君の隣は誰のもの




「プレゼントこうかーん!」

イェーイ!と盛り上がるクラスメイト達。だけどわたしは今、楽しい気分ではない。

用意してきたプレゼントを鞄から取り出して、指示を待つ。どうやら音楽に合わせてそれを左隣の人に回していくという簡単なルールらしい。

隣には住谷さん。忍足くんが持っている、彼が用意してきたプレゼントをわたしは密かにチェックした。なるほど、グリーンに白のドット柄に、赤いリボンか。回ってきたらすぐに住谷さんへ渡そう。

協力、というのは具体的にどうすればいいのかわからないから、わたしなりにそんなことを考えた。大丈夫、さっきより心臓は活発に動いてないし、うん、大丈夫だ。

BGMは有名なクリスマスソングだった。一定のペースで次々に回ってくるプレゼントを、同じように一定のペースを保って住谷さんへと回す。ああ、もうすぐだ。もうすぐ忍足くんのが回ってくる。

きた!と思った瞬間に、BGMはピタリと止まった。

「え…」

手元にあるのは、さっきこの目でチェックした、グリーンに白のドット柄、赤いリボンがしっかりと結んである。

「っあ、住谷さんこれ、交換しよう…!」
「…ええの?」
「う、うん…!」

これはずるだ。ルール違反だ。だけどきっと、こうしなきゃ住谷さんが悲しむから…。

「ありがとー!ねーこれ謙也のー?」

すっ、とプレゼントがわたしの手元から攫われた。住谷さんはわたしの隣からすっと消えて、一番前で早速プレゼントを開ける忍足くんの元へと行ってしまった。

代わりに渡されたのは、白い包装紙につつまれた、中くらいの箱だった。右端にはMerryChristmasとプリントされたシールが貼ってあって、包装紙の一番見えやすい場所には、"揺らすな"と手書きで書かれている。

「あ、それ俺のやつや」
「え、白石くんの?」
「おん」
「あ、そ、そうなんだ」
「開けてみ?」

そう促されてはここで開けないわけにもいかず、わたしは丁寧に包装紙についているセロテープを剥がしとった。揺らすな、と書くくらいだから何か壊れやすいものなのだろうか。少しだけ期待に胸を膨らませて、箱の蓋を開けた。

「…わあー」
「ははっ、リアクションうっす」
「いや、感動してるんだよこれでも」
「あ、そうなん?そらよかった」

中に入っていたのは、たくさんのフルーツが乗ったショートケーキだった。どういう仕組みか箱の内部に小さなライトがついていて、フルーツがキラキラと光ってみえる。まるで宝石箱の中を覗いている気分だ。

「こ、これ、すごい。発想が、すごいね」
「俺も見つけた時これええやんって思た。実はプレゼントのことすっかり忘れとって、ここに来る前慌てて買いに行ったんやけど、ええのあってよかったわ」

なまもので申し訳ないけどなー、と笑う白石くん。道理で忍足くんが自分が霞むと思うわけだ。両親以外からもらった初めてのプレゼントが、こんなに素敵なものでいいのだろうか。

「ありがとう。嬉しい」
「…名字さんて、やっぱ可愛いなあ」
「え、い、いきなり何を、」
「いや、謙也の気持ちもわかるってだけ」
「…?」
「今はわからんでええよ」
「…変なの。あ、そうだ、白石くんは何だったの?プレゼント」
「あー俺?俺は、これ」
「…何これ、カブトムシ?」
「キーホルダーやて。ウケ狙いのつもりでカブトムシなんやろうけど、」

俺カブトムシめっちゃ好きやねん、と嬉しそうにわたしに見せびらかしてくる白石くんのことを、初めて気持ち悪いと思ってしまった。



午後10時、クリスマスパーティーは終了し、各々家に帰る人もいれば、今日泊まって行きなよーとお泊りを計画する人もいる。もちろんわたしは、即時帰宅だ。

「名字さん一人で帰るん?送ろか?」
「い、いいよ。悪いから」
「いやでも女の子一人は危ないて。…あ。謙也ぁー」

その名前にびくりと反応したのはわたしの方だった。やめて、呼ばないで。いい、大丈夫、一人で帰れるから。

「おう白石!なになに?」
「いや、名字さん一人で帰んねんて。お前送ったれや」
「またか!夜道はな!危ないんやで名字!ほら、俺の後ろ乗り!」
「…あ、いや、」
「謙也ー!やっぱあたしも帰ることにするー!」
「はあー?住谷、お前さっきアイツらとパフェ食いに行く言うてたやんけ」
「気が変わったのー。てことで…送って!」
「お前は…!あっ、白石に送ってもらえや!なあ!」
「白石より謙也の方が家近いやんかー」
「…はあ。あーもー!すまん白石!名字のこと頼んでええか?俺このアホ女送って行くさかい」
「誰がアホ女やねん!」
「お前じゃボケ」
「…わかった。ほな行こか、名字さん」
「え、あ、でも一人でも、」
「あかん。何かあってからじゃ遅いんやで」
「…はあ、じゃあ、すいませんが」

「また1月にな、名字さん!」
「うん。良いお年を、住谷さん。忍足くんも」
「おう!じゃーな白石、名字ー!」

わたしは一度も忍足くんの目を見ることは出来なかった。心臓がどくどくと、まるで震えているみたいで、早く二人でどこかへ消えればいいのに、とそんな汚い感情が、わたしの中にあることが怖かった。

白石くんは、忍足くんとは反対にとてもゆっくり運転してくれた。だけど二人とも共通して、マフラーを持っていないわたしに自分のそれを貸してくれた。どこまで優しいんだ、わたしの友達は。

「あのくそアホんだら、なんもわかってへんな。腹立つわー」
「…?」
「名字さん、はずれとったらごめんやで?」
「うん」
「住谷になんか言われた?」
「…」

この人はすごい、なんでもお見通しだ。こういう人のことを本当に頭が良いというのだろうか。わたしには、わからないことがまだまだたくさんありすぎて、自分でもよく理解しきれてないというのに。

白石くんの背中に小さく「うん、」と返事を返すと、「やっぱりなー…」と返ってきた。やっぱりなのか。

「あれ、家どっちやったっけ」
「あ、そこ左」
「おう、せやった左や」

マフラーからは、白石くんと同じ匂いがした。香水じゃない、白石くんの匂いだ。

「…白石くん、ネコちゃん飼ってる?」
「え?ああ、うん。…あ、毛ぇついとる?」
「うん」
「コロコロしてきたんやけどなー」

忍足くんってイグアナ飼ってるらしよ、ととっくに彼が知っていそうなことを話題にしても仕方ない。だけど浮かぶのは全部、忍足くんの話題だった。
白石くんと一緒にいるのに、わたしの頭の中は忍足くんのことばかりだ。我ながら失礼な奴だなあと思うから、せめて話題には出さないでおこう。

途中コンビニに寄ったわたし達は、中で冷えた身体を温めたあと、再び外へ出た。

「ん、これ」
「え、いいの?」
「ピザまん好き?」
「うん。ピザまん派」
「そうなん?俺もやで。チーズがなー、やっぱこのチーズが美味いよな」
「わたしもチーズ好き」
「おお!気ぃ合うな!」

はは、と笑う白石くんから、白い息が零れる。雪はまだ降らないだろうなあ、と黒い空を見上げて、ピザまんを口に入れた。…美味しい。

「謙也はな?肉まん派やねん」
「うん、知ってる。肉まんもらったことある」
「お、アイツもそろそろモテテクを覚えだしたか」
「モテテクなの?」
「まあ名字さんには効きそうにないけどな」
「…よくわからないけど、もらえるものはもらっとくよ」
「はは、それがええよ」

白石くんと仲良くなるまでは思わなかったけど、この人は思っていたよりよく笑う人だ。愛想笑いなのかどうか本当のところはよくわからないけど、"喋りたい奴と喋る"と言うくらいだ、きっと笑いたい時に笑っているんだと思いたい。

「謙也は誰にでも優しいからな」
「…?、うん」
「それがアイツのええ所なんやけど、」
「…」
「みんな平等にしとったら、不安になるやんなあ?」

不安?…この胸の痛みは、不安だからなのだろうか。友達が、友達にとられて、離れていってしまうんじゃないかって…?

「不安とは、少し違うのかも」
「じゃあなんやと思う?」

早くも食べ終わった白石くんは、わたしの瞳をじっと見つめる。なに、と聞かれれば、それは難しい問題なのだけど。

「多分これは、よくないことなんだと思うんだけど、」
「…うん?」

「わたしは忍足くんを、ひとりじめしたいと思ってるんだよ」

わたしだけの、友達でいて欲しい。一番にわたしを気にかけてほしい。なんて我が儘なんだろう、なんて欲張りなんだろう。だけどこうして自覚すればする程、この思いは強く濃くなっていく。

「…はは、名字さん大胆やな。俺それ聞いてもええの?」
「うん、いいの」
「…住谷にさ、言われたのってアレやろ。謙也のことが好きやから、協力してほしい、やろ?」
「えっ!う、うん!すごいね、なんでわかるの?」
「経験の差ーかな?」

お、大人だなあ…!感激して思わずピザまんを握りつぶしかけた。危ない危ない。ああもうこれ一口でいっちゃおう。

「住谷にだけ協力者がおるのも不公平な話やんなあ?」
「まあ具体的に何をすればいいのかは、よくわかってないんだけど」
「でも謙也のことは独占したいんやろ?」
「ど、独占というか…ほ、欲しい!」
「それ謙也に言うたらあかんで。抱きしめ殺されるから」
「?」
「とにかくや。名字さんはそのまま住谷に協力したったらええ。ちゅーても何もせんでええ。いつも通りにしとき」
「わ、わかった」
「選択権は謙也にある。せやけど名字さんの協力は俺がしたる」
「わたしは本当に何もしなくていいの?」
「ん、俺にまかしとき」

いつも頼もしいとは思っていたけど、まさかこれほどまでに頼りがいのある人だったとは。流石モテる男は違うなあ、と感心しつつ、師匠に抱くような尊敬の念を、白石くんに抱くようになった。