「白石、ガムいる?」
「ん?、おおきに」

すっ、とガムを取ろう思たら、ばちん!と親指をでかいクリップか何かで挟まれた。痛みはすぐにやってきて、小さな悲鳴と一緒に思わず手を引っ込める。

「ぎゃははは引っかかった引っかかった!」
「…何やねん、これ」
「え?ガムのおもちゃだよ、この前街で見つけて買ったの。いいでしょ」

イラッ!とした。けどこんなことでお前なあ!なんてつっかかったらあかん。無駄な労力は使わんようにせんと。ちゅーかなんで標的俺なんや。もっと他に仕掛けたらおもろそうな奴おるやろ。謙也とか謙也とか謙也とか。

名字は基本的に頭が悪い。いや、成績云々やなくて、なんちゅーか、何やろ。アホ、っちゅーか、見たまんまなんや。初対面で思うことが、コイツ頭悪そうやなあ、みたいな。女男関係なく、悪戯を仕掛けるのが好きらしく、困ったねずみちゃん…いや、ジェリーや。

「ジェリーもお手上げやで」
「じぇ、ジェリー?」
「なんでもないわ。ほら、謙也とか他あたってみぃや、絶対おもろいでアイツの反応」
「あ、うん…。白石ってほんと落ち着いてるね。精神年齢70歳くらいなんじゃない?」
「アホ、どついたろか」
「ひひひ、じゃあ忍足のとこ行ってきましょうかね」

嬉しそうにまたガムを持って、ご丁寧に自分はしっかり本物のガムを噛んどる。謙也が引っかからんはずがない。と思いつつ、名字の行動を横目でちらちら気にしとったら案の定、謙也の「ギャー!」という大げさなリアクションが教室内に響いた。…謙也、ちょっと演技入ってへんか。



部活も終わってさあ帰ろか、という時に、さっきまで確かに鞄の中にあったはずの、昨日本屋で買ったばかりの植物図鑑がないことに気がついた。俺の帰ってからの楽しみを。どこのどいつや。
一応部員にも知らんかどうかあたってみたけど、全員ほんまに知らんような顔しとった。加えて植物図鑑なんか持ち歩いとる俺にちょっと引いとったのは気のせいっちゅーことで。
仲間が持ってへん、てことは残るはアイツしか浮かばんかった。名字や、こないなことする奴アイツしか考えられへん。

早足で下駄箱へ向かった。丁度名字も帰るとこやったらしく、手にはしっかりと、俺の植物図鑑が握られとる。しかも名字が今おるのは俺の靴箱番号の前や。俺に見つかった瞬間さっと手を隠して、あたふたしよるけど…今回ばかりは流石の俺もムカついてんで。大事なもんとられて、しかも今度は靴箱かい。ほんまええ加減にせえよ。

「何してんねん」
「え、あ、いや、えっと…!」
「それ、俺の図鑑なんやけど。靴箱も、俺の場所やんな?」
「ちちち、違うよ!わたしは白石じゃなくてその隣の隅田川くんの下駄箱に…」
「嘘つけ、確実に俺のとこに手ぇ伸ばしてたやんか」

素早く近づいて、力任せに図鑑を名字からもぎ取った。そして異変がないかどうか靴箱を見る。…見た感じやと特に何にもなさそうや。

「人のもん勝手に盗まんといてくれるか、大事なもんやねんけど」
「ご、ごめん、なさい」
「…何で盗ったん?また悪戯か」
「……」

沈黙の代わりに名字の顔色はみるみる朱色、を通り越して赤く染まっていく。夕日の所為にしてはえらい赤い。熱?はこのアホには無縁やろうし…え、何。何なん、まさか言いすぎたんか俺。

「…名字?」
「本、は…あの、その」
「…?」
「白石が、好きなものだから、わたしも勉強したくって…あ、いや、じゃなくて、間違えた間違えた、違う、今のなし」

ふと、今気がついたけど、名字はさっきからずっと右手を後ろに回しとる。図鑑は取り返したから図鑑やない。ほんなら何を隠してんねやろ。もう一冊なんか本とか持ってたっけ。

「右手、何なん?」
「え、…え!?い、いやいや!なんでもないよ!」
「なんでもないことあらへんやろ、見してや」
「だめだめ!絶対だめ!」

普段人に悪戯してけらけら笑ってる奴が、こないに焦ってるなんて、相当まずい何かやろうか。こんな名字を見るのは初めてで、なんちゅーか、初めてコイツが女の子ということを認識した。(失礼な話ではあるけども)

「ええやん、俺口堅いで」
「しっ、白石が口堅くても意味ないの!」
「なんでや、誰にも言わへんで」
「ぜ、絶対だめだから!あっち行け!しっし!もう帰った方がいいって、暗くなるって!」
「お互い様や、ろ!」
「あっ、」

とうとう名字の右手にあるものを俺は手に入れた。(無理矢理な)
それはただの紙…ちゅーか、何、封筒?クマのシールが貼られていて、裏を見ると。

「あーーーー!!」
「…白石蔵ノ介さまって…、俺?」
「ちょっ、やだ、か、返して!返してってば!」

俺の方が20センチ以上高いから、タッパを利用して思い切り腕を上にあげる。取り返そうと必死にぴょんぴょん飛びよるけど全然届いてへんし。とりあえず俺宛のこの手紙を夕日に透かして見て、中身がちゃーんと入っとることを確認。成る程、所謂これは。

「…ラブレター?」
「っ!!」
「ほー、今時こんなもん寄越して来る奴おんねや」

どうしたってニヤついてまう。抑えられへん。やって、悪戯ねずみのこのジェリー女が、俺のこと好きとか。今までのは全部愛情表現やったんかなとか、俺のこと好きやからちょっかい出してきよったんかな、とか、考えたらもうおもろくておもろくて。いや、バカにしてるわけとちゃうけど、やって、なあ?

