会いたい



雅治と別居を始めて一週間が経った。あの日、電話で喧嘩して以来一度も雅治には会っていない。雅治も雅治で、幸村ん家にわたしが居るってわかってるんだから探しに来ればいいのに敢えてそれをしないってことは…わたしのことなんてもうどうでもいいってこと。

そのことに何故か傷ついている自分がいるのはどうしてだろう?幸村にどうしてかな?って聞いても、答えは教えてくれなかった。自分で考えてみたら?なんて、わかんないから聞いたのに。でも多分幸村は、わたしのこの胸の痛みの意味を知っているんだと思う。

「ただいまー」
「おかえり、ご飯は?食べた?」
「いや、名前のご飯食べようと思って」

腹ぺこだ、と微笑みながら玄関まで迎え出たわたしの頭をくしゃりと撫でる。こういうこと自然にやっちゃうんだから、モテないわけないよなあ。

「今日はサバの塩焼きだよ」
「本当?俺サバ好きなんだ」
「あ、そうなの?なんかさー、お隣のおばさんがくれたよ」
「え、お隣って、水上さん?」
「わかんないけど、そうなんじゃない?」
「…あー、じゃあ噂になってるかも」
「噂?」
「うん。あのおばさん典型的なおばさんっていうか、…多分俺の彼女だと思ったんじゃないかな。言いふらしてないといいけど」

かか彼女!?冗談じゃない、幸村の彼女なんて、五感どころか自由まで奪われちゃう。確か前に雅治から、幸村は相当独占欲が強いって聞いたことがあったような…。考えただけで恐ろしい、幸村の彼女なんて!

「まあ俺的には、彼女になってくれた方がありがたいけど。料理上手だし?顔はタイプじゃないけど」
「悪かったな。…そう言えば幸村って彼女作らないよね。なんで?」
「俺が聞きたいよ」
「でも告白はよくされてるじゃん?OKしないの?」
「好きじゃない子と付き合ったって仕方ないだろ」

今の言葉、雅治にも聞かせてやりたい。幸村と付き合うのは大変だろうけど、すごく大事にしてもらえるんだろうな。わたしも誰かに、強く想われたい。大事にしてくれる人を、わたしも同じように大事にしてあげたい。…ってこんな理想ばっかり言ってるから彼氏出来ないんだよね。別に高望みはしてないんだけどなあ。

「仁王の奴、今頃何してるだろうね」
「知らないよ、あんな銀ハゲ」
「会いたくないの?」
「…別に、そういうのじゃないよ」
「ふーん、ならもうずっとここに住めば?」
「え…!」

突然の幸村様からのお言葉に目を丸くする。ここに住めばって、だってここは幸村の借りてる部屋なわけだし、それに迷惑かけちゃうこともいっぱいあると思うし、それに…。

「何、嫌そうだね」
「え、い、嫌じゃないよ、嫌じゃないけどだって、め、迷惑じゃない…?」
「何で?俺、名前がここに来てからずっと家で飯食ってるよ?美味いし、掃除もしてくれてるみたいだし。逆に助かってるけど」

掃除なんて、掃除機かけたくらいのもんなのに、幸村は気付いてくれるんだ。雅治だったら絶対、絶対気付いてない!服も脱ぎっぱなしだし、ほんと、家賃と生活費払ってくれてるだけって感じだ。(しかも殆ど毎月折半だ)

「…う、うん」
「…仁王のところに帰りたいなら、帰ったら?」
「なっ、だ、誰があんなタラシ!」
「知らないだろうから教えてあげるよ」
「…え?」
「本当は言わないでおこうと思ってたんだけど」

幸村は「ごちそうさま」と箸を置いて、お茶を一口のんでわたしに言った。

「喧嘩した日からさ、一週間経つだろ?」
「…うん」
「お前は仁王がここへ来ないって寂しがってたみたいだけど、」

寂しがってたっていうか、だってずっと一緒に住んでたのに、あんな喧嘩しただけで、わたしのことなんてどうでもよくなっちゃったのかなって、そう思ったら何故か悲しくて。わたしから部屋をあげるって言ったんだから、仕方のないことなのかもしれないけど、だって。だってわたしは案外、雅治との同居生活が楽しかったから。こんなあっさりそれが終わっちゃうのかなって、そんな風に思っただけ。

「仁王はずっと俺に連絡を寄越してきてるよ」
「えっ、」
「ウザいくらいにね。飯はどうしてるんだとか、今名前はどこに居るんだとか、バイトに迎えに行ってやれとか、本当過保護だよ、お前のこととなると」

雅治は、心配してくれてた…?だってわたしのところには着信どころかメールのひとつも寄越して来ないし、もちろんここへも迎えに来ない。もうどうでもいいって思われてると思ってた。
だけどそうだ、ちょっと過保護な心配性で、わたしが遅くなった時なんかは迎えに来てくれたりして。雅治はいつだって優しい。今もそれは変わってない。

「…はあ、ほら、噂をすれば」

幸村が呆れた顔でわたしに携帯の画面を見せた。雅治からの着信らしい。「もしもし」あっさりと通話ボタンを押してしまった幸村の手を思わず掴む。な、なんで出るの…!

『名前は?おるんか』
「ちゃんといるよ、今飯食ってる。美味いよ、今日はサバの塩焼き」
『…あっそ』
「仁王は何?」
『はあ、わかっとって聞くなって、今日もコンビニ弁当じゃ』
「身体に悪いね。ところでさ、」
『ん?』

何を話しているんだろう?今日の晩御飯かな。雅治はちゃんと三食摂っているかな。いつもわたしが朝ご飯を用意して、お昼も必要であればお弁当を作って渡して。夜ももちろん、雅治の食に関しては殆どわたしがお世話していたようなものだったから。身体に悪いねってことは、またカップラーメンかコンビニだろうか。自分から部屋をあげると言っておいてなんだけど、今すごく、雅治の声が聞きたい。

「彼女と別れたんだって?」

………え?

幸、村、今なんて?雅治が彼女と別れた?今まで何度も雅治の口から聞いたことだけど、今回は、どうしてだろう。心の奥底で少しだけ、喜んでしまっている自分が居る。雅治がフッたのか、それともフラれたのかはわからない。もうしかしたら雅治は傷ついているかもしれない。それなのにわたしは、どうして、喜んだりなんか。最低だ。

そこからは幸村が雅治と交わす会話も全然頭に入ってこなくて、ただ雅治のところに行かなくちゃと、それだけを何度も何度も頭の中で唱えた。


「名前、かわってあげようか」

どうしてこんなに会いたいんだろう?今まで雅治に会いたいって、ここまで強く思ったことない。今すぐ、声が聞きたい。

「幸村、わたし…!」
「…仁王、今から帰るってさ。良かったじゃないか」
『?、帰るって、…まさか名前!?』

荷物をまとめて幸村に「お邪魔しました!また遊びに来る!」とだけ言って玄関を飛び出た。ここからわたし達のマンションまでそう遠くはない。こんな距離走ったら10分で着いちゃうんだから。

胸が痛い。久しぶりに走ったからなのか、それとも雅治へ抱いたことのなかったこの感情がそうさせているのか。

もう帰るから、どこにも行かないから、だからわたしが帰ったら、おかえりって言ってほしい。




prev next

 

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -