動 あの日、わたしはヤンキーに囚われた宇宙人の気分を味わった。いや、宇宙人もそんな気分味わったことないと思うんだけど。 ただ平凡な日常を過ごしたいだけなのに、なんで…。 「なんでこんなことに…」 「あ、すんません、おひたし的なものってないんスか?」 映画を見たあの日に、唯一この神尾くんだけにアドレスを聞かれた。あんだけ男がいてそれもどうなのかとは思ったけど、とりあえず断ったらわたしも頭突きされそうだったから素直に教えてしまった。その結果が何故こうなる?そしてファミレスでおひたし頼むヤンキーって何事だろう。和食が好きなのかな。 「あのー」 「あ?」 「えっ、と、それで、相談というのは…」 「もう本題かよ!早ェな、飯食ってからでいいっスかね」 「あ、うん、ごめん」 髪型以外は常識人っぽいと思ってたけど、意外と天然系?いやでもこの顔は結構苦労してる顔に見える。(勘だけど) 昨日の夜【相談したことがあるんスけど、明日暇?】というメールが来て、ぶっちゃけ行きたくないけど断ったらまた学園に乗り込んできそうだし、怖いから【了解しました】と返事をしてしまった。わたしのバカ!とその時は思ったけど、なんか案外神尾くんってファッションとか普通だ。リズムと英語で書いてあるちょっとオシャレなTシャツにサルエルカーゴパンツ。シルバーアクセサリーもこのくらいなら今時普通だし、これといってザ・ヤンキーには見えない。 お互い頼んだものが来て、一緒に食べ始めたはずなのに、神尾くんは約3分で完食してしまった。 「ふー、食った食った。んじゃ本題入るっスね」 「わたしまだ全然なんだけど…。まあいいや、食べながら聞くよ。どうぞ」 「え、あ、じゃあ俺待ってますけど」 「いいよ、わたし食べるの遅いから」 「そっスか。じゃあ早速。…相談っていうのはですね、」 持ち合わせがあまりないが故に頼んだミニグラタン(198円)を、フーフーと冷ましながら神尾くんを見る。心無しかさっきより顔が赤いような…! 「か、神尾くん?」 「…えと、その、俺、好きな子がいて」 「え?好きな子?」 「……ハイ。片想いなんスけど、イマイチ上手くいかねぇっていうか、全然脈なくて」 「…へー、お、おんなじ学校の子?」 「まあ、そうなんスけど…。橘さんって知ってますよね?」 「橘?え、ごめん、知らない」 「ええ!?あの超カッケー橘さんを知らない!?し、新人類かよアンタ…!」 「超カッケーんだね、うん、覚えとくよ橘さん」 「名前は橘桔平って言って、まあアンタらのとこで言うなら手塚さんみたいなモンっスね。しかも金髪だし料理とか超うめーの!おひたしは特に絶品なんスよ!」 神尾くんどんだけおひたし好きなんだ、とぼーっと聞きつつ、手塚くんのような存在ということには少し驚く。相当強いんだろうな、というのと、相当神尾くんに好かれているってことはわかった。 「で、その橘さんと君の恋愛と、関係があるの?」 「もうありまくりっスよ!だって俺の好きな子、橘さんの、い、妹…だし」 「い、妹ちゃんか…!」 ヤンキーの妹とかわたしなら絶対嫌だな。幸い一人っ子だからそんな心配はないけど。身内にヤンキーがいるなんてたまったもんじゃない。 神尾くんは頬を染めて少し照れている様子だ。はっきり言ってちょっとキモいけどそれは絶対言わない。殺されるし、奢れよとか言われたらまた食費が…!それっぽい言葉を脳内から探し出して「アタックあるのみだよ!頑張って!」とエールを送ると、突然ぎゅっと両手を両手で包みこまれた。な、何事かしら? 「名前さん!俺、どうしたらいいと思います!?こっ、告ったりしたら、橘さんにボコられるんじゃねぇかって、そっちの不安もあるけど…!てか絶対フラれるし!」 「お、落ち着いて神尾くん、手、すご、すごい力だから、ちょっと一旦落ち着こう!ね!」 「あれ?神尾?」 「え?」 金髪で超カッケー、ってもしかしてこの人が橘さん?勘で「た、橘さんですか?」とわたしの方から訪ねてみると、「ん?なんで知ってるんだ?」見事にビンゴ!