「ん。今日はコレ」

俺が図書カードと本をそいつの目の前にばん、と置くと、あからさまにびくっと身体を震わせて怯えた目ぇで俺を見る。図書委員なんかボランティアなんかしらんけど、図書室に来るとコイツはいつもこの席に座っていて、本を借りる人のカードにハンコを押すだけの為に夕方6時までずっとここでこの仕事をしている。それも多分、毎日や。

他の奴がこんな風に本を置いた時は、ここまで怯えた様子は見せへんのに、俺が図書室に足を踏み入れた瞬間、怯えた目で俺を見て、早く時間が過ぎひんかと願うように俯くんや。

あんた先輩やのに、後輩にビビるってどういうことやねん?ピアスこそしているもののそんな奴は俺以外にも仰山おるし、そない怖いオーラが自分から出ているとも思えへん。そして俺はこの女のこの態度が気に喰わん。せやからこうしてわざわざ毎日部活前に本借りたり返しに来たりしてんねん。

「あ、あの」
「あ?」
「あ、えあ、なんでもないですすいません!」
「(えあって…)なんでもない奴があのとか言いませんて、何?」
「……ほ、本、好き、なんですか?」
「え?あー、いや別に、普通」

嫌いか好きかで言うたら好きやけど、元々そんな読書少年とかちゃうし。ちゅーか俺が毎日ここに来てるんは、あんたが…怯える姿を見たいから?…かな。

そんなことより、初めて話しかけられた。本の事ではあったけど、話しかけてくれるとこまでとうとう俺も来たか、と少し口角があがってまう。相変わらず俺を見る瞳はゆらゆらと怯えとるけど。

「あ、すいません、えと、はい、ハンコ押しました」

早く帰ってくださいって?は、相変わらずおもろい女や。こんなん言われたら余計帰りたくなくんなるっちゅーんがわからんのやろか。アホや。

「なあ、俺ってそんな怖いんすか」
「え、…いや、えと、そういうわけじゃ、」
「ないわけないやろ、他の奴らにはびくびくしてへんやないすか。俺なんかしました?」
「…す、すいません」
「すいませんはええねん。俺の質問に答えろや」
「いや、えと、こっ、答える、答えるから!」

近づけていた顔をぐいっと押される。ちなみに今日一度も目を合わせてくれてない。ここまで人に拒絶されることなんかあらへんから、なんちゅーか、逆に燃えるんすわ。目ぇ合わせてくれるまで、今日はここから立ち去らんで。

「えと、怖いってわけじゃ、なくて」
「は?じゃあ何で、」
「………」
「何で目ぇ合わせてくれないんすか」
「…そ、れは、」
「俺が怖いからちゃうん?」

そう聞くと、ぶんぶんと首を左右に振る。なんや、俺怯えられてるわけちゃうかったんか。いやでもあんな態度とられたら勘違いもするやろ。ちゅーか俺が怖い存在やないとしたら、あんな態度とられる理由がもう予想出来へん。怖がられとったわけやないとしたら、何で。

「こ、怖いっていうか、最初は、そう、だったけど」

俺がこの図書室に通い出してもう1カ月以上経つ。最初は俺も面白半分で来てみたから、そりゃあ本に然程興味ない奴が来たら怖いかもしれへんな。俺だったらムカつくわ、そんなん。

「あの、今は、そうじゃなくて、えと、その、」

えっととかそのとかあのとか、多いやっちゃな何をバシャバシャ目を泳がせとんねん早よ言えや。ちゅーんは喉の奥で飲み込む。じっと見つめて言葉を待っとったら、遂に、遂に先輩は俺を見た。

目が、合った。


「わたし、財前くんが、好きだから…!」
「…は」

「だから、怖いわけじゃ、なくて、その、き、緊張して、うまく話せなくて、こ、声が、震えて、それで、」

なんや、それ。全然話ちゃうやんけ。あないな態度とられて、誰がこいつ俺のこと好きなんやって思うか。紛らわしいにも程がある。
せやけど名前を呼ばれた瞬間、好きって言われた瞬間、無償に嬉しくて、喉の奥が詰まるような感覚。鳥肌が立った。

俺を、好き?俺のことが好き?こいつが?今まで一度たりとも目を合わせてくれへんかったこの人が?

「毎日、楽しみにして、て、この仕事が前よりもっと、楽しくなった、の」

ぎゅうっと胸のあたりを強く握って、今も尚俺から目を逸らさずに胸の内を明かしてくれる先輩。もう、抱きしめてもええやろか。

カウンター越しに彼女の腕を掴んで、強引に引き寄せる。くそったれ、こんなカウンター無ければええのに。ぎゅう、と抱きしめたったら、ぎこちなく抱きしめ返してくれた。そういえば俺、この人の名前も知らん。俺たちはまだそんな浅い関係なんやとわかったら、余計腕に力込めてしまう。

「先輩、名前教えて」
「…名前、名字…名前」
「…俺、」
「知ってる、光くん、…財前光くん」
「…図書カードか」
「ま、毎日、来てくれてたから」

あんた目当てっちゅーこと、わかってへんやろな。まあ言うたらんけど。

「俺、もう怖くないんすよね」
「う、ん、怖いわけじゃなくて、だから、」
「ん、」

「好きだから、好きすぎて、怖いよ」

先輩の方がよっぽど恐ろしいっすわ。天然でそんなん言って、俺を確実に落としにかかるんやから。…とっくに俺は落ちとったけど。

fin.




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