帰らない



雅治がフリーになった、昔からそれだけで女子は騒ぎたてる。それは今も変わってないんだろう、きっと雅治の大学じゃあその噂でもちきりで、告白する!って思い立つ人がわんさかいるんだ。

「ただいまー」
「おかえり。早かったね」
「今日バイトないし、名前午前だけって言うとったし、早く帰りたくての。これやる」
「え、何?ケーキ?」
「手作りらしいぜよ。俺甘いの好きじゃないし」
「えー、かわいそう。一口ぐらい食べなよ。てかまた今日も告られたの?」
「まあそんなとこ。断ったけど」
「大変だねえ」

告られた。もう昔から何度も聞く言葉だ。ただ昔と少し違うのは、それを聞いて少しだけ、少しだけわたしの胸がちくちくするってこと。感じたことのない痛みに、最初は本気で病気かと思ったけど、すぐに治まるからきっとそうじゃないと勝手に自分で思っている。思い込みはよくないっていうけど、本当に大したことないはずだから。

「わたし明日帰り遅いから、ご飯は自分でなんとかしてね」
「え、バイト明日休みなんじゃなかったか」
「うん、休み。明日は友達とご飯食べに行くの」
「…幸村じゃないじゃろな」
「まさか。女子会だよ女子会」
「ふーん、遅くなるなら迎えに行っちゃるけど」
「大丈夫、何時になるかわかんないし」
「まあ俺もバイトあるし、行けたら行く」
「ほんと?じゃあ終わったらメールしてみようかな」
「ん、して」

幸村は昔からわたしに甘い、と雅治はよく言うけど、雅治も相当わたしに甘いと思う。本人がそう思うんだから間違いない。心配してくれるのは嬉しいけど、ふと、雅治はどうしてこんなにわたしを心配してくれるんだろうと考えてしまう。だってそんな風に思ってもらえる理由がない。もちろん、友達として、というのは重々承知してる。してるんだけど、当り前のことじゃないんだ。誰かに心配してもらえることを、当り前だと思っちゃいけない。大切じゃなきゃ思わないことだよ。わたしも雅治が心配になることがあるし。(色んな意味でね)


女子会というのはまあ都合のいい言葉で、今回のは要するに友達の失恋を慰めよう会だ。彼氏にフラれた友人を慰め、そして愚痴をいっぱい聞いてやる。それが今のわたしに出来る唯一のことだからね。

「あー、ちくしょー、なんだってあたしがフラれなきゃいけないわけ?あたし何したよ、ねえ名前」
「いや、してないしてない、何も悪くない。悪いのは全部あの男だよ」
「だよねー、キモいよねー、死んじゃえばいいのにさー」

女はつくづく強い生き物だと思う。男は元カノのことを良く言うらしいけど、女ははっきり言って別れた後なんてのは悪口のオンパレードだ。きっと雅治なんかこてんぱんに言われてるんだろうなあ。でもあれは仕方ない、なんたって顔が良いもの。

「あんな奴のことはもう忘れる!さよなら!ねえ、誰か良い人紹介してー」
「え、もう?いいけど…うーん、ブラジル人好き?」
「え?何、怖い。好きじゃない」
「そっかあー、じゃあ甘党で背が低くて、とっかえひっかえ」
「何それ最悪じゃん」
「…いい奴なんだよ?」
「どこをどう聞いたらそうなる?」
「もー、理想高いなー」
「いやあんたのもってくる話が全然おいしそうじゃないだけ」

雅治のことは絶対紹介出来ないし、幸村なんてもっとありえない。よく考えたらわたしの周りにまともな男子って一人もいない?いやでもジャッカルはかなりまともなんだけどなー。国なんて関係ないのに。

結局紹介して、とか言ってくる割にはどうやらまだ元カレのことは引きずってるらしくて、今日はお開き。病みかけの友人を駅まで送って解散した。

一応雅治に終わったことをメールで知らせたけど、返事が返ってこなかったから、自分で家まで帰ることにした。バイトが長引いてるのかもしれない。わたしだったらどうにかしてあがらせてもらうのにな。雅治は要領良いから気に入られてるんだ、絶対。

帰ると部屋の明かりが点いていて、おまけに鍵まで開いている。なんだ雅治め、帰ってたのか。これは絶対ソファでうたたねしてるパターンだな。とこっそり中に入る。

「あれ、靴ないし」

どうしてだろう、とお持つつも「ただいまー」と言ってそのままリビングにつながるドアを開けた。

「…いない」

帰ってない?こんな時間なのに?日付はとっくに変わってるし…それ以前に明かりも点いてるし鍵も開いてた。わたし以外に誰かがいるのは確実だ。でも誰かって、雅治以外考えられない。
ぞくぞくっ、と寒気が襲った。前に幸村ん家で見たホラー特集番組が頭に甦る。怖い、けど、そんなこと言ってる場合じゃない。空き巣とかだったら大変だし、すぐに警察に知らせないと。

がたん、と風呂場の方から音がして、わたしは急いで雅治の私物であるテニスラケットを片手に持った。お、お風呂場なんてなんて陰湿な…まさか下着泥棒!?わたしの下着なんかとってどうするってんだよ!

おそるおそる風呂場に向かう。右手にはしっかりとラケットを握って、息を潜める。出来るだけ音を立てないように、慎重に、そーっと。。

「こんの泥棒めー!」

ばん!と風呂場の扉を勢いよく開けると、「何してんの」と冷静な声が返って来た。え?

「…なに、って」
「何そのラケット、仁王の?」
「え、あ、うん…じゃなくて!何してんのはこっちの台詞なんだけど!」

ななななんでここに幸村が!?玄関に靴ないってどういうこと!?まさか幸村がわたしの下着を!えええ!

「ありえないこと考えてるみたいだけど、普通に鍵返しに来ただけだから」
「…え」
「この前うちに来た時に忘れて帰ったんだよ。なかなか返しに来れなかったんだけど、そんなに困ってなかったみたいだね」

気が動転して状況が読み込めないわたしに、幸村はわかりやすくゆっくり話してくれた。わたしが鍵を忘れて帰ったこと、そして今日はそれを返しに来たけど、わたし達二人がいなかったこと。靴がないのは、わたしが怖がると思ってつい…ついじゃないでしょ、ついじゃ。

「も、本当怖かった、死ぬかと思った」
「それ俺の台詞だから。普通ラケットで殴ろうとか思わないよ、…あっはは、傑作!」
「笑うな!」
「っごめんごめん、ところで仁王は?」
「…まだバイトなんじゃない」
「お前はこんな夜遅くまでどこに?」
「え?女子会だけど」
「え?どこに女子がいるの?」
「あんたのすぐ目の前!」

あ、そうだったんだ、とかもう本当この態度ムカつく!幸村と柳だけは絶対いつかぎゃふんと言わせてやるつもりだ。

幸村はわたしを怖がらせてしまったお詫び、と言って雅治が帰ってくるまでここに居てくれることになった。昨日雅治がもらって帰って来たケーキを二人で食べながら、高校時代の話で盛り上がる。

深夜3時を回っても雅治は帰って来ない。流石にもう「帰っていいよ」と幸村に言っても、「居るって言ったからね」と聞いてくれない。そりゃあわたしにとってはありがたいけど、幸村だって明日何もないわけないんだから、悪いじゃないか。
眠気覚ましに二人でコーヒーを飲みつつ、雅治の帰りを待つ…てか別に寝てもいいんだけど、なんかここまできたら何時に帰ってくるんだろうって思うじゃん。

「お風呂入ってくる」
「うん」
「幸村は入って来たの?」
「うん。何、一緒に入る?」
「バカ!」

こんな時間に冗談なんか言われても眠いだけだ!あとムカつく!シャワーを浴びたらコーヒーを飲むよりも目が覚めた。



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