髪を切った。あ、別に失恋したとか全然そんなんとちゃうんやけど。ただ、雑誌で見た髪型があんまりにもツボで、もうめっちゃ可愛いくて!そっこー美容院予約して、思い切ってロングヘアーとおさらばした、っちゅーわけなんやけど。

大体ロングからショートとか大胆に髪を切った次の日ってなると、そらみんなの注目浴びたりとか、「髪切ったん!?ええやん〜!」みたいな賞賛の言葉を貰えんのがわたしら女子高生やったら普通や。よくある光景。クラスでは一番目立つわけちゃうけど、そんなに暗い性格でもないし、少なくとも嫌われたりキモがられたりはしてないと思うねん。せやから、せやからな?ちっとばかしそわそわしながら登校した。のはええんやけど。

「…どういうことや」

教室に入る、こともままならない程、クラスの前に女子が仰山集まっとる。なんやねん、これ。なになに、新しい教育実習生とか来る予定やったっけ?めっちゃイケメンとか?いやいやそんな教師の卵よりわたしの、わたしの髪、みんな全然見てへんのやけど。

眉を寄せながら強引に室内に入れてもろた。当り前やけど教室内もすごい女子の集団や。黄色い声あげて誰かに向かって「かっこいい…!」「やばない!?ちょおほんまやばない!?」とかもう殆ど収拾つかへんようになってない?

「はよー、名前。髪切ったんや。ええやん、あたしショートのが好き」
「友達。おおきに。…聞いてもええ?あの女子の塊何事なん?」
「あー、あれか。あれはね、」
「?」

「白石がさ、髪切ったらしいねん。いや、ほんまにちょっとなんやけどな」
「白石って…あの白石?」
「この学校に白石なんか一人しかおらへんやろ。あんたもタイミング悪い時に短こうしたなあ。注目浴びれるかもって期待してたんやろ?」
「…してへんわ、ちょっとしか」
「あは、してたんや。可愛い奴めー。大丈夫や、めっちゃ似合うてる。ちょっともったいないけど」
「ほ、ほんま?これな、雑誌でめっちゃドストライクやって、それで思わず」
「失恋したと思われるんちゃうん?」
「今時失恋して髪切る子なんかおるんかな?」
「あんたならやりそうやん」
「どういう意味や」

朝のチャイムが鳴って、名残惜しそうに、せやけど仕方なく女子の群れは引いていった。ここはアフリカか?とツッコみたくなる程奴らのパワーはすさまじい。学園の王子様が髪を切ったって、ただそんだけのことによう騒げるもんやなあ。白石も髪切っただけであんな囲まれて、大変やろなあ。わたしには関係あらへんけど、でもタイミングが悪いことは確かや。結局まだ友達にしかわたしの髪については触れられてない。このまま誰にも気づかれかんかったら、わたしって存在感ないっちゅーこと?マジで?…せめて次の日曜に切れば良かったかも。もう切ったもんはしゃーないけど。

ちら、と白石を見た。どんなカンジになったんかなって、気になってちょっとだけ。女子があれだけ騒ぐんやから、なかなかええ仕上がりやろな。個人的には黒染めしてたらグッジョブなんやけど。

「…友達、白石、どこが変わったん?」
「え?ああ、わからん?あのいつも外にはねた髪あったやろ。あれ切ったんやて」
「…そんだけ?」
「まあ、男なんてそんなもんちゃう?」

あいつが、あんな、あんなちょっと外にぴよんとはねていた髪を切っただけで、あれ程みんなに騒がれるもんなん?え、何?宗教?白石教?怖い、めっちゃ怖いんやけど。ほんまにちょっとしか変わってへんやん。わたしなんか凝視せなわからんであんなん。元がかっこええと何してもかっこええっちゅーことやな。ふむふむ、わたしも素材が良ければ注目の的になってたんやろな。

ちらちら白石を見ていたのが気に障ったんか、白石が真顔でこっちに来た。え、え、何、白石教に入れとかそういう勧誘的なんはお断りさせて頂いてよろしいやろか…!

「名字」
「うわー!ごめん!入られへん!わたしは無理や!ごめんなさい!」
「?、何のこっちゃ」
「無視してええよ、たまにこの子ブラックホールへ自分から飛び込みよるから」
「なんやそれ。名字、俺まだなんも言うてへんけど」
「え、勧誘やろ?宗教の」
「宗教…?俺ん家は仏壇あるけどクリスマスやるで」
「え、ごめん何の話?」
「いやこっちの台詞やねんけど」

会話が全然噛み合うてへん上に、やっぱり近くで見ても白石が髪を切ったかどうかなんて疑わしいところや。わたしなんかなあ、15センチ以上切ったんやで!それをあんたがそんなちょろっと横のぴょん吉髪を切っただけでわたしは、わたしは…!

