四 ここしばらく雨が降ってなかったからか、今日の天候は生憎の土砂降りだった。ただ警報とまではいかないもので、学校は通常通り登校しなくちゃいけない。傘を差していても、地面から跳ね返った雨粒が身体にかかってくる。あとちょっとで靴下に雨が染み込みそうだった。 「ニャー」 「むぞらしかねぇ」 もちろん今日は朝から土砂降りだった。目が覚めた朝六時には既に。なのにどうしてこの人は傘も持たずに…ってかそれネコ? 「…あのー」 「?、なんね?」 振り返った彼の顔を見て、一気に後悔の波に飲まれた。な、なんで君、そんな喧嘩したみたいな痕…十中八九この人はヤンキーだ。 「いや、なんでもないです」 関わらない方がいいと判断して、わたしはそのまま素通りしようとする。が、がっつりと腕を掴まれてしまった。 「や、すいませんあの、人違いだったっていうか、ホラよくあるじゃないですか!後ろ姿知り合いにそっくりだったのに前から見たら全然ってやつ!」 「そぎゃん事ある?」 「ある、あるある!」 「そげん事より、見なっせ。むぞらしかろ?」 「ん?ああ、ネコ?…それって捨てネコなんですかね」 「知らんばってん、ほんまむぞらしか〜」 情が湧いてしまい、わたしは彼の隣に並んで座り込んだ。改めて横に並んで座って気付いたけど、この人めっちゃデカくないか?190?はあるような気がする。ますます関わりたくないなあとは思うんだけど、ネコもこの人もずぶ濡れだし、なんとなく放って置いてはいけなかった。(一応良心がね…) わたしの傘を彼の頭の上にも差してあげた。するといきなり彼は学ランを脱ぎ始めて、何事かとわたしは距離をとる。 「寒そうやけん、ね」 「あ…うん」 そう言って、ネコの上に屋根を作ってあげるみたいに、学ランを被せた。脱いだ学ランもネコと同じびしょ濡れではあるけれど、風や雨はこれで凌げるだろう。 「ハムスターに似とる、って言われんね?」 「え?わたし?うん、言われます、たまに」 「やっぱり。小さかけんむぞらしかよ」 「えと、そのむぞらしかっていうのは?」 「あー、んー…可愛いっていう意味たい」 「!?」 びっくりして顔を赤くする暇もなかった。だけど素直に嬉しいと思った。だってきっと彼は、お世辞なんか言えるタイプじゃなさそうだし。(ただまあストライクゾーン広そうな感じではあるけど) 「今日は学校行かないんですか?」 「あー俺?行かんと白石怒るんやろなあ。ばってん、今日はこの子と遊んでからったい」 「ふーん…」 絶対ヤンキーなのに、変な人。学校より、仲間より、ネコだなんて。変だけど、面白い。 「…わたし、苗字名前です。君は?」 「…千歳千里たい」 「ちとせせんり?珍しい名前ですね(ヤンキーっぽいな…)」 「千歳空港の千歳に、ちさとって書いて千里」 「ちさとかあー」 わたしの自己紹介を始め、名前を褒めると嬉しそうな顔で饒舌になるちさとくん。なんとなく、大型犬、もしくは大きなクマのぬいぐるみのようなイメージだ。 「ん!決めた!この子ば俺んちで飼うけん!」 「え!?飼うの!?」 「可哀想やろ?」 「ま、まあそうですけど、ご両親の許可とか、」 「心配せんね、俺一人暮らしやけん」 「そうなの!?」 見た感じわたしより2、3歳しか違わないように見えるけど…。こんな大都会東京でこんなふわふわした人が暮らしていけているのだろうか。ちょっと心配になってくる。 「あ、今から来なっせ!この子にミルクあげんといかんけん」 「はっ?」 「ん、ほら立ちなっせ」 「え、ちょ、ちょちょちょっ…!」 有無を言わさずわたしの腕を掴んで強引に立ちあがらせる。「ちょっと待って!」と何度言ってもいーからいーからとまるでおじさんが女の子をホテルに連れ込む時のような光景だ。 