当たっちゃったよ!マジか、橘さんファミレスとか普通に来ちゃう系の人か!てかシルバーアクセの量が半端じゃない! 本能で察知した。この人モノホンだ、と。橘さんの後ろからひょこっと顔を出したのは、可愛いらしい女の子。あら、橘さんもしかして、彼女ですか。一応わたしもぺこりと頭を会釈程度下げる。うわー、目くりくりだ! 「えっ、あ、杏ちゃん!?なんでっ!」 なんでとかの前に君はまずこの手を離した方がいいと思う。興奮しているのか、わたしの手をぎりぎりと握りつぶしそうな強さで握っている神尾くんは、その女の子、杏ちゃんを見るなり更に顔を真っ赤に染めあげた。あれ、もしかして。 「もしかして、橘さんの妹ちゃんですか?」 「え?ああ、まあそうだけど。てかどちらさん?」 「バカだなーお兄ちゃん、アキラくんの彼女に決まってんじゃん!こんなにアツアツラブラブなんだからそれくらい普通にわかるでしょー?」 「そ、そうなのか神尾!」 「いやいや違いますって!誤解です、てかいい加減神尾くん、手ぇ離して!」 「え?」 ダメだ、完全に杏ちゃん見惚れてる。どうにかして無理矢理神尾くんの手を剥がすと、漸く我に返ったのか、はっとしてすぐに大否定を始めた。お前が誤解を招いたんだろ。 「この子はほんと彼女とかでもなんでもなくて!てか俺は杏ちゃんのことがっ、」 「お、お!いけっ、言っちゃえ!」 「あ、お兄ちゃん席空いたってー。あたしドリア食べたーい」 「よし、じゃあな神尾。あ、そうだ、君名前は?」 「え、わたしですか?」 「そう」 「…苗字名前です」 「名前ちゃん、神尾のことよろしくな。バカだけどすげーいい奴だから」 完全に誤解されたまま橘兄妹はわたし達の前から去っていた。別に同じ店にいるわけだから、追いかけて違うんです!と言うこともできたけど、なんかもう面倒臭いや。どんだけ理解力ないんだよ。あといい人だ。 「か、神尾くん」 「ば、バカだけどすげーいい奴って…き、聞きました名前さん!橘さんが俺のことっ、俺のこと!」 「…ヤンキーってアホばっかりだ」 「え?なんスか?」 「いやいやなんでも。よかったね、君はバカでアホだけどいい奴だよ本当に」 「うわー!俺もう死ねる!」 死んじゃえばいいのに、と真っ黒な台詞を心の中で呟いて、冷めたグラタンを口に運ぶ。上機嫌な神尾くんはその後なんとまさかわたしの分のお代まで払ってくれて、本当にバカだけどいい奴だと見直した。 あれ?でも待てよ?今の流れだとわたしは神尾くんの彼女ってことで終わってない?だとしたら最近彼女とはどうなんだ、とか、今度また連れて来いよ、とか橘さんに言われたらわたしまた誘われるに違いないじゃん!うっわー嫌だ!ヤンキーと深く関わるのだけは御免だ! 手塚くんや橘さんみたいな割と穏やかな人達もいるけど、そうじゃない奴ももちろんいる。そういう奴らにわたしは今まで散々な目に合わされてきたし、わたしが知らないだけであって、青学の彼らや不動峰の皆ももしかしたら過去にカツアゲとか暴行とか、そういうことをしたことがあるかもしれない。腐っても彼らはヤンキーだ。わたしは凡人でありたい。彼らと関わることは、自分にとってマイナスにしかならないんだ。 店を出て神尾くんに「せっかくなんでどっか行きます?」と聞かれた。返事に困って黙りこむこと1分。どうやら彼はあんまり気が長い方じゃないらしい。「あーもーじゃあゲーセンでいい!?」と先に歩きだしてしまった。ちょっ、待、歩くの速い! 見失わないように着いて行くのがやっとで、人にぶつからないように気を使うと更に遅くなってしまう。「か、神尾くん待って!」と呼びとめたと同時に、ドンと誰かの肩にぶつかってしまった。反動で尻もちをつく。こ、この展開はまさか…!と思いつつそろりと顔を上げた。 「ってーな、何しやがんだコラ」 「あ、す、すいませ、」 「ダメダメ!俺もうマジ痛かったし、ってことで土下座ー」 「ど、土下座…?」 「早くしろよブス!」 最近よくブスブスって言われるけどわたしってそんなブスなのかな。そりゃあ可愛いとかは思わないけど、そんな言われる程?普通にムカつくんだけど。かと言ってここでわたしが食い下がったらぼこぼこにされるだけだ。病院送りはもう懲り懲りだし、痛い思いもしたくない。こんな公衆の面前で土下座なんてはっきり言って超屈辱、めっちゃ悔しいけど、こうなったらやってやる。ド貧乏精神舐めるなよ。靴舐めさせられたことだってあるんだぞわたしは! 地面に両膝をついて、野次馬達が「マジかよあの子…」「うわー、可哀想」「どんだけドMだよ」と好き好きに言ってくれるのが聞こえる。ドMなわけあるか! 「名前さん何やってんスか!」 「え?」 ふ、と顔をあげると、神尾くんが戻って来るのが見えた。あれ、なんか伊武くんもいる。 「おら早くやれよ!」 「あーもーうるさいな今やるよ!」 「あぁ!?テメェ今なんつった!?」 やば、つい本音が漏れちゃった!ぐいっ、と髪を引っ張られて、ブチブチッと何本か髪の毛が抜ける音がした。やばいやばい!ごめんなさいごめんなさいい! 「いっ、いた、」 「女だからって容赦しねェぞ!」 ひー!なんでいつもこうなっちゃうの!?うぐ、と涙を飲み込むと同時に、びゅん、と強風に煽られた。 「何やってんだよもー!ちょっと目ェ離しただけでなんでこんなことになんだよ!?深司あと頼んだぜ!」 「はー、面倒臭いなあ。今度なんか奢れよ」 「へーへーわあーったよー!」 神尾くんに荷物みたいに担がれて、そのまま伊武くんがさっきの奴等をぼこぼこにしているのが見えた。神尾くんのダッシュの所為で、それはどんどん遠ざかっていって、角を曲がって完全に見えなくなってしまった。 曲がった先は薄暗い路地で、何度かこういう路地でカツアゲにあったことがあるため狭いところはトラウマ…恐怖症に近い。今は相手が神尾くんだけだからいいけど。 「よっこらせ」と積まれたダンボールの上に下ろされる。この上に座ってもいいのかな?と思いつつ、まずはぐし、と涙を拭った。あー怖かった。今日は結構危なかった。本気で身の危険を感じた。 「何やってんスかマジで…、びびったー」 「…だって神尾くん歩くの速い」 「う…、それは否定しねぇけど、偶然深司に遭遇してさ、テンションあがっちまって、」 「こわかった。髪の毛抜けた」 「え!?マジで!?えっ、どこ、なんっ、アイツら!?」 「うん」 「…はあー、女の子に手ェあげるとか、…ありえねー…」 「……」 「すいません、俺がちゃんと見てなかったのが悪い。マジでごめん」 髪の毛が抜けた、と言ったからか、神尾くんはわたしの頭を優しく撫でた。気持ちが落ち着いてきて、丁度ダンボールのお陰で同じくらいの身長になった神尾くんを見つめる。 「もういいよ、助けてくれてありがとう」 「いや、でも…」 「でも一応心配だからハゲが出来てないかちょっと見てくれない?」 「え?あ、ハイ」 頭をほい、と下げて髪を掻き分けて見てもらう。「んー、大丈夫っぽい、っスよ?」とどうやらわたしの毛根の勝利らしい。帰ったら一応ヘッドマッサージしよう。 「…てか、なんか名前さんの髪、」 「ん?」 「っいや、なんでもないっス!(すげーいい匂いするとか変態か俺は!)」 「えー何、気になるんだけど」 「…え、っと、さ、サラサラだなあって!そんだけですよ!マジで!」 「え、本当?神尾くんも大分サラサラだと思うけどなあ。あ、でも伊武くんの方がサラサラしてそうかも」 散々な休日になってしまったけど、お昼は奢ってもらったし、わたしの毛根はイキイキしてるし、神尾くんはいい奴だし、まあ良しとしようかな。 「神尾くん、橘兄妹の誤解ちゃんと解くんだよ。わたしはお似合いだと思うな、杏ちゃんと」 「!、が、頑張ります!」 「ヤンキーなら、真正面からどんと行け!」 「ハイ!」 「今日はありがとうございましたー」とお礼を言われて、帰り際に口の中にずぼっと何かを突っ込まれた。え、あ、飴? 「は、はみおくん?」 「次はカラオケ行きましょう!」 次って…次があるのか…。肩を落としたくなったけど、「うん」と笑って返しておいた。 |