「ちょっと付き合ってくれるだけでイイんだって、ね?」
「い、いいですほんとそういうの興味ないので、ていうかあの、これから学校…」
「ハア?言っとくけど俺君より年上よ?高校生。わかるっしょ?言うこと聞けねーの?」
「……ロリコン」
「あァ!?今なんつったテメェ!」

登校中に絡まれるなんて、今日も本当にツイてない。先週も街で絡まれたばかりだっていうのに。高校生が中学生に手ェ出そうとかどんだけ小物だよ。…って言えたらなあああ!ああもう手離してよ!遅刻しちゃうじゃん!

「すいませんごめんなさい、離してください」
「離すわけねーだろこのブス!」
「な、ブ…!?」

お前が可愛いねーとか言って声かけて来たんだろ!脳みそどんな作りになってんの!?まさか自分はかっこいいとでも思ってるのかな。だとしたらかなり痛いぞお前。

「大人しく着いてくりゃイイんだよ!」
「やっ、離せこのブス!」
「っんだとこいつ…!」

いきなり拳を振りかざしてきたから、もうどうすることも出来なくてぎゅうっと目を瞑った。だめだ、また病院送りにされる。1か月前に行ったばかりなのになあ。
覚悟を決めて痛みが来るのをじっと待つ。が、男の「ぐあっ!」という悲鳴しか聞こえてこなかった。ぐあ?

「大丈夫か?」

そーっと瞼を開けると、さっきまで居た男の代わりに、うちの学園じゃ超有名人の手塚くんが居た。

「…え、あの…なんで…」
「たまたま通りがかったら苗字が胸倉を掴まれていたからつい…。邪魔したか?」
「いやいや!邪魔なわけないよ、本当ありがとう!…てかなんでわたしの名前、」

「僕達の間じゃ君は有名人なんだよ」

手塚くんの後ろからひょこっと顔を出したのは、超有名人その2、不二くんだ。いつもにこにこしているのが逆に怖い、というのは本当かもしれない。この二人オーラ半端ないんだけど。

「ふ、不二くん…!」
「あ、僕の名前知ってるんだ。嬉しいな」
「えっ、わ、わたし、有名なの!?なんで!?」
「え?だって君程に絡まれやすい体質の子居ないでしょ?この前も絡まれてぼこぼこにされてたよね」

1か月前のあれか…!見てたなら助けろよこの外道め!…って言いたい!けど言えない!

「なんで君はそういつも相手を怒らせるような言動をするのかな。こいつだって少し遊んでやれば気は済んだはずだよ」

手塚くんにどんな風にやられたのかは見てないけど、すぐそこで伸びているさっきの男を見ると、少しだけ申し訳ない気持ちになった。不二くんはにっこり笑いながら「でも女の子を無理矢理ってのは僕は嫌いだなあ」とその男の背中を土足で軽く踏み付ける。ひいいえげつない!この人絶対腹の中真っ黒だ!

「…だって今から学校だし」
「学校に行くのと、自分の身の安全、どっちを取るかなんて、」
「そりゃ学校だよ!わたし皆勤賞だから休む訳にはいかないし!知ってる?皆勤賞の人って卒業式の時なんかもらえるんだよ」
「何かって何?」
「いやそれは知らない」

「ふっ、あははっ、何だそれ。…手塚、この子やっぱり有名人なだけあるね。僕気に入っちゃった」
「かと言って不二の好きにしていい訳ではないだろう」

待って待って、何?気に入られちゃった?嘘でしょ冗談でしょ!こんな学園のトップ二人に気に入られたらわたしの中学校生活は終わりだ!確実に破滅へと向かうのみだよ…!そんなの嫌だ!

手塚くんにお礼は言ったし、もうちょっとで遅刻になっちゃうし、ってことでわたしはその場から走って逃げることに決めた。実はこう見えて結構足は速い方だ。持久力はないけど短距離ならそこそこ行ける。幸い学校まであともう少しだ。この距離なら走れる。

「あ、逃げた」
「…不二」
「何?」
「これって…」

「…彼女の財布と生徒手帳みたいだね」

「ドジなのかあいつ」
「ああ、そうか手塚ってドジっ子萌えなんだっけ」
「萌えとかはよく分からないが…可愛いとは思う」
「可愛いって…ふはっ(青学のトップが真顔で何言ってんの…!)」



助けてもらった事は本当に感謝してる。手塚くんは見た目はただの優等生だし、不二くんだって腹黒さを取ればただの感じの良い同級生にしか見えない。いや、彼の場合腹黒さが滲みでちゃってるから取り除くのは不可能だけど。

