『話があるの、…大事な』

別れ話以外考えられへんかった。電話でそう言われた時は平気なフリしてわかったとか適当な返事返したけど。いざその話、とやらを聞かされざるを得ん状況になったら、怖い。嫌や、別れるのとか、そんなん絶対。


嫌や嫌やと思っても時間は止まってくれるわけちゃうし、あと10分もしたら名前は来てしまう。このまま永遠に時間が止まればええ。そんで俺は。俺はどうしたらええんやろ?

名前と過ごした今までの時間は幻やったんやろか?夢でもみとったんやろか?名前が傍にいてくれる、それだけで俺は幸せで、望むものなんて他に何もあらへんのや。

欲は捨てる、せやから名前だけは、俺の傍におって欲しい。


「ごめん!早いね謙也、いつからいたの?」
「あ…!」

唐突に俺の目の前に現れたのは、いつもやったら会いたくて会いたくてたまらん最愛の彼女やっちゅーのに。今日をもって俺と名前は相思相愛やなくなるんやったら、そら会いたくなんかなかったで。

俺の様子がいつもと少し違うことなんか、名前にかかればすぐにバレてまう。「どしたの謙也、体調悪い?」と心配そうな顔で俺の顔を覗き込んで来る名前。優しいところは今も昔もずっと変わらん、俺が好きな名前や。

「謙也?大丈夫?」
「え、あ、おっおう…」
「あの、今日お店予約してあるから、そこ行こうと思うんだけど…体調悪いなら、また今度に、」
「い、いや!大丈夫や!全然大丈夫やから、な!店行こか!」
「ほ、ほんと?無理しなくても、」
「ほんまに大丈夫やて、ほんま」

店?予約?そこまでして俺に正式に別れを告げようっちゅーことか。立ち直れる気がせえへん。寧ろ一生名前のこと引きずって生きて行くことになるんちゃうか。
せやかて自分で大丈夫とか3回も言うた手前、もう後には引けへんし。俺は名前にリードされてその予約した店とやらに連れて行ってもろた。

「な、なんや高そうやな。俺あんま持ち合わせないんやけど」
「大丈夫、これがあるから」
「か、カード?どないしてん!」
「白石と一緒に作りにいったの」
「…いつの間に」
「今日はわたしの奢りですぞ」
「アホ、そんなん男の面目丸つぶれやないか」
「いいから、今日は、ね!」

最後やからせめてもの罪滅ぼし?罪悪感から来る俺への情やろか。何にせよほんま嫌や。別れよ、とか言われたら俺多分マジ泣きする気ぃすんねんけど。ちゅーか俺学生の頃から名前とは真剣に結婚とか視野に入れててんけどな。…所詮学生時代の恋、っちゅーやつやろか。はあ、酒でも飲まんと素面じゃやっとれんな、こんなん。

まともな精神状態じゃない俺とは正反対に、名前のテンションは高い。けど、どこかそわそわ緊張した素振りを見せる辺り、やっぱり俺は今日フラれてしまうんやなと確信した。

美味そうな料理が次々に運ばれてきて、とうとう最後のデザートがきてしもた。傍から見たらいかにも仲のええカップルに見えるんやろうけど、これから切り出される話の内容は、生易しいもんやない。あああせめて家とかでフッてくれや。なんでこんな洒落たレストランでフラれなあかんねん。

「け、謙也」

きた、ついにきた。もうどうせフラれるんや、台詞はどんなんでも同じや。もうひと思いにどうぞフッてください。

「あの、あのね、話っていうのは、その、あの、」

まるで俺の人生が一度終了するみたいに、今までの名前の思い出がフラッシュバックされた。告白は俺からやった。今でも鮮明に覚えとる。

『おおお俺と付き合うてください!死んでも大事にするさかい!』
『大事に、してください』
『っほ、ほんま!?ええの!?俺っ、俺でええんか!?』
『で、じゃなくて、が、だよ』

初めて手を繋いだ時。

『っ、手、ぇ、繋ぎ、たい』
『…?、うん、繋ごっか』
『いっ、え、うおお!』
『謙也の手、ごつごつしてるね』
『っ名前、は、やわ、っこい、な』
『そうかな?…テニスしてる手は反対?』
『お、おう…マメだらけやけど…』
『いいじゃん、頑張ってる人の手だよ』

喧嘩した時も、

『なくしたってどういうこと!?』
『いやせやから、なくしたんやなくて、盗られたんやて』
『謙也がちゃんと管理してないからでしょ!?あれ限定ものだったのに!おそろいって言ったの謙也だよ!』
『なくしたくてなくしたんとちゃうわ!ちゅーか盗られたもんはしゃーないやろ!?また新しいの買うたらええやんか、何をこだわってんねん。ほんま女はわけわからん』
『なっ…!…もういい!帰る!』
『ちょっと、外雨やで!アホか!』
『アホにアホって言われたくない!アホ!』

