嫌なんだ




ずっと思っとったことがあった。幸村は名前が好きなんじゃないかって、そう考えただけで怖くて、不安で、勝ち目なんか俺にあるわけないって。

名前は中学ん時から俺とはもちろん、同じくらい幸村とも仲が良かった。そりゃあ友達として、なんじゃけど、それだけじゃないと思う場面もそう少なくはない。幸村からみた俺達ももしかしたらそうなんかもしれんけど、幸村が名前を特別大切に想っとることは確実。恋愛感情じゃないにしても、他の女とは扱いがまるで違う。まして幸村は俺みたいに彼女をコロコロ変えたりはせん奴じゃし、それ以前にそういう噂は今まで一回も聞いたことがない。まさか幸村はもしかして今でも童貞なんじゃないか?と有り得んことを考えてしまう程、幸村は自分のことについて語らんし、それを敢えて聞き出すこともしたことがなかった。

その幸村が、感情を剥き出し、とまではいってないんじゃろうけど、これはかなりのパーセンテージで怒っとる。顔こそ清々しいが、纏う空気は確実にヤバい。過去部活でも滅多に出すことない、ちゅーか初めてみるくらい深刻且つ獲物を捕えて逃がさんように視線を逸らさん黒豹のような瞳。

ドラマ以外でみる他人のキスシーン(生)が、こんなどうしようもないくらいの感情を生み出すとか。焦燥感?虚無感?名前を幸村にとられたと思うなんて、元々名前が俺のもんじゃないことぐらいわかりきっとるはずなんじゃ。

「…っゆ、き、むら」
「ごめん、ムカついてさ」
「ムカつい…って、」
「名前じゃないよ、仁王にね」

俺の言い分なんじゃけど。この状況で何で俺がムカつかれにゃいけんのんや。おかしい、幸村お前はマジで頭がどうかしとる。脳に虫でも湧いたか?

「何か言い返すことないわけ?」

ある。そりゃもう山ほど。ありすぎてそれを今抜粋していたところじゃ。

「…好きなんか」
「…そう感じるんだ?ならそうなんじゃない」
「はぐらかすのはナシじゃ。真剣に答えろ」
「俺は冗談でこんなことはしない。名前になら尚更」
「っ、いい加減にしろ!」

幸村を殴った。でも、思い切りは殴れんかった。手加減したつもりはないが、中学高校と毎日見続けた整いすぎた顔を思い切る殴ることが、俺には出来んかった。
情けない話じゃ。結局俺は幸村のことを心底嫌いにはなれん。ずるい。詐欺師の名が廃るな。

それでも何より名前が大切で、誰に手を出されたとしても、この気持ちは絶対生まれてしまう。なんでじゃ、なんなんじゃ、この気持ちは。もやもやして気持ち悪い。
名前と幸村が付き合う?恋人?そうなるとしたら、俺は。

「名前は…」
「…え?」
「名前はどうなん」
「どう、って」
「幸村と付き合いたいんか、好きなんか」

いちいち言葉に詰まる。胃の少し上がキリキリする。嫌じゃ、嫌、嫌なんじゃ、名前が俺以外の誰かのところへ行ってしまうとか、絶対、嫌じゃ。

「わ、たしは、」

幸村も、俺も、名前の答えを息を止めて待った。




prev next

 

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -