友情と恋の相違点



楽しかったクリスマスは終わり、年が明けた。

忍足くんはセンター試験を無事に終え、残るイベント事は卒業式だけとなった。



「バレンタイン?」
「え、もしかしてバレンタイン知らん?」
「いや知ってるけど、わたしにはずっと無縁の行事だったから」
「女の子がみんな名字さんみたいな考えやったらええのに…」
「…?」

「おいそこ二人!何をこそこそ話してんねん俺も混ぜろや!ちゅーか俺今日主役!」
「お前はどんだけかまってちゃんやねん」

そうだった。忘れていたわけじゃあないけど、今日は忍足くん大学ギリギリ合格おめでとうパーティーだった。忍足くんの努力は晴れて結ばれ、彼は見事にK大の医学部へ現役合格をしてみせたのだ。

まさかこんなにも早く再び我が家に二人を招待出来ると思ってなかったから嬉かった。母もお祝いということでいつも以上に気合いをいれて晩御飯を作っている。

「あーええ匂いしてきた。腹へったなあー、名字のおかんの飯めっちゃ美味いよなあ」
「まあそこは否定しないよ。作り過ぎることが多いけどね」

ごろん、とまるで自分の家のように寛ぐ忍足くんとは反対に、白石くんは絨毯の上で胡座をかいているだけだ。
他人の家でこんなにもリラックス出来る忍足くんは本当にすごいや。

「あー、名字んちは居心地ええなあ」
「そうかな?」
「このまま泊まりたいくらいやわー」

ふと前にクラスの誰かが、今日は泊まっていきなよー、と誰かに誘っていたのを思い出した。友達同士はお泊まりも有りなのだろうか。

「…泊まる?」
「へ?」
「ちょ、名字さん?」

飛び上がって目を丸くする忍足くん。白石くんも、わたしの発言に驚きを隠せなかったみたいだ。そんなにおかしなことだっただろうか。でもわたしが聞いた会話はなんだかもっとさらっとした感じだった気がする。これ食べるー?いるいるー、みたいなノリだ、確か。

「あ、い、嫌かな?」
「いやそういう問題じゃなくて、なあ謙也」
「せ、せやで。それに名字がよくても名字のおかんが許さんやろ」
「なるほど。ちょっと聞いてくる」

す、と立ち上がってすぐに部屋を出た。わたしがいなくなった部屋で二人はどうするか話し合い始めた。

母は一言、「いいに決まってるじゃない」とさも当然のような顔をして言った。お父さんがいたもしかしたらだめかもしれないけど、いないからなあ。オッケーである。

「いいってー」
「マジか!」
「ほらやっぱ俺の言うた通りやんか。そもそもお前が泊まりたいとかぼやくからこんなことになったんやろ!」
「そんなつもりで言うたんとちゃうわ!ちゅーかなんでオッケーやねんお前んちのおかん…!」
「あともうご飯出来るから降りてこいって」
「どうする謙也?ちゅーか俺ら着替えないんやけど」
「そうだね。わたしのは、」
「入るわけないやろそんなスモールサイズ!俺も白石も180近くあんのに!」
「ですよね。じゃあお泊まりはまた今度にしよう」

少し残念だけど、と目を伏せて机の上のトランプを片付ける。

「おい謙也、俺は別にどうでもええけどお前このチャンスを無駄にするつもりなんか?」
「そ、そんなこと言うたってお前、せめてパンツは履き替えたいやろ…!」
「せやったらお前自分ちまで着替えとりに行って来いや。ついでに俺の分も」
「はあ!?なんでやねん!どんだけ泊まりたがりやってなるやろそんなん」
「ならんならん。多分この話も友達同士はお泊まり会するもんなんやと誰かから聞いたかなんかで持ち出してきたんやと思うで」
「どんだけ俺ら信用されてんねん…、ほんま心配んなるわ」
「ここで拒んだらきっと名字さんごっつ悲しむで…。可哀想やなあ」
「……」

内容はよく聞こえないけど、二人でこそこそと何かを話し合っているみたいだ。180近い男同士が…なかなかに気持ち悪い光景だなあ。

話し合いが終了したのか、忍足くんはわたしをじっと見つめた。というよりこれはもうほぼ睨まれている。

「名字、…お、お言葉に甘えさしてもろてええんか?」
「え?あ、う、うん。もちろんだよ」
「じゃ、じゃあ、」

泊まらさしてもらうわ…、と何故かほんのり頬を染めて忍足くんは目を逸らした。な、何?気持ち悪いんだけど。

「俺らパンツないから後でコンビニに買い行くわ」
「えっ、あ、そ、そっか」

白石くんはさらっと言ったけど、下着のことは考えてなかった。流石にわたしのを貸すわけにはいかないもんね。あ、だめだ、なんか急に恥ずかしくなってきたぞ。

丁度いいタイミングで母が下から「ご飯出来たから降りておいでー」と呼びかけてくれた。わたし達は揃って階段を降りて、ひとまず晩御飯の時間とする。


晩御飯はいつになく豪華なメニューだった。わたしの誕生日の時よりも豪華ってどういうことだ。

「遠慮せず食べてねー」
「あ、はい!」

姿勢よく座って食べる白石くんに、ものすごい速さで箸を進める忍足くん。そう言えばこの二人ってなんで仲良くなったのかな、と少し気になりつつ、わたしも目の前の料理に舌鼓した。

