「待ちぃや名前!」
「ついてくんな!この浮気者!」
「せやからアレは浮気とちゃうって!ええから話聞けや!」

ここが三年の廊下ということを忘れて全速力で逃げる。もちろん、浮気者の白石から。

悪いのは全部白石だ。わたしという可愛い彼女がいるにもかかわらず、浮気だなんて。信じられない。こんなに可愛い彼女がいるってのに、普通浮気するか?…いや、さっきの子も確かに可愛いかったけど。でも例え白石よりかっこよくて、白石より頭もよくてテニスも上手な人が現れたとしても、わたしは絶対白石以外の男とどうこうなろうとは思わない、ていうかこれ普通のことだよね。

なのにあいつ、あの毒手馬鹿。わたし以外の女の子と抱き合ったりなんかして。もしかしたら事故、だったかもしれない。でもそうだとしてもそれは白石が隙を見せたからそうなったんだからして、白石が悪いんだ。


足は速い方だけど、流石に白石には負けてしまう。もうちょっとで追いつかれる。いやだいやだ、今は顔なんて見たくない、言い訳なんて聞きたくない!

階段をちょっと危険だけど二段飛ばしで降りて、二階まで降りる。そのまま今度は二年生の廊下を走ると、丁度いいところに使えそうな奴がいた。

「忍足!ちょっと足貸して!」
「はあ!?」
「いいからはやくおんぶー!」
「ちょっ、おい!ぐえっ!」

慌てふためく忍足の背中に強引に乗る。どうやら忍足がこの階に居たのは財前くんのところに来たかららしい。

「また部長と喧嘩っすか」
「今それどころじゃないから!」
「あ、先輩ちょお待って、写メだけ」
「え?えへへ、ピース」

未だに動揺している忍足を余所に、にっこり笑顔でカメラ目線。

「どう?可愛い?可愛い?」
「あーはいはい、ほら、部長もうすぐそこ来てますよ」
「やばい!忍足どこでもいいからとりあえず走り回って!」
「なんっやねんもう!」

あとでコロッケパンおごるから!と言うと急に眼の色変えて走りだした。後ろから白石がわたしの名前を呼んでいる。うるさい、呼ぶな浮気者め。

「謙也ぁ!お前うちの名前何たぶらかしてくれとんねん!」
「おおお俺がたぶらかされたんじゃボケェ!」
「名前の太股触ってるやないかっちゅーか止まれや!」

「っちゅーてるけど、止まってええんか?」
「いいわけないでしょ!ていうかあいつしつこいんだけど!」
「なんで俺まで逃げなあかんねん…」
「コロッケパン」
「はっ!せやった!」

二年生はぎょっとした顔でわたし達が風のように通りすがって行くのをただ見ている。注目の的、はいつものことだ。白石と付き合っている時点でいつも注目の的なんだから。

「名前!ちょおほんまっ、あれはちゃうねん!あの子が勝手に抱きついてきてそれで!」
「白石が隙見せるからでしょ!」
「おっ、まえ、ええ加減に…」
「え、し、白石?」

「せえや!!」

どこに隠し持っていたのか、テニスボールを流石のコントロールで忍足の脛にぶつけた。その拍子で忍足は見事にバランスを崩して、そして追いついた白石にとうとうわたしは確保されてしまった。

