海 「伝説の番長?」 「そ。なんでも全国統一を果たしたっていう…」 「それって豊臣秀吉じゃないの?」 「違う違う。あーと、名前なんて言ったけな。でもなんか武将の名前だった気がするのよ…確か…」 真田幸村!と親友ちゃんは大きな声で答えを言った。正解なのかどうかは知らないけど、伝説の番長…全国統一…実在する人物なのかどうなのかすら謎だ。 そもそもヤンキーに全国統一とかある時点でおかしくない?とにかくお目にかかることはまあまずないだろうし、もしあったとしても絶対に関わる事はない。これ以上ヤンキーの知り合いが増えるのだけはマジでごめんだよ! 帰り道に珍しく寄り道をした。どうしても欲しい参考書があったけど、お金はないし…という葛藤の末、結局欲しかった参考書は立ち読みに留める子とした。本屋さんには申し訳ないけど…てか参考書の立ち読みってどうよ?あー記憶力良ければなー。 「真田ー!幸村くんも!」 真田、幸村?昼間の親友ちゃんとの会話がフラッシュバックされた。まさかね、と思いつつ、名前を呼ばれて振り返る彼の方を見る。はは、ほらね、超真面目そうな二人組じゃん。 「丸井。どうした?」 「あれ、珍しくジャッカルと一緒じゃないんだね」 「いやっ、それがさあ!この前の奴等が真田出せって学校に乗り込んで来ちまって…!」 「この前のと言うと…紅葉中の奴等か?」 「へー、結構懲りないんだねぇ。関心関心」 「関心してる場合じゃねぇって幸村くん!今日は仁王も全然やる気ねぇみてーだし、柳生も生徒会がどうのとか言って!今ジャッカルと赤也に任して来てんだけど」 「蓮二はどうした?」 「柳はえーっと、なんか補習のバカに勉強教えてやれって担任に言われたって聞いたけど」 「あはっ、さすが柳だなあ」 えっ、えっ、えっ。あの赤髪の人はまだ分かるけど、あの二人組もヤンキーなのか!?あんな真面目そうな雰囲気出しといて、最早詐欺じゃん! 参考書に集中、なんて出来るわけもなかった。本を読む振りをして、チラチラと彼らの様子を伺う。話の内容も大凡把握出来るほど聞き耳を立てている。 「だってさ真田。ほら早く助けに行ってあげなよ」 「あ、ああ」 「幸村くんも来てくれよい!今回結構な人数で来ててちょっとキツいんだって!」 「俺は行かないよ。喧嘩はもう、やめたから」 「丸井!行くぞ!」 「お、おう!幸村くん!来たくなったら来いよ!俺らずっと待ってるから!」 赤髪の彼は、堅物そうな大きな彼と二人で、本屋から消えて行った。わあ、なんか男の友情っぽいもの見ちゃった気がする。すげー。 「盗み聞きかい?」 「ひっ!」 後ろからふっ、とわたしの耳に息を吹きかけられた。思わず変な声が出ちゃったけど…いっ、いきなり何!? ばっ、と参考書を閉じて元の場所に戻す。や、やばい、やっぱり絡まれてしまった。もうわたしは一生この運命と共に生きていかなくちゃいけないんだろうか。なんでこうも面倒臭そうな人に絡まれるんだろうか。 「あ、その参考書、柳が持ってたけどすっごくわかりやすいよね、中身」 「え?あ、ああ、そうなんですか?」 「うん。君、青学だよね?一年?」 「…三年ですが」 「そうなんだ、真田と並んだら親子みたいだろうなあ。俺も三年。立海大付属ね」 「…はあ、どうも」 「安心してよ。俺、ヤンキーじゃないから」 この人は人の心が読めるんだろうか。わたしがヤンキーを(前程ではないけど)良く思ってない事が、一瞬にしてわかった、みたいな顔してる。 「ひとつ、聞いてもいい、ですかね」 「いいよ、何?」 「君が、伝説の番長?」 恐る恐るそう聞くと、目をぱちぱちと瞬かせて、「ぷっ、あははは!」と豪快に笑った。大人しそうに見えるけど、結構豪快な性格の人なんだろうか。でも、この人が絶対、真田幸村さん、だと思う。 「まだそんな噂する奴いたんだ、ふっ、ふふ、伝説って。じゃあもしかして俺が全国統一でも果たしたと思ってる?」 「え、違うの?」 「んー、まあ関東はそうかな?どうだろう、自分でそんなつもりはないからさ。ただ俺はもう喧嘩はしない。絶対に」 「…どうして?」 「一回ね、君みたいな一般の子まで巻き込んじゃった事があって。