「名字って、俺のこと好きなんや」
「っす、好きじゃ、」
「読んでええ?」
「な、だっ、だめ!お願い返して、」
「どうせ俺の手に渡るもんやったんやろ」

クマのシールをはいで、二つ折にされた便箋を取り出す。今日のガムん時みたいにまた何か仕掛けてあるかもしれへん、と一瞬警戒したけど、大丈夫らしい。ということは要するに、このラブレターは本気っちゅーことや。

返して、と懇願する名字を無視して、そのまま高い位置で内容に目を通す。ちら、と名字を見下ろすと、涙目になっとる。なんやコイツ、可愛いとこあるやんけ。と思いつつ、内容を音読してやることにした。気の毒やったな、俺はお前よりも人を虐めるんが好きなんや。まあ正確に言うと、普段強気な奴が弱っていくのを見るんが好き、なんやけど。

「んー、なになに、"いつも意地悪してごめんなさい、本当は白石に振り向いて欲しくて、ちょっとでも話をしたくてしたことです。"」

まあそうやろなあ、と思いながらそっと名字を見下ろした。さっきまで涙目やったはずやのに、ぼろぼろと大粒の涙を流して号泣しとる。思わずぎょっとして続きを読むのを一旦中止した。

「ひ、ひどい、よ、わた、わたし、ほんとに、白石、がっ」
「な、何もそない泣かんでも、」

そう言いつつ一人で続きを黙読した。

"恥ずかしいから、直接言うことが出来なくてごめんなさい。こう見えて弱虫なので、周りにも言いふらさないでください。"

「もう終わりだ、最悪っ…、明日から学校来れない、顔も見れない、」

"わたしは白石が好きなんです。本当に、本当です。嘘じゃないので、信じてください。"

頭の悪い奴にしか書けないストレートな文章や。もっと他に言葉のボキャブラリーないんかってツッコみたくなるわ。…せやけど胸の真ん中辺りは暖かくて、自然と嬉しいっちゅー感情が湧き上がってくる。なんでかわからんけど、名字に好かれて、喜んどる自分がおる。

「なんで終わりやねん、始まり、かもしれへんで?」
「…え、」
「ほんまよう好きな奴にあんなつまらん悪戯しよったなあ。関心すんで」
「…だ、だって、それは」
「俺と話したいなら他の話題持ってきて普通に喋ればええのに。わざわざ自分から遠回りして、アホやん」
「…、そこまで言わなくても…!」

「これ、内容、本気やんな?」
「っあ、当り前でしょ!だから返してってば!」
「なんでや、元々俺の手に渡る予定やったんやろ」
「そうだけど、見つかった以上はそうじゃないの!」
「見つかるお前が悪いんやんけ、これは俺がもろたで」

手紙を尻ポケットに入れて、そのままぐいっと名字を引き寄せた。「ぎゃっ!」と色気の無い声を出して、あっさりと俺に捕まる。

「…自分、実はMやろ?」
「っだ、な、誰が!」
「いやいや、俺にはわかんねんて。色々期待してるやろ?」
「し、してないし、何!?さっきから余裕綽々で、」
「そら余裕やで、俺の返事次第で、名字が笑うか泣くか決まるんやもんなあ」
「っ、い、意地悪」

タチの悪い悪徳業者みたいだ、っちゅーんは言い過ぎやろ。これでもちょっとは動揺したんやで。まさか名字に好かれてるとは思いもせんかったから。もちろんコイツを女として見たことなんかなかった。せやけど、なんか知らんけど名字の泣き顔は妙に俺の心をかき乱す。もっと色んな、コイツの女の部分を見たい、と思うんは可笑しいことやろうか。せやったら、誰に笑われたってええわ。単純に俺は、コイツにもっと好かれたい。

「直接言うてや。こんな手紙より、直接」
「む、無理だってば、だからわたし手紙で、」
「ええやん。俺にだけ」
「…っ」
「なあ、聞きたい」
「じゃあ、返事もこの場で、聞かせてくれる?」
「ええよ、ほら早く」

両腕を掴んだまま、絶対にその言葉を聞くまで逃がさへん。目線を合わせてじっと名字を見つめる。小さく深呼吸する音までも、聞こえる距離で。

「好き、本気で、白石が好き、です」
「うん、俺も、名字やったらええよ」
「…?、どういう、」
「名字やったら、俺のもんにしてもええかなって」
「ど、どんだけ上から目線?」
「いやいや、こんなん思うのお前にだけやわ」

名字、限定やと思う。こんなに、俺の中のサディスティック精神を擽られんのは。俺ってこんなに捻くれた性格と違たと思うんやけど。相手が悪戯ねずみなわけやから、まあええか。


「ちゅーか俺が植物好きやから自分も好きになろうと思ったん?」
「え?う、うん、ごめん…ほんとに、勝手に盗ったりして」
「(可愛いとこあるやん)…キスしてもええ?」
「え!?だ、だめに決まってるじゃん!」
「なんでや」
「こ、心の準備とかいるしね?」
「!(あかん、コイツめっちゃ可愛い)」



fin.





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