「手塚くーん!パン買ってきたよー!」
「ああ、ありがとう」
「はいこれ、お釣り」
「…いや、わざわざ買ってきてくれたのだし、それでジュースでも買えばいい」
「え!いいの!?」
「もちろんだ」
「てっ、手塚くん!キミって人は!」

思わずがばっと抱きついてしまった。何故か動揺し始める手塚くんに、にこにこしている不二くんや菊ちゃん。

「(すっかりパシり体質だなあ名前は)」
「(手塚の奴、女の子にあんな密着されたの初めてで動揺してるんだろうにゃー)」

「えっ、何、何で二人ともわたしの頭を…」
「なんか撫でたくなったから」
「名前は本当可愛いにゃあ」

にゃあとか言ってる菊ちゃんも相当可愛い顔してるよ?ていうか童顔だよ?と言いたいけどまあいいや。この二人に撫でられるのは悪い気しないし、と大人しくされるがままになっていたら、突然不二くんも菊ちゃんも、ひいては手塚くんまでわたしからべりべりべりっと剥がされた。

「!…リョーマくん!久し振り!」

わたしの挨拶に対して返事はない。ぶっすーといつになく仏頂面のリョーマくん。そんなに眉間に皺寄せてると本当にとれなくなっちゃうよ?知らないよ?

「ど、どしたのリョーマくん、えらく不機嫌だねえ」
「(久し振りの登場だからだろうなあ)」
「(一年だからどしても名前と壁は出来ちゃうよな、おチビ)」

「越前、何かあったのか?そんなに皺を寄せているととれなくなってしまうぞ」
「いや、アンタに言われたくないんスけど」

「「「(ごもっともだ…!)」」」


「先輩、俺こんなのあるんスけど、行く?」

ポケットから無造作に出されたそれは、アクアマリンパラダイスというここいらじゃ有名な水族館のチケットだった。

「4枚しかないけど」
「俺と、名前先輩、菊丸先輩に、ここにはいないけど大石先輩。はいこれで4人」
「不二くんと手塚くんは?」
「チケットないけど自腹で来るなら来ればいいんじゃないスか?」

「完全にナメられてるね、手塚」
「ああ、全くだ」

手塚くんが少しだけフッと笑ったから、あまりのレアさについ、「もう一回笑って!」とお願いした。本人も無自覚だったみたいで、すぐにいつものサイボーグみたいな手塚くんに戻っちゃったけど。てかわたしナチュラルにこの不良達と仲良くしすぎじゃないか?今気付いたけど、自分が自分でちょっと怖い。

「それならお前の言う通り自腹を切って行こう。なあ不二」
「僕も?ナメられたのは確かに腹立つけど、別に水族館興味ないしなあ」
「…来ないのか」
「何、気持ち悪いよ手塚。来てほしいならはっきりとそう言わなくちゃ」
「……来てほしい、ことはなくもなくもある」
「うん、じゃあいいよ」

「「「(さすがナンバー2…!)」」」

結局この場にいるメンバー全員+大石くんとみんなで放課後、アクアマリンパラダイスに行く事が決定した。


水族館の中自体は割と暗くて、意外にも大人っぽい雰囲気だ。わたしとリョーマくんが並んで歩くと、身長も近いし、周りからみたらとても可愛い光景なのかもしれない。リョーマくんってペンギンに似てるな…。

「あ!サメ!あれサメじゃん!かっこいいー!」
「ちょっ、先輩、走ると危な、」

リョーマくんに止められても止まらなかった、のがいけなかった。人にぶつかることに関してはプロ並みの腕前を持つわたしは、今日もまた誰かにぶつかってしまった。

「ご、ごめんなさい…!」

頭を深々と下げて、少し間を空けて恐る恐る顔をあげると、見事なリーゼントの強面ヤンキーがそこに居た。

思わず「ひいっ!」と悲鳴をあげてしまった。しまった、余計怒らせちゃう!と慌てて両手で口を塞ぐ。どうしよう、この見た目だけでわたし失禁しちゃいそう。それ程にこの人の持つオーラといい容姿といい、迫力満点で激怖なのだ。

「青学ですか…」

ふるふる、わなわなと、身体を震わしている。見えているのはわたしだけ?んなわけない。この人、わたしを殺す気だ…!

