席替えから一週間。漸く俺は自分の感情を認めた。タイプとは全く真逆の、女子っていうより女の子、という表現の方がしっくりくる隣の天使に、俺は恋をしている。
認めたくはなかった。俺はこれからもテニスと向き合っていくつもりだし、まだまだ強くなりてえ。そのためにいくらだって努力する。恋をすることで、テニスに手がつかなくなると思っていたが、それはどうやら違うらしい。(忍足に聞いた)

なにはともあれ、自覚したらしたで、また大変なことが増えたワケだ。日に日に気持ちは膨らむばかりで、昨日より今日、先刻より現在、一分一秒ごとに名字のことが好きだと思う。自分でそれが、わかってしまう程だ。病気だろコレはマジで。忍足の病院で診て貰った方がいいんじゃねーか、俺。


「わ、わたしの顔に何かついてる?」
「あ?」
「ずっと見られてるから、何かついてるのかなって…」
「!、わっ、悪ぃ」

しまった、ついつい凝視しちまった。コイツが鈍そうでよかった。付き合ったらどんなカンジなのかとか、好きなヤツの前では今以上に可愛い顔すんのかなとか、頭の中はそんなことばっかだ。ただの変態じゃねーか。

「宍戸くんって、よく怪我してるよね」

授業中にも関わらず、俺の頬にそっと手を添える名字。思わず椅子から落ちそうになる程、身体が強張った。俺は女子かヘタレかよ。

「昨日までこの怪我なかったのに。部活大変?辛い?」
「…いや、まあテニス好きだし、辛くはねえよ。練習はすげーキツいけど、楽しい」

テニスの話になると、自然と頬が緩むのが自分でもわかる。あぁ、俺マジでテニス好きなんだなぁと改めて実感できる。いつの間にか時間が経って、テニスしてる時は、テニス以外のことなんて考えられねえ身体に、勝手になってる。

「ふふ、いいなあ、そういうの。かっこいい」
「…は」
「好きなことに向かって全力で、それも長い間頑張れる人って、そんなにたくさんいないよ」

そう言うと名字は、俺の少し後ろの方を見つめた。恐らくテニスコートだろう。
そんな風に改まって言われたのは初めてで、しかもそれが好きな女子ときたら、嬉しくてたまらなくなった。同時に、なんか、すげー心が痒くなって頬が染まっていくのがわかった。(なんでこいつこんな可愛いんだよ!)

「…今度、見に来いよ」
「え?」
「テニス」
「…い、いやでも、他にもたくさんギャラリーとかいるし、見に行っても迷惑なんじゃ…」
「いいよ別に。お前なら」

内心、何言ってんだ俺、と思いながらも、俺にしては頑張った方だとも思った。

「じ、じゃあ、今度行くね」
「おう」

なんか、今日から更に部活頑張れそうな気がする。跡部に相手でもしてもらおうかな。いやでももしどうしてそんなに調子が良いんだとか、何か良いことでもあったのかとか聞かれても困るな。眼力もすげえけど、跡部の洞察力は半端じゃねえ。絶対聞いてくるに違いねえ。何かの拍子で俺が名字のことが好きだってバレたら笑われるかもしれねえ。それこそ、俺が忍足と岳人に話を持ちかけた時みてえに。



授業終了のチャイムが鳴って、名字は席を立つといつものように友達のところへ行ってしまう。そのグループの中で一際可愛いく見えるのは、俺が名字を好きだからか。いや、実際他の男子の目にもそう見えてる筈だ。あ、なんかモヤモヤしてきた。なんだこれ気持ち悪ぃ。

「宍戸ー!跡部が呼んでるぞー」
「跡部が?」

え、まさか俺が名字のこと好きとか嗅ぎつけて来たんじゃねえだろうな。俺が廊下に出ようと席を立った瞬間、クラスの女子たちが黄色い声をあげて跡部様ーとかなんとか叫び始める。相変わらず引くぐれえ人気だな。
ふと、名字の方を見てみれば、周りは跡部跡部と騒いでいるくせに、興味がないのか他の女子とは違う方を向いていた。それを見て思わずニヤけそうになる。口元を手で隠しながら俺は廊下に出た。

「何だよ、珍しいな。いつもは放送で呼び出す癖に」
「アーン?俺様の気分だ」
「…。んで?何だよ」

相変わらず俺様健在だぜ。全く、こんなヤツのどこに魅力を感じるんだ、女子達は。

「今日の部活は無くなった。自習練したきゃ勝手にしろ。それを伝えに来た」
「はあ!?なんで中止なんだよ」
「榊監督と俺様でミーティングをするんでな。忍足に俺の代役を務めてもらおうと思ってたんだが、よく考えてみろよ?俺様の代役が俺以外の他誰に務まるんだ?」
「…あー、そーだな」
「だろ?ま、コートは使えるし、自主練がしてぇならしろ」

「とにかく伝えたからな」そう言って跡部は颯爽と俺の目の前から立ち去って行った。せっかく人がやる気になったってのに、なんでこういう時に限って…。(さっきの言い草なんて上からすぎてイラッともしねえ)

「はあ…」

「去り際の顔、見た!?チョーカッコイイ!」
「声までカッコイイなんて反則!」

聞きたくもない女子達の声が耳に入りこんでくる。今の短い間でそこにカッコイイ場面があったのか甚だ疑問だが、まあ今はどうでもいいか。脱力しながら席に着くと、名字も既に自分の席に着き、次の授業準備をしていた。本当にこいつ、あの跡部に興味がねえのかな。この学校じゃ珍しい部類に入る名字についそのことを持ちかけてみる。