「おはよー」
「あ、おはよう名前、遅かったねえ」
「聞いてよ親友ちゃん、また絡まれた!」
「あ、そうなん?で今日はどこ中?」
「リアクション薄!慣れすぎだよ親友ちゃん!しかも今日は高校生!」
「高校生!?これまたなんで…よく無事ここにたどり着けたね」
「や、なんか助けてくれた。手塚くんが」
「てっ、手塚国光!?」

親友ちゃんの大きな声に、さっきまでざわついていた教室内がシンと静まり返る。みんなが一斉にわたしの方をばっと、まるでよく無事でいられたなお前!みたいな目で見てくる。手塚くんってどんだけ最強なんだろ。

「助けられたって、あのメカみたいな人に!?まっさか〜」
「本当だって、確かにメカっぽい喋り方だけどいい人…ん?あれ?」
「どったの?」
「さ、財布が…あれ?ん?生徒手帳も…」
「…ま、まさか名前…」
「な、ない…、財布と生徒手帳がなくなってる!」

クラス中が、あーあという哀れみの目を向けてくる。ご愁傷さま、じゃないんだよ!えっ、えっ、なんで、なんでないの!?朝絶対いれたのに!

「やられたね名前、とられたんだよ手塚国光」
「と、とられたあ!?なんで!?」
「助けるフリしてそれが目的だったんだって。ほんとツイてないね。でももう諦めな」
「あ、諦めるって、だって今日財布の中には…!」
「え?まさか大金が…!でもあんたん家にそんなお金があるとは…」
「放課後見に行こうと思ってた映画のチケットが入ってるんだよ!」
「諦めて!超諦めて!」
「な、内緒にしてたけど…、親友ちゃんをサプライズで誘おうと思って…だって今日誕生日じゃん!2枚買ったのに…」
「いや、誕生日来月なんだけど」

絡まれ財布をとられ、生徒手帳もなくなり、親友ちゃんにフラれ…(「フッてないんだけど」)こんな仕打ちってないよ。思わず机に突っ伏したくなる。ピクチャーの新作見たいって言ってたじゃんか。親友ちゃんのあほんだらめ!

こうなったら…!と一人メラメラと炎を燃やして何とか6時間目まで終わるのを待った。HRが終わり、さようならをして親友ちゃんとも「また明日!」と短い別れの挨拶を交わす。いや、もしかしたらもう二度と会えなくなるかもしれないな。さようなら、親友ちゃん…!わたしのお墓には是非カレーを備えておくれ!


"テニス部"に大きく×印がされて、達筆な字で"俺達の部室"と書かれている。これ書いた奴の偏差値ってどんだけ低いんだろ。空気は悪いし蛍光灯も何本か切れていて薄暗い。はっきり言って超怖いけども、わたしは親友ちゃんと映画を見に行きたいんだ。一度行くと決めたら行かないと気が済まない性格だし、そのためにまたチケットを買うなんて有り得ない。2枚で2000円もするんだから。わたしの食費10日分はある。親友ちゃんのために叩いた大金に代わるものをみすみす彼らに渡す訳にはいかない。

「た、たのもー!」

果し状、とノートの切れ端に書いたものを握り締めて大きく発声する。中には人が居る気配がしまくっているから、留守なわけない。居留守を使われようものなら無理矢理中に入ってやるんだから。

もう一度たのもー!と言おうとする寸前で、扉が開いた。わたしに向かって勢い良く開いた扉は、わたしの額にゴツンと小気味良い音を立てた。

「いっ、いった!何すんの!」
「…アンタ誰?」
「え?あ、わ、わたしはその、苗字名前って言います、あの、お財布を返してもらえないかと思いまして」
「財布?ああ、アンタが有名な。…ふーん、へえ」

同じくらいの背丈の、しっかりした雰囲気を醸し出す男の子。年下、かな。でも小さいのに、なんだろう、なんか、オーラが半端じゃない気がする。
まじまじとわたしを色んな角度から見てくる彼は、一言「入っていいよ」とわたしに言った。え、いいの?ていうか個人的には入りたくないし、ここで財布を返してもらってさようならしたいんだけども。やっぱり一筋縄じゃいかないか。なんたって手塚くんはメカだし。中に入ったら確実にやられる!もしかしたらわたしの貞操の危機だって…!

