おかえり



「ほ、ほんまに名前が、名前が帰るって言うたんか…!」
『いつになく動揺してるね。本当だってば。荷物まとめて今出て行ったよ』
「…!!」

名前が帰って来る。それだけでここ一週間ずっと急降下じゃった俺のテンションは急上昇。矢印なら確実に上向いとるやつ。どうしよ、なんで、なんでこんなに嬉しいんじゃろ。一番最初はどんな言葉をかけたら、アイツは喜ぶ?

『仁王』
「な、何?」

『自分の気持ちに正直になりなよ。ちゃんと考えたら、答えなんかきっと本当は中学の時からひとつのはずなんだ』

自分の気持ちに、正直に?俺はいつだって正直に、裏を返せば自分勝手に生きてきたつもりじゃ。幸村は言葉の意味を俺に教えてくれることもなく、「じゃあね、上手くいかなかったら俺もらうから」と聞き捨てならない台詞を残して通話を切断した。い、いけん、幸村にアイツは絶対渡したくない。

玄関から「雅治!」と大きな声で名前を呼ばれた。俺がずっと聞きたかった声、俺に元気をくれる、大切な、大切な…何、じゃろう?

友達であり、同居人であり、それから、あとは。

呼ばれてすぐに玄関に顔を出すと、顔をくしゃくしゃにさせて嬉しそうに笑った名前が居た。首元が熱い。いや、首元だけじゃなくて、全身か。抱きしめたいと思うのに、手が震えてそれが出来ん。そもそも俺は、名前を抱きしめる権利なんか、ないんじゃ。彼氏でもないのに。
でもじゃあ、どうしたらええ?この空いた両手はどうすればええ、何の為にぶら下がっとるん。

色んな欲を我慢して、帰ってきたら何を言おうか散々悩んだ末の言葉は、ひとつしかなかった。


「おかえり、名前」
「ただいま、雅治」

俺より少し低い位置にある小さな頭に優しく触れて、撫でた。名前はもう一度嬉しそうにはにかんで「ただいま、ごめんね」と零す。ごめんは俺の方なのに。

「彼女と、別れたんだって?」
「…まあな」
「悲しい?寂しい?大丈夫?」
「…ん、大丈夫」

名前が帰って来てくれたんじゃ、他にはもう何もいらん。名前と他の女なんて比べようがないんじゃもん。名前と彼女に危険が降りかかったなら、俺は真っ先にお前を助ける。

「ごめんね、もうどこにも行かないから」

撫でる手を止めた。やばい、震えとるの、バレとるんじゃないか。

俺の気も知らずに、今度は名前が俺の頭を撫でてきた。俺がヘコんどると、いつもこうして頭を撫でてくれたっけ。何度も名前に甘えてきた。帰ってきたら飯があって、掃除機も多分、毎日かけてくれとるんじゃと思う。俺が脱ぎっぱなしにした服も、気付いた時には綺麗に畳んで置いてあるし、ほんま、よう出来た同居人ナリ。

「名前」
「ん?」
「ずっと一緒におって」
「…うん、」

ずっと一緒にいよう、とそのまま髪をかき乱す。「ワックスでべたべたになるぜよ」って注意してもお構いなしじゃ。名前にならぐしゃぐしゃにされても全然嫌じゃないんじゃけど。

「あのさ、雅治」
「?」
「ごめん、わたし、雅治が別れたって聞いて、ちょっと嬉しかった」
「え…」
「ごめん、本当にごめん。こんなの今まで思ったこと、なかったはずなのに、なんでだろうね」

幸村の言っとったことが本当になった。アイツは予言者かなんかか。つくづく敵に回したくない奴ナンバー1じゃの。

俺も名前から直接本音が聞けて、嬉しかった。名前のためなら、彼女と別れることなんて容易い。名前が喜ぶなら俺は何だって出来ると思う。

「わかんないんだけど、嬉しかったのは本当なの。もしかしたら雅治が彼女と付き合ってる間も、心の深ーいところでは、別れちゃえばいいのにって思ってたのかもしれない」

もし俺が逆の立場、名前に彼氏が出来たとしたら、絶対俺も名前と同じことを思ってしまうと思う。俺の方がずっと名前のこと知っとるのに、なんであんな奴とって、絶対思う。そんなん、当り前じゃ。

「どうしてだろうね。よくわかんないの。でも、きっと良いことじゃないから、ごめんね」

どうしてそんな風に思ってしまうんか、答えは謎のままじゃ。それは名前もわからんことらしい。

「俺もわからん」
「え?」
「俺も同じぜよ。名前が他の男つくったら絶対別れろって思う、いや、別れさせるかもしれん」
「…そう、なの?」
「ああ」
「…一緒に居たら、いつかわかるかな。こんな風に思ってしまう、この気持ちがなんなのか」
「俺も知りたい。傍におったら、いつかわかる日も来ると思うし」

その時がいつ、というのはわからんけど、先の遠い話でも、近い話でもどっちでもええ。ずっと一緒におってほしいと思うのは、名前だけなんじゃし、な。



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