…」
「こいつらの言うことなんか気にせんとき!行こ、名字さん」
「う、うん」

住谷さんに手を引かれて、そのまま教室を後にした。


「住谷さんっ」
「ごめん!見てられへんかったから、つい…」
「い、いや、そうじゃなくて、…ありがとう」
「…あーいう時、謙也ならさっきみたいに言うやろなって、思って」

すとん、とそのまま中庭のベンチに腰を降ろす住谷さん。少し悩んだけど、わたしもぎこちなく彼女の隣に腰を降ろした。中庭にはいつも人がたくさんいて賑やかて、わたしは一生ここに座ることはないと思ってたのに。なかなかいい景色だ。

「お弁当食べようや。まああたしは今日は売店のサンドイッチなんやけどね」
「 …いいの?わたしなんかと一緒に、」
「ダメな理由がないと思うんやけど?」
「…うん。ありがとう」

そんな風に、言ってくれて。今度は嬉しくて涙が出そうだよ。

忍足くんや白石くん以外の人と、こういうまったりとした時間を共有するのは初めてだ。やっぱり男の子とは違うものを持っているし、彼らにはないものを住谷さんは持っている。

「ところでなんやけど、」
「?」
「あのチョコは誰に渡すやつなん?」
「え…」
「てか渡すのって本命?」
「ほ、本命っていうか、なんだろう…でも気持ちは伝えようかと思ってる」
「きゃーマジ!?えっ誰に誰に!?あたしの知っとる人!?」
「う、うん」
「わかった、白石やろ?あたし思っててんけど、白石は名字さんのこと好きなんちゃうかと思うねん!脈アリやで脈アリ!」
「あ、いや、白石くんではなくて、」
「あたしは毎年謙也にあげてるんやけどな?あいつめっちゃ鈍いやろー?今までは来年こそ、次こそは!って勇気出せずに終わっとったけど、もう来年はないやんか。大学合格したみたいやし、流石にそこまで追いかけられるほどあたし頭良うないし」
「…」
「せやから今日、絶対言うって決めてたんや。怖いけど、いつまでも前に進めへんのは嫌やから」

そう言って住谷さんは最後の一口を口に入れて、くしゃくしゃっとビニールを丸めた。
すごいなあ、そう思うのに、心のどこかで、告白なんかしなければいいのにと思う醜い自分がいる。

また、まただ。
クリスマスの時と同じように胸が痛い。

渡せないと思った。わたしなんかが、感謝の気持ちを伝えたい、ただそれだけのために住谷さんを差し置いて、チョコなんて渡せない。初めて誰かのために作った。浮かれていた、本当に、完全に。

及ばない。彼女には、どうあがいたって、絶対に。

「で?名字さんは誰に渡すん?」
「あれは…、住谷さんにだよ」
「え?あたし!?」
「うん。やってみたかったんだよ、友チョコ」
「!、可愛いことしてくれるなあ!じゃあ別に白石のこと好きなわけとちゃうんやね!」
「うん、あとで渡すね」
「やった!楽しみ!じゃああたしも明日名字さんの分持って来るね!」
「あ、うん。でもそういうつもりじゃ、」
「わかってるって!でもあたしがあげたいんよ!」
「ありがとう…」
「ん、でも友チョコなら謙也とか白石とかには渡さんの?」
「白石くんはたくさんもらうって聞いたし、忍足くんには…、」
「…?」
「住谷さんからもらえたら、きっと十分だよ」

無理矢理笑顔をつくって笑うと、「なにそれ!もー名字さんほんまええ子すぎるで!ありがとー!」思いきり抱きつかれてしまった。ふ、と忍足くんに抱きしめられた時のことを思い出して、途端に罪悪感が生まれる。応援するって言ったのに。と、そんなことを言われたらどうしよう。後戻りは出来ないけれど、あれはなかったことにしなければ。


教室に戻って住谷さんに紙袋ごと渡した。朝からずっとわたしの机にぶら下がっていたものは、彼女の机の横へと移動した。
住谷さんは本当に嬉しそうな顔で「ありがとー!」と笑いかけてくれれた。こんな笑顔が見られるならもういいか、と思えたならよかったのに。いまのわたしは本当に欲張りみたいで、もしこの笑顔が忍足くんのものだったらな、と本当に今更自業自得なことを思ってしまった。