大した怪我じゃなかったから良かったけど、それ以来かな。元々そんな気持ちいい事じゃないだろ、喧嘩ってさ」 元ヤンにしてはしっかりした考えをお持ちでいらっしゃるレジェンドだなあ。整った顔立ちを、思わず凝視してしまう。目の上に、何かで切ったような痕が残っている。この人が嘘をつくような人には見えないし、なんとなく雰囲気からして、強そうだとは思った。 「俺の顔に何かついてる?」 「あ、い、いや!すいません!」 「青学にもさ、いるだろ?番長。手塚ってのが」 「う、うん。いるけど…手塚くんも君と同じ考えを持ってると思う」 「あ、知り合いなんだ?じゃあ越前とか知ってる?」 「うん、わかるよ。優しいよ」 「へえ、君ってヤンキーなんかと絡んだりするんだね、意外に」 「…自分から絡んだわけじゃないから」 だろうね、と笑って、わたしがさっき戻した参考書を真田幸村さんが手に取る。ぱらぱらとめくって、「簡単すぎてびびるよね」とそっちの方がびびる発言を聞いてしまった。天才かよ。 さっきの赤髪の彼が言ってた、ずっと待ってる、というのがずっと脳内で引っかかっている。わたしがもやもやしたって仕方ないし、そんな必要どこにもないのに。とても、切実な願いみたいだったから。 「…行ってあげないの?」 「ん?」 「さっきの、人たちのところに」 「ああ。うん、行かないよ。俺がいなくても、アイツらだけで十分だから」 ただ仁王にはやる気出して欲しいかな、と言いながら、参考書を元あった場所、ではない場所へ置いた。わたしはそれを元あった場所へと戻し直す。 「…でも、来て欲しいって言ってたよ」 「行かないよ」 「ずっと待ってるって言ってた」 「待ってたって、俺は行かない」 喧嘩してほしい、というわけじゃない。平和が一番だと思う。だからわたしはヤンキーの居ない高校へ外部受験するんだから。だけど、だけど。 この人に、行って欲しいと思ってしまう。わたしが出会ってきた今までのヤンキー達は、みんな、仲間想いで、仲が良くて、バカで、アホで、だから強かった。こんなわたしを助けてくれた。そりゃあ拉致されたり、絡まれたりもしたけど、見捨てるなんて絶対にしなかった。 「見捨てるの?」 「違うよ、見守ってるんだ」 「そんなの、見捨ててるのと同じだよ」 「…何?君、やけに熱いね。元ヤン?」 見捨てられるのは寂しくて、辛くて、痛いから。わたしは知っている。助けが来ない苦しみを。誰でもいいから助けて、って、どんなに願ってもそれが来なかった時の痛みを。 「お前それでも伝説の番長かよ!」 「は?」 「真田幸村!見損なった!全然レジェンドなんかじゃない!ただのヘタレじゃんかよ!」 本屋でこんなに声を荒らげたのは初めてだ。もうこの本屋には当分来れないな、と思いつつ、わたしもその場から消え去った。 「真田幸村って…俺の名前だと思ってるのかな」 た、たのもー!と正々堂々立海の校門をくぐる。至って普通の正門であり、内部の様子もとてもヤンキーが喧嘩真っ最中の学校には見えなかった。いや、まあどこの学校もそんな正門で暴れてるとこ少ないけど。 普通に考えてまあ校舎裏ですよね。グラウンド、体育館は部活してる訳だし。こんなところまで来てしまったわたしの偽善者精神がすごい。自分でも引く程ハムスターっつかネズミ並みに溝臭い。 こんな事したって何もならないし、まず行ったところで自己紹介から始めなくちゃ行けない連中ですよ。え、お前何?誰?そう言われるのが目に見えてるけど…でも、わたしがここへ来る事で、真田幸村がわたしを追ってここへ来てくれると信じたい。 「あっ、すいませんちょっとお尋ねします!」 「あ?」 「今なんとか中のヤンキーがここの学校の人と喧嘩してるって聞いたんですけど、それってどこでやってますかね!」 だれだれさんのライブってどこでやってますかね?的なノリで銀髪で猫背の彼に聞いてみる。ぶっちゃけこの人の声かけるのもすごい勇気がいりましたとも! 「え、何?誰じゃ?関係者?」 「無関係者なんですが!真田幸村の遣いのものです!」 「真田と幸村の?お前さんみたいなちんちくりんが?」 