言われるがまま恐る恐る中に入った。ガラの悪い連中が一斉にわたしを睨みつけた。

「あっ、あの、わたしのお財布を、知りませんでしょうか…!?」
「苗字さん、来ると思ってたよ」
「ふ、不二くん…!」

今朝のえげつないシーンがフラッシュバックされて、思わず距離をとる。相変わらず笑顔なのが逆に怖い。ていうか君らこんな所で何してたんだ。

「絶対来るだろうなって思ってたんだ、はいこれ、生徒手帳」
「え?あ、ど、どうも」
「財布は手塚が金庫に入れてくれてるよ。わざわざここへ来たってことは、大金でも入ってたの?」
「うん、映画のチケットが2枚も」
「…映画のチケット?」
「そうだよ、2枚もだよ」
「…他に現金とかは」
「10円が入ってるかな」
「じゅっ、ぷっ、あははっ、やっぱり面白すぎるよ」
「?」

笑顔が一際キラキラ輝いている。なんでわたしはこんな面白がられているのかがよくわからないけど、とりあえず財布は手塚くんに言えば返してもらえそうなわけだね。よかった、無事家に帰れそうだ。

「おいテメェ」
「?、ひいっ!」

フシュー、と変な呼吸を取る彼に肩を掴まれた。ちょっ、待って関節外れちゃう!てかなんだそのバンダナ、ダセェ!

「手塚先輩は今数学の復習中だ、後にしろ」
「え、あ、はい、すみません」

「待ってる間暇だろ、トランプするか?」

今度はスポーツ刈りの少年がわたしに話しかけてきた。君はこんなところ出てってスポーツをしろよ!

「あ、じゃあババ抜きを…」
「ババ抜きぃ!?男ならポーカーだろ!ババ抜きとかなんも賭けれねーじゃん!」
「あのわたし一応女で、」
「まあまあ桃、たまにはいいじゃないかババ抜きも。それに賭けられないこともないさ。負けた人が全員にジュースを奢るってのはどうかな」
「いいっスねそれ!そうしましょう!さっすが大石先輩!」
「じゃあ俺ファンタのグレープがいいッス」
「おいおい越前、まだお前が勝つと決まったわけじゃないんだから」
「負ける気がしないんで」

「なになにー!?ババ抜き?俺もやるにゃー!」
「ちょっ英二、いきなり飛びつくなって、危ないだろ」
「へっへー、あれ、君この前どっかで会ったね?どこだっけ?」
「え、えー…?」

次々にヤンキーらしからぬ奴らが集まってきて、正直もう帰りたくて仕方ない。なんで不良とババ抜きなんかしなくちゃいけないんだ。負けたら全員にジュース奢りなんて、そんなお金わたしが用意出来るわけないだろ。この人達はアホなんだ、絶対そうだ。

「あっ、そうだ君っ、この前高等部の奴らにカツアゲされてたよね!」

そんなのしょっちゅうだから彼が言っているのがいつのことなのかわからない。まあカツアゲされたところでわたしが持ってるお金なんて本当に少ないけど。てか見てたんなら助けてよ!

トランプを配られている途中で、突然入口扉が勢いよく開いた。びっくりして声も出ないまま、扉を開けた人の方を見る。

「みっ、みんな!不動峰の神尾と伊武が…!」

「タカさん!」と言われるその人は、とてもヤンキーには見えない優しそうな人相をしている。けど、頭からは血を流していて、状況はさっきの平和ボケした雰囲気とは打って変わって、かなりヤバそう。は、早くここから逃げなくちゃ、と慌てて腰をあげるけど、そうだ、本来の目的である財布を取り返さないと!

ぞろぞろと各自立ちあがり、関節をコキコキと鳴らすものもいれば、ストレッチをし始める人もいる。うわああ本気でこれから喧嘩する気なんだ。やっぱり不良はどんな姿であれ不良なんだな。現実を思い知って、一先ず奥で一人勉強していた手塚くんのところへ向かう。

「て、手塚くん」
「…!?何故お前がここに、」
「いや、結構前から来てたんだけど」
「そうなのか、全然気がつかなかった。すまない」

マジかこの人!こんな騒がしくしといてわたしに気付かないってどういう耳してんだ!すごい集中力だな!わたし結構存在感はある方なんだと思ってたんだけど…本当にこの人が青学のトップなのかと疑いたくなる。

「あのね、お、お財布を、返却希望で、その、あの中には映画のチケットがね、入ってましてですね」
「映画?そうなのか。やっぱり拾って正解だったな。あのまま放っておいたらきっと他の奴がその映画のチケットを使用していたかもしれない」
「ひ、拾った?え、とったんじゃ…」
「とる?…何の為にだ?」
「えっ、いや、そりゃ10円しか入ってないけど…前にも何回かとられたことあるから、今回もとられたのかなって…違うの?」
「誤解するな、俺はお前に返そうと思っていた。…返すタイミングがなかなか掴めなくてな。本当は俺からお前のところへ行くべきなのに、わざわざすまない」

そういえば金庫に入れてあるって不二くんが言ってたな。それは大事に保管してくれていた、ってことでいいのかな?だとしたらわたしの方こそ、疑ってしまってごめんなさい、と謝罪をしなくちゃ。

「ご、ごめん、手塚くん。わたしてっきりとられたと思って、それでここへとり返しに来ただけなんだ」
「そうなのか。ほら、これだろう?」
「…ありがとう。それから疑ってごめんね。本当にごめん」
「苗字が謝る必要はない。それより皆何処へ行ったのか知らないか」
「へ?」

後ろを振り返ると、さっきまで騒がしかった室内は、わたしと手塚くんのみとなっていて、シンと静まり返っている。皆が出て行ったことに気付かないとかわたしもどんだけの耳だよ!…もしかして手塚くんの能力か何か?話に引き込む、とか、集中する能力が高いんだろうか。いやそんな漫画みたいな話ないない。いや、あるかも?

