初めは手塚くんと図書館て勉強する予定だった。それがどうしてこんなことになるんだろうか?

「あははは見てよサエさん!ウォータースライダー!あはは!早く乗りたいな〜!」
「お〜!随分長いな〜。でもまずは準備運動からだぞ」
「はいはーい!よしっ、じゃあまずは深呼吸からだ!」

「て、手塚くん」
「ああ、大丈夫だ。俺もまだよく理解出来ていない」
「ですよねー」

手塚くんと二人でたまたま乗り合わせたバスには、賑やかな集団がいて、それがこれまた偶然にも手塚くんの知り合いだったみたいで。知り合いというか、まあ不良同士の顔見知りみたいな感じなんだと思うけど。

車内でもお構い無しに手塚くんには愚かわたしにもフレンドリーに話しかけてきたから、唖然としてそのまま話は進みに進んでしまった。
その結果がどういうわけか、現在のこの状況を生んだ。夏はまだまだ先だけど、温水プールなんて…!行ってみたいとは思ってたけど、まさかこんな顔ぶれと来るなんて。

水着はもちろん持ってなかったんだけど、この新しく出来たらしい都内最大の温水プールには、水着のレンタルを行っていて、わたしも手塚くんも、仕方なく着替えた。

それにしても…、て、手塚くんはなんて引き締まった身体つきなんだ…!横に立ってるだけで虚しくなるんだけど!日焼けしてない箇所は異常な迄に白くて、無駄な贅肉なんてどこにもついてない。わたしは自分のお腹を見て思わず両手で隠した。だ、ダイエットしようかしら。

「…せっかくだから、泳いで行かないか?」
「えっ!ま、マジで!?」
「嫌なら別にいいんだが、実は俺は温泉プールは初めてでな」
「えっ、わ、わたしもわたしも!」
「そうなのか。なら、せっかくだから、一緒に初体験をして行こう」
「誤解されそうな台詞やめてくれないかな」

まあ勉強の息抜きだと思って、もう今日は目一杯楽しんじゃう感じで!!手塚くんも心無しか目がキラキラしてるように見えるし!(かなりレアだよね!)

「よっしゃー!遊ぶぞおー!」
「……」
「…よ、よっしゃー!遊ぶぞおおー!!」
「…?」

何度も横目で手塚くんをみたけどやっぱりだめだったわ。めっちゃ恥ずかしいなにこれ。

「普通さあ!」
「ん?」
「普通おー!って言うとこじゃないの!?なんで言ってくんないの!?わたしめっちゃ恥ずかしい奴じゃん!」
「そ、そうか、すまない」
「わかればいいんだよ!よし!仕切り直してー」

ぐっと拳を握り直して、手塚くんにアイコンタクトをひとつ。

「今日はおもいっきり、楽しむぞおー!」
「お、おー」

テンション低!まあ、もういいや!とりあえずまずはあのウォータースライダーに乗らないことには始まらないよね!

「手塚くん!行こ!」
「お、おい、走ると危ないぞ」
「へーきへーき!」

そう言った矢先、やっぱりわたしはアンラッキーで、手塚くんの手を引いたまま、誰かにぶつかってしまった。硬い胸板が痛い。

「あ、す、すみませんっ!」

ぶつかった衝撃で後ろに倒れそうになったわたしを、手塚くんが見事に受け止めてくれた。

「大丈夫か?だから危ないと、」
「あ?なんだこの豆女。…ん?テメーは確か、青学の手塚…!?」
「?、そうだが、何処かで会った事があるか?」
「忘れたとは言わせねぇぜ…!先週俺の学校の奴らがテメーの仲間にボコられたんだ」
「…じゃあ俺は直接関係はないはずだが」

手塚くんの言う通りだ。それに手塚くんの仲間って、不二くんたちのことかな。だとしたら彼らが理由もなく他校の奴らと喧嘩なんてしないと思う。きっと何かちゃんとした理由かあったんだ。うん、絶対そう!こいつらが先になんかしてきたに違いない…!

「つーか何お前まさか、こんなちんちくりんと付き合ってんのかよ?」
「ダッセェ!超小物!つーか実際小物サイズだし!ぎゃはは!」

悪かったな小物で。お前らこそ小物臭がプンプンするけどな!ぎゃはは、は…?

「あのー…、すいません、わたし達これからウォータースライダーに行くんですが…」

なんでわたしと手塚くんを両サイドに拘束!?

「ちょっ、な、なにするつもりー!?」
「あァ!?決まってんだろ、アレやってもらうんだよ」

彼が指を指したのはわたしの視線よりずっと天井に近い、あ、あれってまさか、ジャンプ台のこと!?

丁度良いタイミングで、ジャンプ台に勇者がひょっこり顔を出した。…んん?あれってさっきの坊主頭くんじゃ…?

「葵剣太郎、い、いっ、いっきまーす!!」

彼の飛び込み宣言を聞くなり、下にいるさっきのイケメン爽やかお兄さんとかが、「いけー剣太郎ー!」「とびっこが飛び込む、ぷっ」「いやとびっこじゃねーから」と仲良さげに騒いでいる。

躊躇いもなくふっ、と飛び込んだ坊主頭こと葵剣太郎くん?はあっという間に水飛沫と一緒にプールの中へと消えてしまった。

す、すごい、ジャンプ台に立ってまだ10秒も経ってなかったのに…!

ぷはあっ!と顔を出した彼は嬉しそうに笑いながら、「どうどう!?どうだった!?これで俺もモテるかなあ!?」と周りのみんなに聞いている。モテる云々で飛び込んだのか。すごいなあ。
感心している場合じゃなかった。結構今ピンチっていうか、わたし高いところは実はだめで…!