普通に失礼な奴だなこのエロホクロ!なんだコイツ!というのはまあ飲み込んで、とにかく道を案内してもらう事になった。「丁度俺も今から参加しようかと思っとったところじゃ」と何かわけのわかんない事言ってるけど無視無視! 現場へ行くと、まさにそこは戦場だった。わたしが今まで見てきた中で一番凄まじい戦い。こ、これが桶狭間…!ってボケだって誰もつっこんでくれねーな! 「お前さん、強いんか?青学の制服じゃけど」 「え?わたし?いや全然。てかこれ何が原因でこうなったの」 「さあ。理由なんてないと思うけどの。丸井ー、来たぜよー」 「ってんめ仁王、おっせーよ!…あ?誰だよいそのチビ!」 「仁王先輩!あーよかった!マジ楽になる!」 「後で柳も来るって言うとった。あとこのちんちくりんは…お前さん名前は?自己紹介しちゃってくれ」 「え?じ、自己紹介?」 「俺仁王。あの赤いのが丸井、赤目の奴が赤也で、色黒の奴がジャッカル、最前線の老け顔が真田じゃ」 「真田…?真田幸村?」 「ん?…あー、言うとくけど、真田と幸村は別人。幸村は女顔の奴じゃ」 「誰が女顔だって?」 「え?」 いきなり背後に現れたのは、さっき別れた真田幸村…じゃなくて幸村の方、だった。 「き、来たんだね!」 「見学にね」 「えー、もうここまで来たんだからやっちゃえばいいじゃん。ウズかないの?番長時代のその傷はウズかないのかい?」 「君って結構いい性格してるね。ハムスターに似てると思ってたんだけど、どっちかっていうと溝ネズミ系だね」 「うん、わたしもさっき自分で同じ事思った。でもいいんだ!だってこうして来たじゃん!」 「君を巻き込むのは御免だからだよ」 そう言って、彼はブレザーをわたしにあずけて、シャツの裾をまくった。 「皆、この子の所為で今日だけ加勢するよ」 「ゆっ、幸村くん!マジかよい!やったー!」 「ばっ、番長!やっ、やっぱ俺、…幸村先輩みてぇになりたいっス!」 「幸村…」 「む、今日だけか」 「今日だけ、だからね!」 嬉し恥ずかしの友情ごっこはここで終わった。そこからは相手の学校からすれば地獄の時間であり、仲間であるみんなも久しぶりの彼の姿に若干引いたような顔をしていた。赤目の赤也くんとやらは終始目を輝かせていたけど、わたし達からすれば終始相手が不憫で可哀相で仕方がなかった。 「ふー、漸く片付いたよ」 パンパンと手を払う伝説の番長。なるほど、これは伝説と呼ばれるわけだ。強すぎてバカじゃなけりゃ挑もうとも思わない。 「に、仁王くん、すごいね、幸村くんて」 「俺も久々に見て思ったぜよ」 「そう言えば君の名前、まだ教えてもらってなかったね」 「あ…」 そう言えば自己紹介がまだだった上に、仁王くんや幸村くん以外のみんなからは、誰この女的な顔でメンチをきられている。怪しいものではないんですけど、と一言付け加えて、改めて自分の名前を彼らに告げた。 「苗字名前です。青学の三年です。外部受験するんで来年からは違うけど…」 「へえ、だから参考書を。じゃあ今は受験生なんだね」 「うん」 「立海においでよ」 「は?」 「俺らもいる事だしさ」 いや絶対嫌なんだけど!氷帝並みに嫌だよ!?てかわたしはヤンキーのいないエリートばっかりの高校に行きたいんだから! 「君が来ないなら俺が行こうかなー」 「え!」 いい!来なくていいですから! と、いうのが顔に思い切り出てしまっていたのか、彼はまたけらけらと笑った。な、なんか本気っぽくて怖い。頭もよさそうだし…! 「幸村先輩が行くなら俺も!」 「はあ?ばっか赤也お前頭悪ぃーだろい!」 「丸井先輩には言われたくねぇ!」 「ごもっともじゃのー」 「仁王てめこのやろっ!」 どこの学校も仲だけはやたら良いみたいだけど、わたしの青春ライフをヤンキーと過ごすわけにはいかん!もう大分過ごしちゃってるけど。 「わざわざ俺をここに来させる為にここまでする子、男でも見たことないよ」 「…いや、これは別に」 「ふふ、まあ一言で言うとさ」 気に入っちゃったんだよね、と語尾に音符マークでもつきそうな程軽やかな口調で、伝説の番長はそう言った。 |