「ちゅーかなんでさっきから俺を睨むん?俺なんかした?」
「に、睨んでへんよ!」
「いや、すごい目で何回も睨まれたけど」
「ええー、友達わたし睨んでた?」
「あー、まあ白石にはそう見えたんちゃう?まあ怒りが内面から出てしもたんやな」

「怒り?」

白石は肩眉を上げてわたしに問いかける。お、おお…やっぱり近くで見ると麗しいお顔やなあ。それになんか、ええ匂いする。ワックスの匂いかしら。あー、ええ匂いや。

「え、何、俺臭い?」
「え?」
「いや、めっちゃ鼻ひくひくなってたから」
「えっ、ウソ!?」
「ほんま」

「堪忍白石、この子は本能のまま生きてる子やから許したって。多分髪から香るワックスの匂いが気になったんやと思うで」
「…お前は名字博士やな」
「伊達に幼馴染やってないんで」

「じゃあ名字の怒りっちゅーんは?」
「それはやね、」
「あああ!友達!」

わたし博士、とつい今し方白石にそう命名されて気を良くしたんか、うっかり言葉を零しそうになる友達を慌てて止めた。こんな下らん理由で白石に嫉妬してるなんて言うたら、ほんまどえらいことになるかもしれん。前に誰かからこの男はものすごくサドだと聞いたことが、あったようななかったような。とにかく理由がしょぼいだけに知られたないんや。わたしめっちゃ器の小さい女やん。…実際そうなんやけど。

「ほ、ほら、先生来たよ、席着こう席」
「まあええわ、後でまた問い詰めに来るし」
「来なくてよろしいで!」
「あかん、めっちゃ気になるわ」

ものすごくサドに加えてもしかして、結構しつこいんちゃうかあいつ。あかん、どないしよう。なんか言い訳…!ヘルプミー!と席についてしもた友達を見たけど無視られた。薄情な幼馴染やで。このご時世、もう信用できるのは自分だけやな。やれやれ。


ホームルームが終わってすぐに白石が来た。はあ、もうこれは正直に言うしかないんか。あんたが髪切ったからわたしがこんなにばっさりいったっちゅーんに気付かれてへんやろこのボケナス!…ああ、絶対言えんわ。ほんまに本能のまま生きることが出来たらええのに…。
諦めて溜息をついた時、再び朝の群れがやって来た。さっきと同じ顔ぶれなんか、新参者なんかどうかは知らんけど、白石はあっという間にまた囲まれてしもた。ついでにわたしも、ってなるんは嫌やから速やかにその場から離れる。ふうー、危ない危ない、あんな人ごみん中おったらほんま、酸欠んなるで。白石ファイトー。

「友達、一時間目体育やったっけ?」
「うん、更衣室行こか?」
「や、わたし生理やから保健室でサボるわ」
「あ、そうなん?大丈夫?薬あるけど、」
「朝飲んできたから大丈夫、ありがとう」
「ほんなら保健室までご一緒しよか」

友達は昔から優しい。そういうところが好き。もちろん他にもいっぱいええとこあるけど。もう全部好き。愛してる。結婚してほしい。…っちゅーんは口に出して言うんやけど、適当にあしらわれるだけや。つれないところも好き。わたしってもしかして、女の子が好きなんかな?って思うくらい。

体育頑張ってね、と保健室から友達を見送って、わたしは無人のベッドにいそいそと寝転がる。体育もな、出来ひんわけちゃうけど、まあダルいし?思いっきり走ろうにもなんか股んとこ気になるし?サボりたいのが一番の本音やけど。

それにしても我が高校の布団はなんでこんなふあふあなんや。かなり持って帰りたいけど、絶対バレてまうやろなあ。バレたら怒られるんやろうから自称優等生なわたしはせえへん。ちなみに過去にオール2をとったことがある。