「お前は跡部には興味ねーのな」
「え?なんで?」
「なんでって、興味あんのか?」
「興味はなくはないけど……なんであんなお金持ちなのかなとか」
「それは…俺達テニス部員でもわかんねえな」
「でもきっとあの人もすごい努力してるんだろうなあ…」

鈍いのか鋭いのかよくわかんねえヤツだな。ふわふわへらへらしてるだけのように見えて、実は結構周りのこと見てんのかな、なんて、また新しい一面が見れたような気がして嬉しくなった。



放課後、俺は自主練に向かうためHR終了の挨拶と同時に荷物を持ち、教室を出た。チラリと後ろを振り返ると、名字と目が合い思わず逸らす。やべ、今のは感じ悪かったかもな。もう一度名字の方を見ると、既に違う方を見ていた。あぁ、やっちまった。挨拶くらいすりゃよかった。後悔先に立たずとは当にこのことだ。俺は気持ちを切り替えて、部室に向かった。


「!、あー、くそ」

教室にタオル忘れた。机の横に引っかけたままだ。部室には当然誰もいるはずもなく、俺の独り言に誰かが返してくれることはない。やる気が一気に下がっていくのを感じた。レギュラーは多分別の場所で自主練してんだろうなあ、とか抜かりない奴等のことを頭に浮かべて、俺はもう一度やる気を取り戻し、着替えてから一旦教室に戻った。

教室に戻り、タオルが入っているスポーツショップの袋をとる。また教室にアイツがいたら、なんて実は淡い期待を抱いていたんだが…どうやら今日はいないらしい。

「…?あれ、」

でもこの鞄ってアイツのだよな…?
隣の席に置いてある鞄は間違いなく名字のモノだ。誰も他人の席にわざわざ荷物を置かねぇだろうし。(いつも付いている少し変わったストラップがついている)(ちょっと気持ち悪い系の)
鞄があるってことは、まだ帰ってねぇってことか。帰り際もう一度寄ってみて居たら、あわよくばまた一緒に帰りたい。そんなことを頭の中で計画しつつ、俺は教室を後にした。


階段を下りていると、前から大きなダンボールを二つ重ねてよろよろと階段を上って来る、色素の薄い肌色の足が見える…ってことは女子だよな。俺も無視して行ける程冷酷じゃねぇ。ここはひとまずダンボールを持ってやって、それから話掛けよう。

目の前に人の気配を感じたのか、彼女は俺に「すみません、」と謝って避けようとする。俺は彼女の前に再び移動して、上に乗せられた一つ目のダンボールを持った。我ながら良いことをした。そう思ったのに。

「え!ひゃ、…っ!」
「…え、あっおい!!」

俺が勝手に彼女の荷物を軽くした所為でバランスを崩し、彼女の身体が後ろへと傾く。…ちょっと待て。さっきの声といい、色素の薄い肌色の足に、この華奢で小柄な身体。そんなの一人しかいねーじゃねえか!

持っていたタオルの袋自分が攫ったダンボールを投げ置き、ぎりぎりのところで彼女…というか名字の腕を掴んだものの、名字はそのダンボールを手から離そうとはせず、俺の身体も一緒にぐらりと下へ傾いた。

せめて。せめてコイツが怪我をしないように。頭を打たないように。俺はぐっと名字 の頭と身体を守った。

鈍い音がして、漸く地面についたのを確認する。どうにかして、俺が下敷きになれたらしい。マジでホッとした。身体は丈夫な方だし、ぶっちゃけ普段の長太郎との練習の方がこれの何倍も痛ぇ。俺自身はなんともなかったが、果たしてコイツは大丈夫なんだろうか。

「おい、大丈…──!!」

顔を名字の方に向けて初めて自分の状況に気付かされた。なんだこれ、なんでこんな近いんだよ!?

「う…」

きゅっと瞑っていた瞳をそっと開ける名字。睫毛長ぇなおい。急に先刻とは違う速さで心臓が動いている。何やってんだよ、とか色々言おうと思ったけど、そんなのもう吹き飛んじまった。こんなに顔が、近くに。

「ご、ごめんなさ──…っ!?」

本当に無意識だった。傷付けるつもりももちろんなかった。どうしても、どうしても抑えきれない衝動だった。

一瞬、一秒の出来事。唇と唇が触れ合う。ただそれだけ。それだけのことが、俺の中ではとてつもなく大業を成し遂げたみてえに思えた。俺にも、自分が何を仕出かしたのかよくわかんねぇ。ただただ、とてつもない速さで心臓が動いている。目の前に居る名字のことが、どうしようもなく好きだと、全身で感じる。


「え、あの、…え?」
「…悪ぃ」
「…な、んで」
「や、マジで、するつもりじゃなかったんだけど」

…気付いたら、身体が勝手に。なんて言い訳言っても仕方ねぇ。でも、どうしていいのかわかんねぇ。名字はすげー困惑してるし。(そんな顔でこっち見んな!)

「マジで、ごめん!!」

我ながら最低だと思う。謝って済む話じゃねぇ。勝手に荷物持って転ばして(守ったけど)、勝手にキスして、勝手に逃げるなんて。でももう遅い。もう逃げちまった。
あぁああせめてあのダンボールだけでも運んでやればよかった!結局俺、最低なことしかしてねーじゃねぇか!!


「あーーー!!俺のバカ野郎!」


もう今日はテニスとか、絶対に出来る訳がねえ。




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