「勝手に誰かと席を交換しないようにー」

担任はそう言った後、あとは大人しく自習してろよー、とだけ付け加えて無責任に教室を後にした。各自自分の椅子を机の上にあげてだらだらと移動を開始する。

「…6か」

小さな紙と黒板を交互に見ながら、内心でガッツポーズ。窓側の一番後ろとか、どこかの軟派テニス野郎じゃないが、ラッキーだ。ジローが、とりかえて!なんて言って来る前に早く移動しちまおう。
そのジローはというと一番前のド真ん中で、既に机にうつ伏せている。寝ているのか沈んでいるのかはわからねぇが、運が悪いのは確かだな。

「っし、あー、勉強する気しなさそうだな、ここ」

移動し終わっていざ席に着いてみると、ここからテニスコートも見えるし陽も当たるしで、最高の席だ。後は隣のヤツがうるさくなけりゃそれでいい。教室内を見渡すのにも実適したいいポジション。どうやらクラスの一番うるさいお調子者はドア側の一番後ろらしい。もう一生席替えしなくていいわ、マジで。
ところで隣のヤツがまだ来ねぇ。俺の隣はもしかして空席なんだろうか、と思いもう一度黒板を見てみるが、6の隣にはきちんと12の数字が書かれている。

何モタモタしてやがんだ?と思った矢先、ガタガタと机と椅子がぶつかりながら近づいてくる、席替えの時特有の音がした。直後──、ガターンッ、と椅子が床に派手な音を立てて落ちた。クラスの連中は席替えで盛り上がっているためあまり気にしてないようだ。何故椅子を乗せている側に身体をつけて運ばないのかは謎だが、とりあえず、落ちた椅子を拾ってやった。

「わ、ごめんね、ありがとう」
「ん。お前もしかして12?」
「うん、あ、宍戸くんとなり?よろしくね」
「おう」

うわー、マジか。…うわー、マジか!!思わず出そうになる声を抑えて心で叫ぶ。なんつーか、苦手なんだよな、コイツ。
天使の輪でもついてんじゃねーか?ってくらいの(実際一部の男子にはエンジェルと言われているらしい)雰囲気を纏った女子──名字名前。
小柄で華奢で、運動音痴。顔が可愛いのは認めるが、性格作ってんじゃねーの、と勝手に思っている。あんま関わったことねーけど。

「あんまり喋ったことないから、緊張したなあ」
「え?」
「え?…あっ、えっ?…もしかして今の声に出てた?」
「バリバリ出して言ってたぞ。つーか、聞こえるように言ったんじゃねーの?」

唖然としながら聞くと、顔をぼんっと真っ赤に染めて、「ちちちがうよ、」と吃りながら返してきた。

「またやっちゃった…」

よくやるのか…そんで今のも心の声なのだろうか。なんつーか、これ無意識なんだったら犯罪級じゃね?


「あ、あのね。宍戸くんにお願いがあるんだけど」
「?…何だよ」

え、何、マジ怖ぇ。既に俺にも天使の輪みたいなのが見えてきているあたり、ヤバイかもしんねぇ。


「次の数学、教科書見せてもらってもいい?」
「…あ、おう、いいぜ」
「ありがとう!今日なんか当たりそうだから」
「お前の予感あたんなさそうだな」
「む、失礼なっ。今日当たったらどうする?」
「いやどうもしねーよ、当たんなかったらお前嬉しいんじゃねーのかよ」
「あ、うん、それもそうだね」

なんだコイツちょっとウケる。裏表ない女なのかは未だに怪しむところだが、隣がテニス部のファンでキャーキャー煩い女子よりは大分いいな。
それから名字は料理部だと判明し、ますます天使の輪がはっきり見えるようになった頃、授業終了のチャイムが鳴った。ジローのとこ行って慰めてやるか、と席を立った時。


「宍戸くんの隣になれてよかった」

「…なっ!なんだよ急に!!」
「え?…まさか、今の声に出てた!?」
「出てた!?も何もねぇだろ!お前どんだけ口緩いんだよ!?」
「うそっ!?うそだっ!」
「ちょ、マジお前もうやめろちょっと、その天使の輪どっかやれ!」
「天使の輪!?えっ、何?」
「あああ何でもねーよ!そんな顔でこっちを見るんじゃねえ!」
「えぇっ、ブサイクな顔してた!?」
「うるせーこっち見んな!」
「聞かなかったことにしてくださいっ」
「何も聞いてない俺は何も聞いていない」
「ありがとう宍戸くん!」


天然単純バカ。たった今、名字名前がどういうヤツかわかった。全部無意識なんて一体どんな教育を受けて育ったんだアイツは。そんで俺は何ちょっとときめいてんだ。ダメだろ。俺にはテニスがあるだろ。そうだろ、俺。

"宍戸くんの隣になれてよかった"

深い意味なんてきっとないんだろうが、俺の中では確かに意味ある言葉として心の中に残った。


「ん〜…あれぇ、宍戸、顔赤いCー…」
「ジロー…席交換してえな」
「ん〜?」
「隣に天使がいるんだよ」
「……宍戸ー、熱でもあるんじゃないの?」





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