仲直りした時も。

『…名前、……名前って』
『…謙也にはわかんないよ。これももういらない』
『ちょ、捨てるんか!?おそろいで買うてきたのに、』
『謙也が持ってなきゃおそろいじゃないじゃん』
『…はあ、…これ、昨日買うてみたんやけど』
『な、何?』
『お前このシリーズ好きやろ。…昨日帰りに偶然ストラップ見つけた』
『…これ、おそろい?』
『当り前やん。ほら』
『!!』
『…無視されんのとか、結構キツいっちゅーか、寂しいっちゅーか、…な、仲直り、』
『謙也大好き!』
『うおっ!?』

キスしよう思て失敗したこともあったっけ。

『き、っきき、キス、するで、ええか、するで…!』
『もう、早くしてよ。心の準備出来てないの謙也だけ』
『っお、おま、俺がヘタレみたいやんか!』
『え、ヘタレじゃなかったの?』
『お、俺だってなあ!』
『!?』
『っ、い』
『…出っ歯じゃないのになんで歯が当たっちゃうの?』
『…お、おお俺もう死ぬ!いっぺん死んでからもっかい名前んとこ来る!』
『もー、だめだめ。今すぐやり直し』

幸せやった。ほんまに、俺の人生の天井は名前、お前や。


「冗談なんかじゃ、ないから、真面目に聞いて、ね」

な、んや、早よ別れよって言って、もうどこへでも行ってしまえ。


「結婚してください!」

「………へ?」

涙腺が一気に崩壊した。名前を失う恐怖とか、不安とか、ずっと悪いことばっか考えてたから。溢れてくる涙を堪えきれんくて、ぼろぼろと名前を前にして号泣した。お、俺、なんぼほどダサいねん。

「えっ、け、謙也!?ちょっ、ど、どうし、ええ!?」
「み、見んな、ボケ、」
「どっ、な、なん…まさか、ノー…!?」
「っも、ほんまお前、わけわからん」
「け、謙也の方がわけわかんないけど…」

注目を浴びとることには気付いとった。けど、どうしても涙が止まらんくて、そんな台詞俺が一番言いたかったのに。なんで名前が言うねん。腹立つ。そんでもって最高に安心しとる。良かった。別れ話、じゃなくて。逆プロポーズされるとか予想外もええとこやけど、ほんまに、ほんまによかった。

「あの、け、謙也、返事は…」
「…嫌や」
「え!?」
「女からとかダサいやんか。俺から言うん待てんかったんか」
「だ、だって言わないと謙也、どっか行っちゃうかもしれないし、それに、」
「…それに何やねん?」
「わたしは今すぐ結婚したいの!もう明日にでも籍入れたいくらいなの!謙也とずーっと一緒に居ますって誓いのキスもして、それで…」

「そういうのは、俺に言わせろや!」

だってもでももあらへん、俺がずっと言いたかった、でも言えずにずっと温めとったことや。俺が言って泣かせたる予定を、見事に破壊してくれよって。逆プロポーズされて号泣って傍からみても本人からしてもめっちゃキモい、ダサいやんか。

「じゃあ、謙也、言ってくれるの?」
「え!い、今!?」
「うん、今」
「い、今はちょっと…ほら、こない注目浴びてしもてるわけやし…」
「今じゃなきゃやだ」

はああ、昔からこういうのは絶対一歩も引かん奴やった。名前相手に亭主関白なるんはまず無理やな。

いざ言うたる!って意気込むと、心臓がありえへんくらい脈打ち始めて、この店におる奴らが全員見てるんちゃうかなとか、そんなことまで思ったり。いやいや、俺だってかっこええとこ見せたらな。女に言わせるなんてほんま、俺はどうしようもないヘタレ野郎や…。

「…名前!」
「はい!」

「俺と結婚してくださ、」
「よろしくお願いします!」

「…ちょっ、なんで一番大事なとこ被せてくんねん!」
「いやもう早く返事したくて!」

お前って奴は。…可愛いから許す。って俺もつくづく名前には甘くて弱い。これはもう一生覆ることのない事実なんやろうな。

「今から指輪でも見に行こか」
「えっ、いいの!?」
「プロポーズまでして何も無しっちゅーんも、なんかなあ?」
「あ、わたしカードあるよっ」
「アホ!俺の金に決まってるやろ!」
「え、謙也お金持ってるの?」
「……下ろせばある」


fin.



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