「っ、は、はぁ、はぁっ」
「離してよ!」
「うっさいボケ、今日のは説教やで。謙也におんぶとか何考えてんねん」
「だ、だって忍足って白石より足速いじゃん!」

そう言った瞬間、白石の表情があからさまに不機嫌になった。眉間に皺が集まって、口元なんかもう殆どへの字だ。怒ってるんだろうけど、わたしだって怒ってるよ。

「名前はそんなに俺を怒らせたいんやな?」
「…白石が悪いのになんでわたしが怒られなくちゃいけないの」
「せやからさっきのはほんまに不意打ちで」
「だったら突き飛ばすとかすればいいじゃん」
「女の子にそんなん出来るわけないやろ」
「っ、白石のそういうとこが嫌い!」
「な、っんやと!?せやったら俺も言わせてもらうわ!お前のそういう自己中なところが俺かて嫌いやわ!俺がお前以外の誰かに親切にしたらあかんのか!」
「言ったな!?今日という今日は言ってきやがったな!あーじゃあもういいよ!そんなに女の子が好きならわたしなんかもういらないね、さようなら!」
「はあ!?誰もそんなん言うてへんやろ、何一人で悲劇に突っ走ろうとしてんねん。誰が女の子好きとか言うたんや?俺が一度でも女の子好きやわーとか言うたんか?なあ?」
「うるさい!もう白石なんか知らない!嫌い!」

なんだかもうわけがわからなくなって、収拾がつかなくなってしまった。傍でわたし達を見ていた忍足は呆気にとられて呆然としている。その場から逃げようにも白石に腕を掴まれているからそれは出来ないし、だけどもうこんな奴ムカつくし嫌いだし、どこか別のところへ行きたい。ていうか、なんなの、ごめんねって一言言えば済む話なんじゃないの?それを言い訳みたいに違うとか話を聞いてとか。抱きつかれたのは事実だし、それを見てわたしが嫌な思いをしたのも事実。なんでお互い意固地になって、嫌いなところ言い合わなくちゃいけないの。…白石ってわたしのわがままなところ嫌いだったんだ。それもちょっと傷ついた。白石も傷ついたかもしれないけど、わたしの方が大きく傷ついてる。

泣いたら卑怯だと思われる。…仮に思われないとしても、なんか負けたみたいで悔しいから嫌だ。こんな醜くて嫌な気持ち、はやくどっかにいってほしいのに、白石の怒った顔を見たら、わたしも同じような顔になってしまう。

言い返してこなくなって、しばしの沈黙。お陰でようやく二人共冷静さを取り戻し始める。なんであんなに怒っちゃったんだろう、とか、なんでこんなに逃げ回ったんだろうとか、思い返したらおかしくておかしくて。

「…ふ、ははは」
「何笑ろてんねん」
「いや、だってなんか、アホだなって」
「…確かに」
「鬼ごっこみたいだったね」
「俺が鬼?」
「うん、だって鬼みたいな顔してたよ。女の子ちょっと引いてた」
「そら良かったやん。俺が女の子に引かれたらお前嬉しいんやろ?」
「うん、嬉しい」
「ほんま素直やな」
「だって白石のこと好きだからね」
「…さっきの嫌いっちゅーんは、」
「ごめん、嘘だよ」
「なんやそれ。傷ついたんやで」
「わたしだって」
「ごめん。俺も嘘」

仲直り、ということでよろしいのかな?さっきとは打って変わって穏やかな空気が流れ始めている。ていうか忍足お前いつまでそこにいるんだよ。(「お前が足にしたんやろ!」)

「もう浮気しちゃだめだよ」
「せやからしてへんって!」
「この先も?絶対しない?」
「するわけないやん、お前ちょっとは俺を信用、」
「わたしより可愛いくて、こーんな巨乳で、白石だーいすきって誘惑されても、いっちゃだめだよ!?」
「いかへんわ!あと俺は巨乳やなくて美乳派や!」

な、ならいいか、と言ったところで、たくさんの人から注目を浴びていることに漸く気付いて目が覚めた。はやくここから退散しよう。わたしと白石、あと忍足もついでに一緒に、わたし達3人は二年生フロアから姿を晦ました。


「お前らほんま…喧嘩するんは別にええけど俺を巻き込むなや」
「色々すまんかったなぁ謙也。今度コロッケパンおごったるさかい堪忍してや」

「いっこは焼きそばパンにしたってや…」


「逃げたりしてごめんね白石」
「いや、俺の方こそごめんな名前」
「うん、白石大好き」
「俺もめっちゃ好き」

「(はあ…彼女って作ったら大変そうやな)」



fin.

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