「ところで、今日ほんまにええんすか?俺ら泊まっても」
「いいに決まってるじゃない!この日を夢に見てたのよ!」
「ゆ、夢?」
「ほら、この子友達いなかったから。嬉しいのよ。舞い上がってこんなにたくさん作っちゃったけど…」

白石くんの質問に、余計なことを加えて返す母は、本当に今にも嬉し泣きしそうな程ほっとした顔をしていた。こんな話やめてよ、なんてこんな空気で言えなくて、わたしは一人黙々と箸を動かした。

「じゃあ後でお母さん二人の下着買ってきてあげるわね!」
「「ええ!?」」
「ちょ、お母さん流石にやめてそれは」
「いやーあのね!私男の子も育ててみたかったのよ!下着とか服とか勝手に買ってきて文句言われる、みたいな?もー憧れで!」
「…なんかごめんね。気にしないで、後でコンビニ行って来ていいから」
「いや、俺らは別に…なあ白石?」
「まあ、手間省ける言うたらそうやけど」

二人の意外な反応に戸惑いを隠せない。結局晩御飯を食べ終わった後、母は陽気に近くの大型スーパーまで行ってしまった。本当に同じ血が流れているのかと疑問に思う程わたし達親子は似ても似つかない部分ばかりである。

*

「あーあったまったー」
「ん、ほな俺も風呂借りるな」
「うん、どうぞどうぞ」

忍足くんが遠慮のない性格というのはわかりきっているので何もつっこまないけど、なんかすごい寛いでいる。
タオルでがしがしと頭を拭きながら、「牛乳ってある?」とか図々しく聞いてくるあたりが特に。言われるがまま牛乳を取りに一階に降りるわたしって一体…。

忍足くんと入れ替わるようにして白石くんがお風呂場に行ってしまった今、部屋にはわたしと彼の二人きりだ。コップになみなみ注いだ牛乳を一気に飲みほした忍足くんの鼻の下には、白い髭が出来ていた。子供か。

いつもきちんとセットされた髪が、今ではぺたりとやる気を失ったかのように下りている。髪型が少し違うだけで、こんなにも雰囲気が変わるものなんだなあと、こっそり彼を盗み見していた。

わたしの視線に気付いたのか、忍足くんは「何?」と首を傾げる。

「あ、いや…、あっ、そ、そのTシャツ小さくない?」
「ん?、ああコレな!まあちょっとキツいけど気にせんでええよ。ちゅーかこれ誰の?」
「なんかお父さんが昔着てたやつらしい。とってあったんだって」
「そうなんや。名字のおとんにも会うてみたかったなあ」

さらりとそう呟いた忍足くんの言葉が胸に溶け込んでくる。自分から父の話はしていない。多分二人とも言わなくたって察してくれていたんだと思う。だからこそこうして父に会ってみたかったと何気なく言ってくれたことが嬉しかった。

「忍足くんって兄弟いるの?」
「おるで、弟が一人な。生意気やでー。まあ仲はええ方やけど」
「わたしも会ってみたいなあ。忍足くんの家族に」

ふ、と笑うと、「え、…え!?」と急に耳まで赤くして、こっちが恥ずかしくなるじゃないか。

それから忍足くんとは、最近見た映画の話とか、いないのをいいことに白石くんの話をしたりした。本人が戻ってきたしまったので、その話はそこで強制的に終わった。

「…し、白石くん」
「ん?」
「いっいや、なんでもない」

お風呂上がりの白石くんは、どうしたらいいかわからない程の色気に包まれている。水も滴るいい男というのは正に彼のことか。卵のように綺麗な肌に、しっとりと水分を含んだ髪。思わず視線を奪われてしまう。

「し、白石!髪!髪乾かさな風邪引くで!」
「は?お前こそ、」
「俺はええねん!自然乾燥派やから!でもお前ちゃうやろ!な!今日は俺が乾かしたるさかい!」
「なんやねん急に、気色悪い」
「たっ、たまにはええやんか、なあー?」

ほとんど無理矢理白石くんの髪を乾かすことに持っていった忍足くんは、わたしにドライヤーを持ってくるよう申し付けてきた。さっきから思ってたけど、ちょいちょいわたしに命令してくるなこの人。

仕方なく下にドライヤーを取りにいって、忍足くんに渡してあげる。窮屈そうにTシャツを着こなす男二人が髪を乾かしあっているなんて…つくづく気持ち悪い光景である。

「じゃあわたしもお風呂入ってくるから」
「おん、いってらっしゃーい」

いってらっしゃいなんて母以外の人に初めて言われた。あ、いや、近所の人たちにも言われたことあるな。


湯船に浸かりながら、あの日忍足くんに友達だと言われた日からのことを思い返していた。過去のことを思えば、今が本当に夢なのか、それとも今までが夢なのかわからなくなる。

ふと、今日の白石くんの言葉を思い出した。バレンタイン、か…。告白なんてしないけど、渡してみてもいいのだろうか。前にも一度お礼は言ったけれど、改めて感謝の気持ちをこの機会を利用して伝えたい。忍足くんと出会って、瞬く間にわたしの日常は明るくなっていった。つまりは忍足くんがいなければ、わたしはずっと一人のままだったわけである。

「うん、よし!」

ぱしゃ、と湯船の湯を顔にかけた。わたしはバレンタインに、忍足くんに気持ちを伝える。

ありがとうって、それならきっと受け取ってもらえると思うから。