奪われる




パジャマ姿なんて少し前に一週間も同居してたんだから何度も見られてるし、気にせずリビングに戻った。あの幸村でさえも少し眠そうで、魔王様も睡魔には勝てないんだなと思ったら、ちょっと可愛いく思えた。

「今俺の顔見て笑っただろ」
「わ、笑ってないよ」
「なんで笑ったの」
「…いや、眠いのかなって思って」
「そりゃ眠いよ。流石に仁王がこの時間までバイトしてるなんて思えないし、お前放って何してんのかなって」
「…わたしは別に、」

わたしの単なるわがままで、雅治の時間が欲しいなんて思ってないし、思ってたとしてもそんなこと絶対に言わない。もうわたしは、色んなものを我慢してでも、雅治と一緒に居るって決めたんだから。

「普通じゃないよ、お前達は」
「そんなこと、」

そんなことわかってる。何度も言われたことだから。家族じゃなきゃ一緒に住んだらいけないの?彼氏彼女だったら普通だと思われるの?わたしにはよくわからない。その時点でもうおかしい、普通じゃないんだよ。わたしの頭も、雅治の頭も。

「わかってないよ、名前は」

いきなり立ち上がって、手首を引っ張られる。その行為があまりにも強引で、首にかけていたタオルがぱさりとフローリングに落ちた。そのまま幸村は寝室まで歩いていく。普通じゃないのはどっち?そんな風に言いたいのに、一緒に住んでた時には一切感じなかった怖さを、今は感じてしまう。

幸村の名前を呼んでも返事はない。どうしたの?おかしいよ、幸村。色んな言葉をかけてみたけど、怖いという感情は消えてはくれない。本当にこの人は、いつも優しい、わたしには甘い幸村なの?

ベッドに押さえつけられて、すぐ目の前に幸村の整った顔がある。雅治よりも白い肌、雅治よりも少し大きな切れ長な目。雅治はこの位置に黒子があるんだっけ、なんてこんな状況なのに、全てを雅治と比べてしまう。失礼、なんだろうか。ちっともどきどきしないのは、わたしが普通じゃないから…?

「ゆ、幸村、やだ」

どうしてこんなこと、やめて、嫌いになんかなりたくない、そんなの絶対なれるわけないのに。それをわかってこんなことするの?

「アイツが、帰って来るまで、」
「…え、やっ」
「帰って来たらやめるよ」

そう言って、幸村はさっき着たばかりのわたしのパジャマを脱がし始めた。そして自分もわたしと同じ姿になる。

「やだ、やだやだ幸村っ、わたし…幸村のことっ」
「俺のこと、何?」

「嫌いになりたくないから、っやめて!」

好きでいたい。好きでいたいからこんな馬鹿なこともうやめて。傷つくのはわたしじゃなくて、幸村なんだよ…?

ガチャリと扉が開く音がした。雅治だ。
嬉しいはずなのに、今の自分の姿、こんなとこ見られたら、終わりだと思った。

「っゆ、幸村、雅治帰って来たから…!」
「いいじゃない、あの似非詐欺師にはこのくらいしないとわかんないよ」
「ど、どういう」
「言っとくけど、お前のために俺はこうして悪役を演じてるわけだからね」

この人の言っている意味がわからない。わたしで遊んだの?そういうことなの?どういう意味?もう何が何だかよくわかんなくて、それでも、幸村がわたしの服を脱がして、身体を見たことは事実なわけだ。

「見ててイライラするんだよ。こうでもしないとお前も仁王もわかんないだろ?」
「っ、ひ、ひどい!」
「今に始まったことじゃないよ。でも名前には酷いことしたと思ってるよ。ごめんね」
「い…一発、」
「え?」
「一発殴っていい?それでチャラ」

リビングから物音がする。雅治、お願いだから嫌なタイミングでこっち入って来ないでよ…。

「それにしてもよく泣かなかったね、泣くかと思った」
「黙ってないと口切っても知らないから」
「はいはい」

ぱしん!と気持ちいいくらいのビンタをお見舞いしてやった。ちょっとやりすぎちゃったかな、とも思ったけどいやいや、そんなことはない。パジャマをもう一度着て、幸村にも着るように命令する。

ビンタの音を聞きつけて雅治が駆けつけてきた。「名前!」と近所迷惑になりそうな声を出して。

「…あ、ま、雅治おかえりー」
「おかえりー」

「何、事じゃ、なんで、幸村…お前が、」

「仁王が放ったらかしにしてるから、俺が寝取りに来たんだよ。まあさっきの音とこの顔見られちゃ普通にダサいけど」

寝取りに来た、なんてよく言うよ全く。まあ雅治にはこんな幸村の手には乗らないだろう。…というのはわたしの思い違いだったらしく、ものの一秒で幸村の胸倉を掴んだ。ああ、誤解を解くのは大変そう。ていうかこれはもう解けないな。

「お前…!名前に何したんじゃ、」
「まるで狂犬だね。なんでそんな気持ちになってるのか理解もしてない癖に。理解しきれてない感情を俺にぶつけるなよ」
「何じゃと…!」
「俺が名前に何したか教えてやろうか」

瞳孔開きかけの雅治に、思わず後ずさりしてしまいそう。誰もが震えるこの空気にたった一人耐えられることの出来る、幸村は本当に人間じゃないのかもしれない。
二人の声を聞くだけで、こんなにも怖いのに。

「ビビってるんだろ?キスしてたらどうしよう、犯してたらどうしようってさ」
「幸村お前いい加減に、」

「名前を放し飼いなんかにしてるから、野良なんかに手を出されるんだよ。勝手に自分のものだとでも思ってるの?怒りたいのは俺の方だ」


一人にするくらいなら、俺が貰うよ。そう言って幸村は、完全に油断していたわたしの唇を一瞬で奪った。




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