「はあー…」

途方に暮れて空を見る。森の隙間からほんのちょっとだけ見える青い空。なんだってこんな山の中で迷子になったんだろう。大人しくみんなと団体行動してればよかった。

野外活動で浮かれてたのがいけなかったのかな。いやでも誰だって浮かれるよね、こんなわくわくするイベント、浮かれずにはいられないっていうか、浮かれてこそ中学生のあるべき姿っていうか。
携帯は部屋に置いて来てるし、誰とも連絡をとることが出来ない。このまま誰にも見つけてもらえずに山で死…いやいやいやだめだめだめ!病は気からっていうのと同じで、わたしがそんな暗い気持ちでいたら本当に見つけてもらえないかもしれない。…かといって。

「…この足じゃ下手にうろうろ出来ないよねえ」

みんなとはぐれて必死になってあちこちを歩き回っていたら、大きな切株に全く気付かなくて、そのまま躓いてずっこけた。上手く受け身をとることが出来ずに、しかも結構派手にこけたから膝からは久しぶりに見る量の血が流れた。今はハンカチを巻いてなんとか応急処置、にもなってないんだろうけど、とりあえず放っておくよりはマシだ。
こんな血だらけの足じゃ歩き回ってもただ血が外に流れていくばっかりだ。貧血にでもなったら終わりだし、とりあえずじっと木に背中を預けて助けを待つ。

このまま空が青からオレンジに変わって、そして黒に変わっちゃったらどうしよう。膝も痛いし、火でも熾して誰かに知らせたいけど熾せないし。どうしようもない、そして、心細くて仕方ない。


「フーンフーンフフン、フーンフフッフッフッフッフ」
「え、え?」

六甲おろし?誰かが鼻歌を…この近くにいるってこと!?

膝を気にしながらきょろきょろと鼻歌の人を探す。どんどん鼻歌がよく聞こえてくる。こっちに近づいて、る?
丁度歌いだしに入る直前で、鼻歌の人は姿を現した。やった、よかった!助かるんだわたし!

「ろぉ〜っこ…、ん?」
「…って、金ちゃん!」
「名字、何してんねんこんなとこで…うわあっ!なんやその足!気色悪!どないしてん!」

身体全体でリアクションをする金ちゃんは、恐ろしいものを見るようにわたしに近づいて来た。「こけちゃってさ、はは」と笑いながら言うと、まるで自分がわたしの身体になったみたいに痛そうな顔をする。とにかく見つけて貰えてよかった。しかも金ちゃんだったら、わたしなんかおぶってひょいひょーいってどこへでも行けちゃうもんね。

「ハンカチ直に当てたらあかんて、膝上で結ばんと止血出来へん」

貸してみ、としゃがみこんで、膝に巻いてあるハンカチを少々乱暴にとる。「いった!」と声をあげてみても金ちゃんは謝りもしない。ちょっとちょっと、優しくしてもらえないですかね。

「ん、出来たで!これで大丈夫や!」
「あ、ありがとう」

不格好だけど、効果はありそうだ。お礼を言ってから、一応気になったから「こんなところで何してたの?」聞いてみる。

「ん?探検やけど」
「みんなは?」
「みんなって、最初っからワイ一人やで?歩くの遅いねんもん、合わせとったら行きたいとこ行かれへんやろ」
「あー、そうだね」
「名字は何してたん?」
「わたしはほら、あれだよ」
「あれ?」
「…探検」
「おっ、名字も!?仲間やん、イェーイイェーイ」

ハイタッチを求めてくる金ちゃんに、イェーイと力なく返す。大きい手だなあと思いつつ、金ちゃんのパワフルさに元気をもらった。

「今何時かわかる?」
「さあ、知らん…あ、わかる!この前ケンヤに時計もろたんやった!」
「腕時計?」

黒いリュックから手探りで時計を探す。「ほら!」と出てきたのは目覚まし時計だった。なんでこんなもん持ち歩いてるんだこの人。部屋に置いて来ようよ。。

「今は…5時26分やな!」
「えっ、もうそんな時間!?やばいね、集合時間6時なのに」
「?、全然間に合うやん」
「間に合わないって、だってここまで来るのに1時間以上、」
「ほんならおぶってったるわ、ワイやったら10分で行けるから」
「じゅっ、」

10分!?驚愕のタイムに目玉が飛び出そうになる。どどどどいうこと、どうなってんの!驚く暇もないまま金ちゃんはわたしをおんぶして、立ちあがる。

「リュックは名字が背負ってな」
「え、あ、あの、金ちゃん?」
「なん?」
「す、スピードとか、あんまり出したら怖いから、ゆっくりめで、」
「なんや怖いん?大丈夫やて!目でもつぶっとったらええわ!」

相変わらず豹柄のタンクトップを着ている金ちゃんと、肌が触れ合う。子どもみたいに無邪気な癖に、わたしなんかよりずっと身体は発達している。腕も、腰回りも、わたしよりずっと逞しくて急に恥ずかしくなってきた。

「それにしても名字の身体は柔っこいなあ、ふにふにしとってめっちゃ気持ちええ」

無意識かどうか知らないけど、太股をふにふにと揉んでくる。どんな教育受けてきたのこのエロ豹!?思春期の女子の身体触ってふにふにするなんてどうかしてるとしか思えない!っていうか少しは意識してよ!

