今日だけ君を独り占め




夜遅くまでトランプで遊んだわたし達は、日付が変わって大分経った頃、わたしはベッドで、二人は客間に敷いた布団で、ようやく眠りについた。


翌朝は一番に起きていつものように朝食を作るところからだ。洗濯機をまわすのも忘れず、今日はいつもの休日と違って三人分の食器を用意する。
わたしの休日にとる行動は、友達がいなかったせいでほぼ毎週決まっていたけど、今週はそうじゃない。素敵な素敵な日曜日である。

眠そうにあくびをしながらダイニングに顔を出す忍足くんに、いつもと何も変わらない冴えた爽やかさで表れる白石くん。寝癖はついているものの、朝からやはりこの人は完璧だなあ。

「おはよ。これ名字さんが作ったん?上までええ匂いがしてきたで」
「おはよう。まあ大したものは作ってないけどね。あ、和食の方がよかった?」
「いや全然。俺どっちも好きやから」

朝から適度に話しかけてくれる白石くん。忍足くんはまだ眠そうだ。とりあえず顔を洗ってくるように二人に言うと、白石くんからおかんみたいと言われてしまった。褒め言葉なんだろうか?それとも口うるさいってこと?そんな失礼なこと白石くんが言うわけない。忍足くんならありえるけど。

顔を洗ったことでようやく目が覚めたのか、戻ってきた時にはいつもの賑やかな忍足くんだ。わたし的には意外な一面が見られてよかったなと思ってるけど。


「このオムレツ美味いわー。名字のおかんが作る玉子焼きとちょっと似とるな」
「そうかな?まあ美味しいならよかった」
「名字さんは家庭的やな。ええ嫁になるで絶対。なあ謙也?」
「俺!?」
「えっ」

白石くんの思わぬ発言につかみかけたたこさんウインナーがぼとっとテーブルに落ちた。何を言い出すんだこの人はまったく。そして何を喜んでるわたし。

嫁云々の前に、ちょっと前まで友達もいなかったわたしだ、結婚なんてまた夢の夢だよ。

ちらりと忍足くんを見ると、「なんでお前はさらっとそんなこと言えんねん!」と白石くんに対してなんだか怒っているみたいだ。確かに白石くんはさらっとはっきりものを言う性格だし、そんなところがすごいなと思う。尊敬出来るという意味で。

「はー美味かった!ごちそーさん!」
「ごちそうさま、名字さん」
「お、お粗末さまでした?」
「はは、ええんちゃうかそれで」

立ちあがって食器を流し台に持って行こうとした時、誰かの携帯が鳴った。「ん、ちょっとすまん」と席を立ったのは白石くんで、そのまま部屋から出て行ってしまった。

「…白石くんって彼女いるの?」
「は?いや、おらんと思うけど…」
「そうなんだ」
「…気になるん?」
「え?いや、別に…ただあれだけかっこよかったらいない方が不思議だなと思って」

一緒に食器を片付けてくれる忍足くんは、いい旦那さんになりそうだなあとか思ったりなんかして。いつからわたしはこんなにおこがましい性格になったんだろうか。

「…名字は、」
「?」
「しっ、白石のことが好きなんか…?」
「え…」
「あ、あいつにはよう笑顔見せてるし、さっきも顔赤くして満更でもない顔しとったし、」
「…」
「…好きなん?」

もちろん白石くんのことは好きだ。人として尊敬出来る部分がたくさんあるし、人に流されない強さをちゃんと持ってる人だと思う。正直忍足くんの言う、多分恋愛感情的な好きとか、そういうのはよく分からない。分からないけど、白石くんに対する気持ちは恋とは違うんだということは、なんとなく分かる。

そして何より、わたしが欲しいと思ってるのは目の前のあなたなんだよ、忍足くん。

「忍足くん、わたし…、」
「すまん謙也、名字さん!俺ちょっと家に帰らなあかんくなった!」

なんとも言えぬタイミングで戻ってきた白石くんは、妹がうんたらかんたらで、と説明を始めて、最終的に「ほんますまん!片付けもせんと!また明日学校で!」と台風のように去って行った。
残されたわたし達とこの微妙な空気をどうしてくれる。…とりあえずさっき言いかけたことはなかったことにして、目の前の洗い物を片付けよう。

ザーっと水の音だけが部屋の中で響いている。いつもお喋りな忍足くんは、ただただ無言でわたしが洗い流した食器をタオルで拭いている。き、気まずい…!

「…あのー、お、忍足くん、」
「さっきの話の続きやけど」
「え?あ、うん」
「白石は彼女もおらんし、ええ奴やし、非の打ちどころのない奴やけど、」
「うん、」

「あいつのことは好きにならんとってくれへんか…?」

ずっと動かしていたいた手を、止めた。水の音に加えて心臓の音が鳴り始めて、至極うるさい。どうしたものだろう、上手く言葉に出来ないや。

「勝手やけど、俺が嫌やねん」

顔が熱くて、忍足くんの顔が見上げられない。だけど今彼がどんな顔をしているか、それが知りたかった。

ぱ、と顔を上げると、真剣な顔をした忍足くんと目が合った。それだけでもう、心臓破裂しちゃいそうで、喉の奥がぎゅっと締まって、胸が痛い。

「わ、わたしが欲しいのは、忍足くんだよ」

本人に言っていいことなのかどうかわからないけど、今なら言ってもいいと思ったから。拒絶されたら、明日からまた一人なんだって、そんなリスクもきっとあるけれど。欲張るなって、言わないで。

「ご、ごめんわたし、」

空気に耐えられなくて、意味もなく謝ると、不意に忍足くんがわたしを包み込むように抱きしめた。え…、え?

「おお、忍足くん!?」

名前を呼ぶと更にぎゅう、と力を込められて、そうしてほしいからな、名前を呼んだわけじゃないんだけどな!と軽いパニックに陥ってしまった。すっぽりと忍足くんの腕の中に納まっているこの状況は、友達同士なら普通なんだろうか?よくわからないけど、嫌ではなかった。

「わ、わたし手濡れてるから、忍足くん濡れるよ?」
「いろいろと反則やからやろ!」
「え、ご、ごめん」

ばっと我に返った顔で忍足くんはわたしから離れた。顔を真っ赤にして、だけどなんだか嬉しそうで、わたしまで嬉しくなった。