「手塚くん!多分外だよっ、さっきタカさんって人が不動峰がなんとかって言ってた!」
「河村が?不動峰と何かあったのか」
「よくわかんないけど…、とっ、とりあえず行ってみたらわかると思う!」

無意識、だった。手塚くんの腕を掴んで"俺達の部室"を飛び出る。わたしの予想だと、多分あっちの倉庫方面だと思う!

「お、おいっ、苗字、お前は来なくていい!」
「多分こっちだと思うんだ!」
「何故わかるんだ!?」
「勘だよ!」

そのまま手塚くんを連れて倉庫に辿り着いた。のはいいけど、喧嘩なんか全然してなくて、さっきのスポーツ刈りくんと、バンダナダセェくんが不動峰と思われる二人と言い合いをしている。なんだ、口喧嘩かよ!

「なんだ、手塚も来たのか。なんかこの前の決着つけに来たらしいよ。どっちが頭突き強いかってやつ。で、タカさんは負けてあの通り」
「なるほど。…あいつらに任せても問題はないのか?」
「うん、僕も帰ろうかな。面白そうだけど、苗字さんともっと話したいし」
「え、わ、わたし?」
「財布は返してもらった?」
「う、うん。あの、これからわたし映画に行くから、不二くんとお話はまた今度にしたい、かな」
「ふーん。じゃあ僕も映画行く」
「え!?いやっ、このチケットは親友ちゃんのために買ったものであって、不二くんにはあげれな、」
「ピクチャー映画の最新作か、俺も見たいと思っていた」
「て、手塚くんまで!?」
「もちろん、代金は自分で払うよ。ねえ手塚?」
「当り前だ」

どんな展開なのコレ!なんでいつもこういう展開になっちゃうの!?わたし全然望んでないんだけどっ!!

苦笑いでどうにか退避しようとしたけど、今度は手塚くんに逆に腕を掴まれてしまって、逃げることが出来ない。強行手段をとるつもりだな、結局ヤンキーはヤンキーか。これはもう諦めた方が良いか、「じゃあ行こう、6時台のやつ見たいから」と渋々鞄を背負い直す。ごめん親友ちゃん、また違う映画をクリスマスにでも見に行こうよ。その時は奢ってあげられないけど。


「えーなになに映画っ!?俺も行くーっ!」
「こら英二っ、…ん?お前らちなみに何の映画見るんだ?」
「…ピクチャーの最新作ですけど…」

タマゴみたいな髪型の人と、猫に似ている人は、「「俺達も行きたい!」」と目をキラキラさせてわたし達にそう言った。いやいやいや、わたしはあなた達とは人種からして違うってことをまず分かってほしいんだけどな。二人までならまだしもヤンキー4人も引きつれて仲良く映画なんてわたしどんだけだよ!番長じゃんか!

「いや、あのっ、それなら別行動でも…」
「えっ、なになに先輩達これからどっか行くんスか!?ゲーセン!?」
「ちょっ、おい桃城テメェ勝負の途中だろうが!」
「タイムタイム!俺これから遊びに行くわ!悪ぃな神尾!海堂も行くだろー?」
「…手塚先輩が行くなら」
「これだからバカは嫌なんだよ、まあ俺が普通に勝ってたけどね」
「深司!頭血ぃ出てんぞ!」
「え?」

「じゃあ俺も行こうかな」
「全員映画に行く確立、99%」
「あれっ、乾いたんだ?」
「タカさん、さらっと酷い事言うな」
「俺ら出番少ないけどさ、お互い頑張ろうよ!」
「…ああ、そうだな」

結局青学のヤンキーを引き連れて映画に行く羽目になってしまった。しかも何故か不動峰の二人も「丁度見たかった」とかで着いて来てくれやがって。もうどうにでもなればいい、と腹をくくって皆と一緒に映画を見た。

「先輩ってさ」
「…何?」
「多分運命だよ。受け入れたら」
「リョーマくんの言ってる意味がさっぱりわからん」

「俺らと絡むの、必然だって言ってんの」





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