「お、女なんだから当り前でしょ!」
「え、女ってみんなこうなん?いやでもずっと触っときたいで、名字のここ」
「っも、や、やめてって」

確信犯、なのかもしれない。だけど本当にそうじゃなくて、無意識なんだとしたら、犯罪だよこんなの。わたしからは顔が見えないし、金ちゃんが今どんな顔をしてるのか見えないけど、不思議と本気で嫌がっている自分がどこにもいない。なんで?どうして?なんて考える隙もなくて。

「っし、ほな行きまっせー」
「ゆっくりね、絶対、お願いね」
「わかったて、出発進行ー!」
「お、おー」

それから本当に10分で集合場所に着いてしまった。いや、もしかしたら10分もかかってないかもしれない。記憶が途切れ途切れでしか残ってないのは深くは追求しないようにしよう。

手当てをしてもらうために保険医のところまで連れていってもらって、「本当にありがとう、助かったよ」とお礼を言うと、「ワイが手当する!」と保険医にだだをこね出した。子どもなのかそうじゃないのかよくわからない奴だな、と思いつつあまりに金ちゃんがしつこいもんだから、保険医は救急箱を金ちゃんに押しつけてどこかへ消えてしまった。あなたそれでも先生ですか…。

救急箱を持って、連れてこられたのは金ちゃんの部屋だった。今は同室の男子はいないらしい。


「いっ、いた、」
「し、しみるんか…?」
「ん、大丈夫」

手際は悪いし力強いし、もうちょっと加減ってものを学んだ方がいいんじゃないかな金ちゃんよ。

大げさに包帯を膝にぐるぐると巻いて、「出来た!」これで完成らしい。…後で先生にやり直してもらおう。
でもまあ好意でやってくれたんだろうし、偶然とは言えあそこを通りがかってくれた金ちゃんには本当に感謝しなくちゃいけない。

「ありがとう、本当に」
「なんのなんの〜!大けがやなくて良かったな!」
「うん」

ふに、と太股を撫でられた。え、え!?何、何また発情してんのこのエロ豹!?

よくよく考えたらわたしはベッドに腰かけてるし、発育真っ最中のわたし達がこんな、部屋で二人っきりとか、本当はあっちゃいけないことで…!あ、とかう、とか軽くパニックになっているわたしに気付いてないのか、金ちゃんの行動は更にエスカレートしていく

「あー、ほんま、ずっと触っときたいわ、なんでこんな気持ちええんやろ」
「きっ、金ちゃ、だめだって、」

「あかん、なんやわからんけど、めっちゃ身体が熱うて、これ、なんなん?熱やろか…?」

そんなのわたしに聞かれてもわかんないよ!とはっきり言えたらいいのに、変な手つきで太股を撫でられている所為でうまく言えない。それどころか、気持ちいいとさえ、感じてしまって。

おかしいのはわたし?金ちゃん?もうよくわからない。ただいつ帰ってくるかもわからない同室の男子に、こんなところ見つかったら大変だ。思い切って「ストップーーー!!」と金ちゃんを身体ごと押しのけた。バランスを崩して後ろ手をつく金ちゃんは、「ええ!なんでなん!?」と悔しそうに眉を寄せる。なんでじゃないこのエロ豹!

「こっ、こういうのは多分、す、っ好きな人としなくちゃいけないんだよ!」
「好きな人…」
「金ちゃんとわたしは友達だから、だからしちゃだめ!触れ合っちゃだめなの!」

何歳の子に言い聞かせてるんだわたしは。時々金ちゃんが本当にわたしと同じ中学二年生なのかどうかわからなくなってくる。子どもみたいに無邪気で少年より少年なのに、不意にみせる表情とか、か、体つきとか、男って感じですごく困る。困るんだよ。

「じゃあ好きやったらええん?」
「…え?」

「名字のこと好きやったら、触ってもええの?」

爆弾を投下された。心臓がばーんって爆発して、もうめちゃくちゃにわたしの心を破壊していく。何それ何それどういう意味かわかって言ってるの!?

「っわ、わたしが金ちゃんのこと好きじゃなきゃ、だめ」
「ほんなら、好き?」
「…っ」
「なあ、ワイのこと、好き?」
「すっ、好きじゃない!」
「ええっ!なんでや、なんで好きやないん?」
「き、金ちゃんだってわたしのこと好きじゃないでしょ!」

「好きや、って言うたら?」

もうわけわかんない、どんな魔性だよ。どんなに金ちゃんに嫌だっていっても、結局OKしちゃうコースに入っちゃってるじゃない。悲しそうな顔をしたり、かと思えばすぐに悪戯っ子のような笑みを浮かべたり、本当に先が読めなくて心臓が持たないよ。

「好きや、名字」
「…っだ、だから、わたしは別にっ、」
「触りたい、名字に」
「っあ、や、」
「なあ、今だけでええ、好きになって」

頷く以外許さない、そんな雰囲気出されたら、もう首を縦に振るしかない。小さくこくんと頷くと、目をきらきら輝かせてわたしの手を引いた。びっくりするよりも先に唇を奪われて、そのままこの先に何が待っているのか探るように、何度もキスを繰り返される。

男はみんな狼だって言うけれど、本当にその通りだと思った。



fin.


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