吹 「ねーねーキミ!何、待ち合わせ?」 「え、な、ナンパ!?」 「あはは、まあそうだけど、ストレートに聞くね〜」 「わ、わたし暇じゃないんで!」 「え〜?じゃあさ、待ち合わせって何時?相手が来るまででもいいからさ、ってかアド交換しない?」 「いやです」 ヤンキー以外に絡まれることなんて今までになかった気がする。でもこういう軟派な奴等は下手するとヤンキーより質が悪いと思うんだ。だって暴力は振るわないにしても、結局蛇みたいにしつこいんでしょ? 「じゃあ俺のだけ教えるからさ、気が向いたら連絡してよ」 「気なんか向かないですから」 「てかキミいつから待ってんの?結構前からいるよね?」 だって遅刻したら殺されそうじゃないか!相手はあの…あの…! 「あっ、キングー!おーい!こっちこっち!おーい!」 「!、ああ、待たせたな!」 「いやいやいいんだよ」 「…なんでてめーがここにいんだ?おい」 「や、やあ、気遇だねぇ跡部。キミもこの子と知り合いなんだ?ぐ、偶然だなあ!」 「?、おい豆、お前千石と知り合いだったのか?」 「え、千石?」 この軟派男の名前は千石っていうのか。なんか武将みたいな名前だなあ。っていうのはまあどうでもよくて。今会ったばかりだから知り合いではないよね? ちなみにあの事件以来キングとわたしはちょくちょく連絡を取り合っている。わたしから連絡したことは一度もないけど、見掛けによらず割と良い奴ということがわかって誤解も解けた。今日はキングがわたしに昼ごはん奢ってくれるっていうから来ただけだ。まあ美味しい話には食いついとかないとね!あとこの人相当お金持ちらしいから胡麻すりしとかないと! 「今日初めて会ったよ」 「あん?じゃあなんでここにこいつがいんだ」 「突然現れたんだよ。ねーねー彼女〜!って」 「お前…似てるな」 「え?ホント?」 「似てないから!俺ってそんな下衆な顔してた!?」 「してた」 「てめーは普段から下衆野郎だろ」 「ひでぇ!なんだよもー!俺が悪者みたいなこの空気!」 悪者、というわけじゃあない。本当の悪者に絡まれた事のあるわたしが言うんだからそれは間違いない。でも個人的にはお腹も空いたし早く諦めて帰ってほしいかなってね、思うわけですよ。 「てかキミと跡部はどういう関係なワケ?付き合ってんの?」 「誰がこんな豆と!」 「ていうかさっきから豆ってひどくない!?」 「アーン?豆に豆って言ってどこが悪ィんだよ。チビだし」 「豆よりはでかいよ!」 自分はキングってあだ名だからってさあ!まあわたしが勝手に呼んでるだけだけど。 「せ、千石くん?にはごめんだけど、わたし達これからランチに行くんだ。しかもね!すっごいとこなんだって!箸とか絶対置いてないの!すごくない?うらやましいでしょ」 「いや、別に羨ましくはないけど…せめてキミの連絡先だけでも教えてもらえない?そしたら俺帰るからさ」 「だからいやだってば」 「じゃあ跡部、キミは知ってるんだろ?この子の連絡先」 「あ?ああ、まあな」 「いやドヤ顔はいいからさ、教えてくんない?」 何て奴だ、また聞きなんて最低!ってかどんだけわたしとメールしたいんだよ! 顔は悪くないけど中身がわたあめより軽いなこの人。どうせとっかえひっかえしてるんだろうし、こういう男には絶対引っかかっちゃいけないって親友ちゃんが言ってた。 「本当に教えたら帰るんだろうな?」 「当り前じゃん。俺冗談は言うけど嘘は吐かないよ」 「なるほど、よし!」 なるほど、よし!じゃねぇよ!なになに、何してくれちゃってんの!?え、普通嫌がってんのに人のアドレス教えちゃう!?常識的に考えて…ああ!