授業開始のチャイムが鳴って、よし寝るぞ、一時間まるまる寝てやるぞ、と意気込んだところで聞き覚えのある声がした。

「何サボってんねん」
「…そ、ちらこそ」

ジャージに着替えてる癖に、なんで白石が?普通レディが寝てるベッドのカーテンをあんな勢いよく開けるもんやろか。びっくりしすぎて固まる他どうしようもないわ。

「さっき逃げたし、サボるし」
「あは、バレた?いやしかしすごい人気やなあ、白石くん」
「さっきの答え聞くまでは俺は授業出えへん」

意外と頑固や、面倒臭い。もしかしたらもうそのことが顔に出てるかもしれへんけど、まあええわ。ちゅーか今日男子バスケって誰かがさっき言うてたのに、こいつあの面白いバスケットというスポーツをまさかサボりよるんか。ええ、ありえへん。

「今日バスケらしいけど」
「バスケなんかいつでも出来る。明日も体育あるし。で?俺に怒っとった理由は?」
「…白石って、中身はあんまりイケてないんやな…」
「は?なんやそれ」
「いやなんでも。別に言うてもええけど、わ、わたしの身体には手を出さないでくれますか」
「…名字、俺を何だと思ってんねん。何もせんて」
「ならええけど…あんな、別に睨んでたつもりはないし、怒ってもないねん。ただ…」
「ただ?」

「し、白石が、わたしと同じで、髪切ってて。わたし的には、結構ばっさりいったつもりやったから、注目浴びるんやろなあて、一応そわそわしながら学校来てん。でも、」
「ああ、なるほどな。俺が髪切ったから、俺が視線も話題も総取りしたんが嫌やったんやな」
「(総取りて…自分で言うんや)…まあそんなとこ」
「それでか」
「うん、ごめんな。嫌な思いしたなら、ほんまにごめん」
「いや、してへんよ」
「う、器ちっちゃいなとか思った?」
「思ってないて」

ベッドにさり気なく腰かける白石の襟足は、良く見たら先週見た時よりもすっきりしているように見える。横だけやなくて、後ろも結構切ってたんやなあ、と今更気付く。…待てよ?白石はわたしの髪について何も触れへんけど、もしかしてわたしがばっさり切ったことに気付いてなかったんちゃうか?え、だとしたらほんまに、ほんまに存在感ないっちゅーこと?もしくはロングだっと時とあんま変わってへん…?

「あ、あのさ、」
「ん?」
「あの、わたしが髪切ったのって、もしかしてわからんかった?」

ふあふあの布団から身体を起こして、短くなった髪をいじりつつ白石を見る。「じ、15センチ以上髪切ったんやけど…もしかしてわたしって存在感ないんやろか?」と飛躍してそこまで口にする。白石はわたしをじっと見つめたあと、「ぷっ、」と吹き出して、それから口を大きく開けて豪快に笑った。

「ちょ、なんで笑うん!?」
「いっ、いやすまん、なん、だってお前、っぷ、くくく」
「なんなん!?なんかついてる!?」

白石が落ち着くまでとりあえずは抑えて、時が来てもう一度「なんで笑ろたん」とぶすくれた顔で聞いた。

「いや、なんか可愛いくて」
「!?、は、はあ!?」
「気付いてるに決まっとるやろ。朝のホームルーム中に男子ん中で密かに話題になってたくらいな」
「えっ、わ、だっ、」
「俺ロングの方が好きやけど、お前はショートが似合うてるわ。可愛い」

あんまりにも白石の言葉がストレートすぎて、どうしたらええか全然わからん!とりあえず耳まで熱くなってきたから、布団でなんとか顔を誤魔化そうと必死になる。それも白石にバレて、笑いながら「ほんま、可愛いなあ」って、からかわれてるとして思えへん…!

「わ、わたしの身体には手ぇ出さんといてって言うたのに」
「え、出してないやん」
「心臓がばくばくゆうて苦しいの!」
「っ、お、前それ、手ぇ出されても文句言えんで」
「なに、わあ!」

不意に腕を掴まれて、気付いた時にはもう白石の顔が目の前にあった。いつも気になっていた横髪はなくて、ミルクティー色の髪からはわたし好みのワックスの香りがする。て、手ぇ出さんといてって言うたのに、って言ったそばからなんなんこの非常事態!

「本能のままに生きるって、ええなあ」
「あ、れは、友達が勝手に、」
「一応理性と戦うてみたけど、無理っぽいわ」
「へ、」
「運命感じた、っちゅーことで」

そう言うて白石はわたしに何の許可もとらずに、柔らかい唇を重ねてきた。甘くて、溶けそうで、何も考えられんようになる。結局わたしも、友達の言うてた通り、本能のまま生きてるのかもしれへん。このまま白石と、どうなってもええかって思ってるくらいやもん。

「保健体育って言うしな、強ちこれからすることは間違うてへんで」
「さ、最低や!」
「何とでも言い」


fin.


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