「君、手塚国光という男を知っていますか」
「え?て、手塚くん…?」
「俺と同じで、眼鏡をかけたサイボーグのような男です」
「え、えーと…」

キミもなかなかサイボーグの素質のある喋り方だけどね。とつっこみたいけどだめだめ、絶対だめだ。唯一少し敬語がなまっているところが人間味あるし…。

手塚くんを知っているかと聞かれて、はい知っています、と答えたらなんだかロクな事がない気がする。だからして、わたしは少し離れた場所でイソギンチャクに夢中な手塚くんを指差した。

「あ、あそこにいますよ」
「!?」

手塚くんの姿を見つけるなりそのリーゼントさんは今にも手塚くんに向かっていきそうな程怒りに震えていた。昔手塚くんと何かあったのだろうか?彼は一方的に誰かを傷つけるような人じゃないから、多分きっとキミにも原因はあったはずなんだと思うけど…。

「永四郎ーっ、あっちにヒトデとか居たさー!…ってあれ、永四郎!?」
「裕次郎!あそこに手塚がっ、手塚がいるばあ!」
「えあっ!?」

色黒、色黒、色黒。この水族館がいくら暗いからってこの人達黒過ぎやしないか。リョーマくんを見ると、あまりの白さに恋に落ちちゃいそうだよ…!(冗談だけど)

金髪の人が永四郎、と呼ばれるそのリーゼントくんを一瞬にして後ろから両腕を掴んで止めに入った。まるでサメのようにギラついた目つきで離れた所で未だイソギンチャクに夢中な手塚くんを睨みつける。

「りょ、リョーマくん、あの人達と知り合い?どうしてあんなに怒ってるの?」
「さあ?負けた腹いせとかじゃない?」

わざと色黒三人組に聞こえるようにリョーマくんは言い放った。今度の標的はリョーマくんだ。

「やー、今何て?」
「やーって何。俺都会っ子だからわかんないんだけど」
「「…!」」
「っちょ、リョーマくん!」

「言ってくれますねえ越前君。さすが青学の一年ルーキー。生意気にも程がある」
「永四郎、わんがやるさ。こんなチビっ子5秒もあれば十分やし」
「へえ、5秒ね。数えててあげるよ、おにーサン」

相変わらずリョーマくんの逆撫でスキルは全国一だ。まさかここが水族館と知ってて今から喧嘩をおっぱじめるつもりなのか、と改めて不良の非常識さに引いてしまう。どこに行っても不良は不良…そう言えばこの色黒三人組はこの水族館に男だけで一体何をしに来たんだろう。ナンパ目的?それにしてはさっきヒトデとか言ってはしゃいでたな。普通に遊びに来たんだとしたかなりウケるからやめてほしいんだけど。


「永四郎!やめるさー!」

低すぎる声に、ぴたりと止まるリーゼントくんの拳。声のした方を見ると、とてつもない巨人兵がそこに立っていた。

「ぎゃ、ぎゃあああでたあーーー!」

ガリガリおばけえええ!と思わずリョーマくんに抱きついた。何あれ、色黒でガリガリの巨人おばけ!しかも隣にもなんかいた!デブくておっきいのが!怖い!マジ怖い!もうやだ何この水族館怖いよ!

「先輩良く見て、あれ人間だから。ってか流石に失礼だから」
「え?」

そろ、ともう一度おばけの方を見みると、…よ、良く見たら人間に見えなくもなかった。半透明じゃないし、ほ、本当に人間?なの?

「…慧君、わん、おばけって…」
「知念、気にすることないど」

「しゃ、しゃべっ、喋ったよリョーマくん…!」
「喋るよ、人間だから」

「慧君…」
「わーはやーのどぅしぐわあ。気にするな」
「…にへーでーびる」

「先輩がいじめるからテンション駄々下がりっスよ、あっち」
「え、うそ、ごめんなさい」
「俺ももう喧嘩する気なくなったからさ」
「ほ、本当?」
「うん、本当」

リョーマくんの方が年下なはずなのに、そんな風に微笑まれたら何も言えなくなってしまう。よしよしと頭を撫でてもらって、周りの空気がぽわんと和んだ気がした。

「アンタらとやる気なくなったからやるならあの人とやりなよ」

あの人、とリョーマくんは手塚くんを指したけれど、もう色黒三人組もすっかり戦意を喪失しているように見えた。おばけとおデブさんが来たから、そっちも空気がまろやかになったのかしら。

「き、キミ達は今日は魚を見に来たんでしょ?」
「…それは、そうですが」
「じゃあ一緒にまわろうよ。…さっきはひどいこと言ってごめんね」
「や、やーの方こそ、驚かせてわっさいびーん」
「わ、わっさい…ビン?」
「こちらでは、ごめんという意味ですよ」
「へー!わっさいびん!」
「びーんです」
「びーん!」
「子供ですか貴女は」

リーゼントくんが初めて笑った。わたしもびっくりしたけれど、それ以上に、仲間の4人の方が驚いているみたい。この人が笑うのってやっぱり珍しいんだ。つくづく手塚くん第2号だなあ。ちょっと捻くれてるっぽいけど。

「越前君、君のお姫様がどうしてもと言うので一緒に回ることにしましょう」
「別に俺だけのじゃないんだけどね」
「…成る程。ライバルは多い方がいいじゃないですか」
「少ない方がいいに決まってるでしょ。アンタ馬鹿なの」
「なっ…!

「リョーマくん!あっちペンギン!ペンギンがいるらしい!キミに似てるよ!」
「……」
「…ぷっ、確かに似てますね」
「…近々比嘉に殴り込みに行くよ」
「望むところです」