キングに常識なんて通用する訳ないんだった!全てにおいてひとつネジがはずれてるんだもん、そうだよね。もういいよ、教えちゃえよ。連絡来ても無視すればいいだけだしね。 千石くんにキングがわたしの連絡先を教えてしまうと、彼は本当に帰って行った。それはそれは上機嫌で、よかったねとしか言いようがない感じ。 「…はあ、行こっか。お腹空いた」 「ここから歩いて数分なんだが、車呼ぶか?」 「え?いやいや、歩くよ!?」 「そうか、俺も今日は歩きたい気分だ。気が合うな」 一回も気なんか合ったことないと思うんだけど、まあいいか。どんな料理が出てくるんだろう?今日のためにマナー講習のページをネットで検索して勉強したから抜かりはない。想像してるのよりきっともっとすごいところなんだろうなあ。キングに出会えてなかったら一生行く事なんてないところだもん。 千石くんと別れてわたし達は目的の場所へ足を進めた。するとすぐに携帯が鳴って、鞄から出して開いた。 「メール?…早っ!」 「千石か?」 「う、うん。みてこれ、すごいチャラついてる」 当然デコメ、ではあるんだけど、文字より絵文字の数の方が多いんじゃないかこれ。女子より女子なんだけど。こんなんじゃ一生彼女出来ないよ千石くん。と返信したいところだけどだめだめ、返信は絶対しない。 画面を見つめたまま歩いていると、不意にキングがわたしの肩をぐいっと自分の方へ引き寄せた。何事!?とキングを見上げると、「っぶねぇ、ぶつかるところだったぞ、豆」と眉根を寄せて怒られた。最後の豆が大分余計だけど、「あ、ありがとう」とすぐに携帯を鞄にしまった。 「前見て歩けよ」 「う、うん、ごめん」 「お前もそうだが、相手もだ」 「…キングって、意外と優しいんだね」 「あ?別に普通だろ」 優しいよ、と笑って言うと、照れ臭いのかそっぽを向いてしまった。なかなか可愛いところもあるじゃないか、とわたしもキングとは逆方向を見た。 ふと、向かい側の路地に見えた。小さな女の子が集団に絡まれている。お腹が空いているのはまあそうなんだけど、どうにも他人事とは思えない。自分が絡まれている時、誰か助けてって心の底から願ってるのに、誰も助けになんて来てくれない。皆見て見ぬフリをする。 わたしは誰よりもあの恐怖を知ってる。だからこそ、助けてあげたいと思ってしまう。 「ちょっとごめん!待ってて!」 「?、ああ」 横断歩道なんてないけど、車が丁度来てないタイミングを見計らって、道路に飛び出た。たまたま死角になって見えてなかった車が来て、慌てて止まる。び、びっくりしたー!轢かれるところだった! 「豆!てめー何してんだバカ!戻れ!」 後ろでキングが怒ってる。道路の真ん中まで来て今更戻れるかあ!と思いつつ、わたしはキングの言う事を無視して道路を突っ切った。息を切らして急いで現場へ向かう。なんか新米の刑事みたいだなあわたし。 「いいから黙って金出せよ!」 「だからボクはお金なんて全然…!」 ぼ、ぼく?男なのかキミ!と突っ込みたくなったけどぐっとこらえた。「か、カツアゲ反対!」と勇気を出して声を出すと、3人組が一斉にわたしを睨みつけた。一瞬で氷みたいに固まって、動けなくなる。わ、わ、どうしよ、思った以上に強面だよ…! 彼女、じゃなくて彼はわたしと同じくらいの背丈で、実際顔なんかは女のわたしなんかより全然可愛い。これは絡まれちゃっても仕方ないぜキミ…と思いつつ、彼を庇うように前に立った。 「なんだテメェ、正義のヒーローごっこでもやってんのか?」 「そいつを庇うって事は、代わりにアンタが金出してくれるんだろ?」 