願いも虚しくわたしたちはそのままジャンプ台へと連行された。手塚くんに至っては全く抵抗する素振りなんて見せないで、至極冷静、いつも通りだ。わたしが助けを求めて何度視線を送っても全然気付いてくれないし…!本当に鈍いなキミって人は!

「おら、飛び降りろよ。レディーファーストだぜ」

こんなレディーファースト聞いたことないんだけど!罰ゲームより酷いお仕置きじゃないか!?
まあでもよくよく考えたら、今まで受けてきた暴行やカツアゲに比べたら100倍マシだよね。いやでも高いところは本当に…!

飛び込み台の先へ無理矢理立たされて、ふ、と薄目で下を見てしまった。だ、だめ!無理!飛び込めるわけない!

みるみる体温が下がっていくのが自分でもわかった。やば、わたし今唇紫なじゃない?

振り返って手塚くんに助けを求めた。目があって、彼が何か言いかけた瞬間、不意に誰かに背中を押されて、わたしは簡単にバランスを崩してしまった。

ぐらりと揺れる身体は、水面に吸い寄せられるみたいに飛び込み台から離れていく。

「あっ…!」

手を伸ばしたってもう遅すぎる。落ちるってこんな感覚なんだ、とやけに冷静な自分に少し驚かされる。

ドボン!!水の中に入ったと同時に、わたしの意識が途絶えそうになった。パニックで泳ぎ方さえもわからなくなって、それでもとにかく水面に浮かなきゃと上に向かって手を掻いた。

「ぷはっ、はっ、はあっ、はあ、っ」
「わ、女の子なのにキミすごい!俺好きになっちゃいそう」
「見ろよ剣太郎、次手塚が飛ぶみてーだ」
「手塚さんも〜!?青学ってやっぱすごいなあ!眼鏡外した時の手塚さんは、マジ本気モードだからヤバい!カッケー!!」

騒がしい坊主頭くんはやたら一人で盛り上がってるみたいだけど、わたしたち脅されたんだからね!?

いつの間にか眼鏡を外した手塚くん。なかなか飛び降りて来ないから、もしかして手塚くんも高いところ苦手なのかな?と思ったけど、飛び込み台に姿を見せるなり、ものの2秒で飛び降りた。

ドボーン!と誰よりも水飛沫をあげて飛び降りてきた手塚くんは、すぐにわたしの目の前に浮いてきた。

「怪我はないか?」

普段は下りている髪の毛を後ろにかきあげて、手塚くんはわたしの濡れた髪を自分と同じようにかきあげた。わ、わわっ、カッコいい…!じゃなくて!

「いやーすごいな、流石手塚」
「これくらい佐伯でも出来るだろう」
「出来るけど、手塚みたいにかっこ良く決まらないと思うよ」
「いやいや!サエさんなら余裕でかっこ良く決まるって!さっき女の子に逆ナンされてたじゃん!マジ羨ましい!!俺もモテたいのにー!」
「いや、こういうのは意外とダビデとかが決めるんだって」
「…いや、そんなことは、」
「謙遜するなよ」

「とにかく苗字が降りた時に一人でなくて良かった」
「あ、あの人たちは?」

自然と手塚くんがわたしの腰に手を回している。ま、まあそのお陰でこうして浮いていられるわけだけど。こういう恥ずかしいことさらっとやっちゃう辺り、女の子慣れしてるんじゃないかと思うんだ。だってヤンキーだし、そういう経験も早いんじゃないかっていう偏見が、ね。

「ああ、上で少しな。お前を押しただろう。逆鱗に触れたとまではいかないが、俺は少し腹が立ったんだ」
「…?確かに、押されて飛び込んじゃうことにはなったけど、どうしてそれで手塚くんが、」

助けを求めて何度わたしが視線を送ったかことか。でも手塚くんは気付いてくれなかったじゃないか。…あ、そういえば落ちる間際、何か言いかけてなかったっけ?

「なんて言おうとしたの?」
「?、何の事だ」
「落ちる間際に、目があったじゃん。あの時、なんて言おうとしてた?」

じっ、と彼を見つめる。眼鏡が無いせいで、焦点がわたしと合わない。でも、わたしを見ようとはしてくれている。

「別に、大したことじゃない」
「なら尚更言えるよね?」
「…」

「教えて」

あからさまに困った顔して、眉間に皺を寄せる手塚くん。坊主頭くん達が見ている中、彼はようやく口を開いた。

「お前が先に下に落ちても、俺が必ず助けてやる、というのをだな、…いや、別に変な意味などはないんだが、あんまり苗字が怯えたハムスターみたいで、その…」
「心配、してくれてたんだ…」
「当然だろう、それにお前はなんというか、色々と危なっかしくて、目が離せないんだ」

不意打ちすぎるカウンターに、わたしみたいなちんちくりんが対応なんて出来るわけがなくて、まるでゆでダコみたいに顔が赤くなるのがわかった。水面に顔を半分沈めて、ついでに心にも鎮まってくれるよう頼み込む。坊主頭くん達はやたらわたし達を見てニヤニヤしてるしなんなんだよ全くもう!

「て、手塚くんでも冗談とか言うんだね…!」

とかわたしも何言ってんだろ。腰に回されていた手に急に違和感を感じる。恥ずかしさばかりがわたしを満たしだして、平常心じゃいられない。へ、変な人だなあ手塚くんは!

「み、みんなでビーチバレーでもしない?砂浜はないけど…。ほら、坊主頭くん達もさ!」
「やるやるー!!じゃあチーム決めないとねー!」

みんなでワイワイしているうちに、さっきのそわそわした気持ちは薄れていった。手塚くんも至って普通にしているし、別に特別な意味なんてなかったんだ。

ただ、やっぱりさっきの発言は、わたしを守ってくれると言ってくれたみたいで、とても嬉しかった。