毎日毎日、雨、雨、雨。雨ばっかり。週間天気予報なんか一週間まるまる見事に雨マークだし。農家の人だってここまで降っちゃ喜びはしないだろうよ。いつまで日本に停滞してるつもりなわけ?梅雨前線なんか誰も必要としてないんでってば。


「…何やねん、電気もつけんと」
「…うるさい、つけないでよ」
「暗い女やな。外もじめじめしてんのに、家の中までこれかい」
「…光、」
「嫌なことあったんやろ。雨の所為にするとかほんまガキ」
「ガキにガキって言われたくない」
「ひとつしか歳かわらへんやろ」

光の言う通り、あたしはガキだ。光の方がずっと大人で、ずっと頭が良い。嫌なことがあれば周りに当たるし、まあ今回で言えばその相手は雨なんだけど。だって、だって。

「自宅謹慎らしいな、ちゅーかまあはっきり言うたら停学やろ」
「…だって、」

光とあたしとの学力は、それこそ正に天と地程の差がある。中学校は光が公立だったから一緒だったけど、高校となるとそうは行かない。あたしは志望した受験校に合格することは出来なくて、すべり止めで受けた私立、女子高に通わざるを得なかった。好きで入ったわけじゃない高校だったけど、高校生活はそれなりに楽しかった。これで光も同じ高校を受験してくれたらな、というありえないことまで夢見たりして。もちろん、女子高に男である光が来ることは出来ないし、成績優秀だった光は、市内でも有名な、学力の高い人間だけが通うことの出来る公立高校に合格した。

中学校からずっと付き合ってたあたし達に、高校がどうとか、そんなことは関係ない。と、光が言ってくれた。その時も、あたしが別々の高校に嫌気がさしてた頃に言われたことだった。確かあれも、雨の日だ。

「だって、男女交際禁止の校則とか、意味分かんないじゃん。いまどき」
「…なんやその校則。聞いてへんけど」
「最近出来たんだって。子ども出来ちゃって学校やめる子が多いからって」
「へえ。まあ、学校側としては、そうするしかったんやろな」

つくづく光の意見は大人だ。なんというか、イレギュラーな事態にも、柔軟に対応出来る。きっと社会に出れば使える人間、仕事の出来る人間なんだろう。あたしなんか、下らない校則に勝手に一人で腹立てて、挙句光と一緒に居る所見つかっちゃうんだもん。(制服で堂々ラブホ、なんて不注意だったけど)

「で?なんで嘘つかへんかった」
「…嘘って」
「俺とは別に付き合うてないとか、兄弟やとか、色々あるやろ」
「…ラブホに入るとこ見て、誰が兄弟だと思うよ」
「…あー、先週の」
「ていうかあの時間にあの周辺に教師がいたことの方がおかしいのにね」
「あそこ安かったしな」
「そういう問題じゃない!」

冗談を言う光にまた当たってしまう。カーテンも閉めて、布団にくるまって、それでも雨の音は聞こえてくる。うるさいんだよ、雨も、わからずやの教師も。何がいけないの?好きな人とエッチしたいと思ったらだめなの?あんた達もやってきたことなんじゃないの?たまたま見つけたあたしを、どうしてこんな、この時期に停学なんかに。

「…なんでお前、雨に弱いねん」
「…弱くないもん、戦ったらあたしの方が勝つし」
「ほんなら外出て戦ってこいや」
「いやだ。冷たいし、うるさいもん」
「雨を嫌う理由が俺にはようわからん」
「わかんないよ、光には」
「いちいち噛みついてくんな」
「……光は雨、好きなの?」