わたしはとうとう断れずに、玄関まで来てしまった。出逢いからたった四分。どうしてこんな事になってしまったんだろう。 一人暮らしには十分な1LDKの部屋。その代わりネコがいち、にー、さん、…全部で8匹いるせいであまり広そうには見えない。 「これもしかして全部拾って来たんですか?」 「んー、どうやったっけ、忘れたばい」 まだ小さい子もいれば、ボスネコのような大きいのまでいる。ちさとくんが帰って来たと、わらわらとみんな集まって来た。 「みんな、新入りさんと仲良くしきる?」 ニャーニャーとどの子が鳴いているのかわたしにはわからないけど、ちさとくんには分かるみたい。わたしはというと、未だに玄関から身動きを取れずにいる。てか帰りたい。学校に行きたい。 やっぱり関わるんじゃなかったな、と今更もう一度後悔した。 「あ、名前はそこ座っときなっせ」 「う、うん」 言われた通り、指定された座椅子に座った。ぶっちゃけ男の子の部屋に入るのは小学生以来の事だった。緊張を隠せずに、そわそわしていると、さっきの子にミルクをあげ終わったちさとくんがわたしの横にどかっと座った。あ、足なげー…。 「そういえばちさとくん、お風呂入らないんですか?」 そのままだと風邪ひくよ、という意味で言ったのだが、ちさとくんは「いきなり何ね!?」と顔を赤くしてわたしから少し距離をとった。 「え、いや、身体濡れてるし、」 「ぬ、濡れて!?」 「え?うん、濡れてるよ」 「っそ、そぎゃん事、ないけん」 「え、あると思うけど。…まあ嫌ならせめてタオルとかドライヤーだけでもした方がいいと思いますよ」 「う、うん。あとで、あとでやるばってん」 「乾かしましょうか?」 「は!?」 「いやだって後でとか意味ないし…、面倒なら乾かしてあげようかなって」 「あ、あー、…じゃあ、お願いします」 「うん、ドライヤーとタオル貸して?」 それから、ちさとくんのふわふわの頭に触れながら、彼の頭を拭き、乾かした。 「名前はめちゃくちゃモテそうやね」 「…どこをどう見たらそうなるんですか」 「んー?全部たい。むぞらしさに加えて、積極的なとことか」 「そ、そう?でも彼氏とかいないし、」 「焦らんでよか。きっとすぐに見つかるけん」 「う、うん」 「もしかしたらもう見つかってしまっとる、かも」 「え?」 「あつっ!」 「ご、ごめっ…!」 ぼーっとしていた所為でドライヤーの口の部分がちさとくんの首に直に当たってしまった。慌てて電源を切って、火傷の程度を確かめる。 「すぐ冷やさなきゃ!」 立ちあがってすぐに台所へ向かおうとすると、丁度机の角に小指をぶつけて躓いた。最高に痛い上に転ぶ…!と目を瞑ると、ちさとくんが下になって助けてくれた。 「名前、なかなかのドジやね」 「あ、ご、ごめん…!」 「柔らかか。甘いし」 「!?」 「えっ、あの、ちょっ、ちさと、くん?」 「美味そう」 みるみるうちにちさとくんとわたしの顔の距離が縮まっていく、初めての経験にパニックで身動きがとれない。ぎゅうっと目を瞑ると同時に、バァン!とすごい音を立てて玄関のドアが開いた。な、何事? 「ちーとーせぇー!」 「!、しっ、白石たい!」 「え?」 「千歳ー!ワイも遊びに来たったでぇー!」 「お前はまたサボりよってから…!…えっ」 「取り込み中、ばい」 えへ、と笑うちさとくんに、白石と呼ばれるその人はわなわなと震えた。横にいる小さな赤毛の彼は、きゃーとおもしろおかしくわたし達を見ている。 「こんなネコだらけの部屋でヤんなや!その子可哀想やろ!」 「えっ、そこ?」 「すまんなー、また千歳がちょっかい出して、大丈夫か?何もされてへん?こう見えてこいつSやから」 「白石に言われたくなかとね」 「金ちゃん!千歳しばいたって!」 「えー、ワイこの子と遊びたいー」 そう言って赤毛の彼は三毛猫と戯れ出した。そして、白石と呼ばれるその人の後ろから、次々に人が入って来た。 「白石!お前何自分だけ逃げてんねん!大変やったんやで!」 「いやだってアイツら弱いし謙也らだけでもいけるやろ。ちゅーかいけたんやろ?」 「ま、まあそうやけども!」 「俺は謙也ならやれるー思うて託したんや。逃げたわけちゃう」 「し、白石…!って誰がその手にのるかい!お前もたまには殴られろや!」 「いや俺顔はNGやから」 「モデルか!見てみい俺のこの腫れた頬を!可哀想と思わんのんかい!ほんで千歳お前昼間っから女と何イチャついてんねんコラ!」 うるさい。本当にうるさい人が何人も集まって来た。ちさとくんとわたしは別にイチャついてなかんかないし、マジで今すぐ帰りたいし。見た目がヤンキーすぎるその金髪の彼は、ギャーギャーと騒ぎたてた後、すっきりしたのかわたしがさっきまで座っていた座椅子に座った。切り替え早いな! 「相変わらず女にだらしないんスね、千歳先輩」 「んー、反論は出来んたいね」 「こんなちんちくりんのどこがええんスか」 衝撃的な言葉がわたしを挟んで次々に飛び交う。ちんちくりん…てかちさとくん君女にだらしがない人だったのか!最低だな! 「んもー、千歳クン!いい加減どいてあげなさいよっ!その子めっちゃ困った顔してんで!」 「あ、ごめん、名前」 「火傷、冷やさなくていいですよね。てかもう帰っていいですかね」 「それはダメ」 「なんで!」 「あれ、それって青学の制服やん。君、青学の子なんや?」 「まあ、そうですけど」 「ええーーー!じゃあっ、じゃあコシマエって知っとる!?」 「こしまえ?」 「ああ、越前クンの事や。おるやろ、青学の一年に生意気なツリ目の子が」 「ああ、もしかしてリョーマくんの事?」 「ねーちゃんコシマエと友達なん!?ワイも友達になる!」 「ええー…」 なんだこの展開。青学ってだけでこうも嬉しそうな顔をされたのは初めてだ。勝手に握手求められるわ、「手塚って知っとっと?」とか知らないわけないし。 「なあなあ白石ー!今から青学遊びに行こうやー!」 「せやなあ、しばらく会うてへんしなあ。喧嘩はナシやで金ちゃん」 「わかった!約束する!」 「ほな青学いくでー」 「「「はーい」」」 いや来なくていいんですけど!?こんなバカみたいな連中引き連れて登校したらわたし友達いなくなっちゃうじゃん!推薦パアになっちゃうじゃん! 「あの!」 「…どぎゃんしたと?名前」 「今日はわたし帰るんで、みなさんだけで行ってもらえますか!」 しばし沈黙。みんなで顔を合わせたあと、返って来た返事はそろってNGだった。なんだよそれ、知らないよ、別に勝手に帰るもん。 逃げるように鞄を持って立ちあがると、誰かに腕を掴まれた。見上げると、ダントツ見た目ヤンキーの金髪の彼がそこに居た。 「逃がさへんで、一緒に行くんやから」 「…離してよ。てか今時パッキンとかマジダサいから」 「なっ!?」 「謙也、それは俺らもフォロー出来んわ」 「どういう意味やねん!」 「名前ちゃん、ここで会ったんは何かの縁やと思って、一緒に行こうや。金ちゃんも千歳も気に入ってしもてるし…あ、せや!行きしにアイス奢ったるさかい!」 「え?アイス?」 「せや、ハーゲンダッツでもなんでもええで!」 「行く!行きます!行かせてください!」 「ちょろいな」 「流石白石たい。むしゃんよか〜」 かくしてアイスに釣られたわたしは、サボった上に賑やかななこの連中と一緒に午後登校する事になってしまった。 |