「お金なんか持ってないし、持ってたとしてもあげるわけないじゃん!」 そう言うと、後ろの彼がわたしの服の裾をぎゅっと掴んだ。だ、大丈夫、わたしだって怖いけど、でも、一人じゃないから。 「はあ?誰に口聞いてんだよブス」 「つーかこいつより後ろのガキの方が可愛いくね?マジ性別交換しろよテメーら」 「ぎゃははは!それ傑作じゃねー!?」 何が面白いんだよ、何も面白くねーよ。センス無さすぎ、笑いのツボ浅すぎ、知能指数低すぎ。って言いたいのをぐっと我慢して唇を噛む。それを見てわたしが悔しがってると勘違いしたのか、ぐいっと両頬を片手で挟まれる。喋れない上に苦しいし、相手の顔が近くてすごく気持ち悪い。 「金出すか、犯されるかのどっちかだ。選べ」 「後ろのテメーもだぞ。男だからって出来ねぇなんて思うなよ」 「何言ってんだよ変態野郎」 「世話の焼ける豆だぜ」 見覚えの無い顔と、聞き覚えのある声。後ろからそっと、「お姉さん、目を瞑ってた方がいいですよ」と言われたから、その通りぎゅっと目を瞑った。数秒経って、そっと目を開けると、わたしの身体は自由になっていて、更にさっきまではしゃいでいた3人はそこで伸びていた。 「え、あれ?」 「いきなり道路に飛び出すとかお前一回病院行った方がいいんじゃねぇのか」 「き、キング?ま、待っててって言ったのに」 「俺様は犬じゃねぇんだよ。待てって言われて素直に待ってられるか」 「…(ああ、って言ってたじゃん!)」 「亜久津先輩!」 「ひっつくな暑苦しい」 「やっぱり助けにきてくれたですね!」 「うるせぇ、たまたまこの道を抜けようとしただけだ」 「またまたそんな!あっ、それより…!」 くるっとわたしの方を見て、くりくりした目でわたしを見つめる。うっ、ま、眩しい!そんなチワワみたいな目で見られたら好きになっちゃうよ! 「お姉さん、ありがとうございました!かっこよくて…もう惚れちゃう寸前だったです!」 「い、いや、わたしは、その、なんていうか…」 弱いのにしゃしゃり出て、こいつらの言う正義のヒーローみたいなものにでもなりたかったのかもしれない。こんなに弱くて、結局助けたのはわたしじゃないけど。 「他人事とは思えなくてさ。キミのことが」 「ボクは慣れっこですから!」 「え、キミも?」 「お姉さんもですか?」 「うん、慣れっこっていうか、まあ、うん、そうなるよね。体質かな?」 キミもなんか豆みたいだもんね、とは銀髪の人が怖すぎて言えないけど。今時銀髪でオールバックなんて超洒落てるっていうか、この人目立つんだろうなと思う。 キングにちゃんとお礼を言って、銀髪の人にも一応お礼を言ってみる。瞳孔開いてて怖いんだけど、助けてくれたってことは、根はいい人なのかな?わかんないけど、悪い人じゃない気がする。 「じゃあボク達はこれで。本当にありがとうございました!」 「…チッ、千石の奴、どうせまた遅刻すんだろ」 「やや!今日はどうやらもう着いてるみたいですよ?」 「フン、どうだかな」 知ってる名前が聞こえたけど気の所為だろう。キングが「予約の時間、過ぎてるぞ」なんて言うから、慌てて路地を出た。空腹もMAXに達しているし、今ならどんなゲテ物でも食べれそうな気さえする。 お店に入って数分後、再び携帯が鳴ったので開いてみた。千石くんからの二通目のメールは写真付きで、さっき会った二人とのスリーショットが意味無く送信されてきた。 「キングー」 「どうした、メニューが読めないのか?」 「それもあるけど…」 「?」 「世の中って狭いね」 「は?そうでもねーだろ」 「うん、狭いや」 「…病院行っとくか?忍足のとこで診て貰えよ」 |