「あのとき雨降ってなかったら、お前と出会えてへんかったかもしれんしな」

あの時──、そうだ、光と初めて会った時も雨だった。中3の時だ。テスト週間でパンク寸前だったあたしの頭を、まるで冷ましなさいとでも言うように、急に降りだした雨。玄関でうじうじどうしようか悩んでて、テストも雨も、もう何もかも嫌だ!いらない!って思ってうっかり心の内を昇降口で叫んじゃった時、たまたま居合わせた光が吹き出して笑って。喋ったことも、見たこともない、他人だったあたしに、傘を差し出してくれて、一言だけ何かを言って走って…あれ、あの時光、なんて言ったんだっけ。

「雨なんかすぐ止むし、停学かてちょっとの辛抱やろ。がんばれや」


ああそうだ、あの時光は…。

『こんな雨すぐ止みますよ、テストかてあとちょっとの辛抱っすわ。あんただけが頑張ってんのとちゃうんやから、もうちょっと頑張れや。あんた先輩やろ。後輩に見損なわれますよ』

そうだ、あの頃から光は生意気で、一言も二言も余計な奴だった。普通初対面の人にあんなことは言わない。まあ傘貸してくれたからあたしもチャラにしたけど、今思い出したら結構生意気なこと言われてるな。


「光、」
「ん」
「雨、止むかな」
「…当り前や。雨が一年も二年も降り続けたことなんかあるかい」
「うん、そうだね」
「電気つけるで」
「だめ、こっち来て」
「は?、わっ」

布団の中から手だけをにゅっと伸ばして、光を引き入れる。あたしの熱で暖まった布団は、雨の匂いなんて当然しないし、しっとりもしてない。

「な、んやねん急に、」
「雨の音、うるさいから」
「…で?」
「かき消して」
「…新しい誘い文句やな」
「どう、かな?」
「いや、最高に興奮しとるけど」

そう言って、器用にもぞもぞと布団の中で移動して、あっという間にあたしの上に馬乗りになる。右手をぐいっ、と掴まれて、光の胸に手の平をべたりと当てられた。

ばくばくとすごいスピードで動いている光の心臓は、明らかに様子がおかしくて、興奮しているんだとわかる。そして光の心臓とシンクロして、あたしの心臓もすごいスピードで動いている。雨の音なんか、全く、全然耳に入ってこない。もう、聞こえるのは光の心音と、声と、吐息と、ああもう全部!

「ほんま、そのフザけた校則守る奴なんかおるんか」
「さあ?あたし達には関係ないね」
「破って当り前や」
「あたしね、先生になって言ったと思う?」
「避妊はしてます?」
「な、ちっ、違うっての!」
「なんや、じゃあ言え」
「言えって…、…す、好きな人とエッチして、気持ちよくなることの、なにがいけないんだーって、職員室で大声で言ってやった」
「女子高でよかったな」
「ま、まあね。帰る時友達にかっこよかったって言われたよ」
「かっこいい?お前が?」
「でもかっこよくない?すごくない?」
「んー、エッチやなくて、セックスやったらよりええかな」
「な!そ、そんなの言っちゃったら停学期間延びちゃうって!」

額に、目尻に、頬に、キスを落とされて、身体の力が徐々に抜けていく。そうだよ、好きな人とキスすることが、ひとつになることがこんなに気持ちいいんだもん、これからすることが悪いことなわけがないじゃない。

「ちゅーか、停学中やのにええんやろか、お前に手ぇ出して」
「いいよそんなの。…光は嬉しくないの?」
「…嬉しいっちゅーか、なんやろな、上手く説明出来んのやけど」
「何?」

「お前抱いとる時、俺が幸せにしたるって、思う、」

「!!」

な、にそれ、どこで覚えてきたのそんな殺し文句…!年下の癖に恐ろしいわ、何、どうしよう、心臓がもうリオのカーニバル状態なんだけど!伝わりにくいかな!

「正確に言うと、俺ので、やな」
「…下ネタかよ」
「好きな癖に」
「まあね」
「…雨、聞こえへんようにしたるわ」


明日の天気予報は多分きっと、外れる気がした。だってもう、雨の音は聞こえないから。



fin.



← →
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -